007 モカさま、新しい麦酒よ!
食事を終えた私達は、水を飲んで一服した。だって水しか無いんだもの。
「はぁ……それにしても、モカ様のお力は半端ないですね。あれから怪物も一匹も出てきませんし、一体、どの程度まで退治されたのでしょうか?」
「ん……? わかんないよ?」
うん、わかんないのだ。そもそも、使った技が何なのかもよく分かっていない。
「わかんねえって……一体、何の魔法を使ったんすか?」
自分でも良くわからないので、例の十万体を屠る魔法陣を紙に書いて、確認してもらった。確認してもらったのだが……ミントちゃんは、口を大きく開けたまま目玉を丸くして固まってしまったのだ。プルプル震えている後ろから、念の為に説明を喋ろうと思ったのだが、まぁ私の口が上手に動くわけがないことは想像がつくだろう。
「これ、適当に複製して、外にばらまいて……起動ボタン、ぽちっ」
「…………こ、これ……を?」
少しだけ私を見て、相変わらずプルプル震えながら魔法陣に視線を戻すミントちゃん。両側からは、姫様とロレッツさんが覗き込んでいる。
「殆ど読めないわね。この文字、祖母様の魔法陣に似ている気もするけど……」
「非常に複雑な魔法陣ですね。失礼ですが、どのような効果が……?」
一応、説明しようとは思った。思ったのだが、言葉が口から出てこない。ああ、麦酒! 麦酒さえあれば……!
「あたしでも読めない所が半分以上を占めてやがります。これ、読める所だけで激ヤバっすよ……これを駆動出来るとか化け物っすか?」
「ん? 簡単、よ?」
ミントちゃんが素早く首を横に振っている。出来たというのに否定するのか。
「必要になる膨大な魔力と触媒は……? ざっと暗算して、魔術師を10万人集めれば何とか起動はできるかもしれないっす。ただ、これを駆動させるとなると、どれだけ触媒が必要になりやがるのか……」
「しかし、モカ様には、それが出来たのでしょう?それも、複数だとか……」
複数っていうか……至極適当にコピペした感じなのだけど、千個程ばら撒いただろうか? 動作に何の苦労もしなかったと思うのだが。
「解る範疇の効果は、自律稼働する魔法陣が周辺を探り敵を探知した途端、方法は分からないけど敵の魂だか存在価値だかを破壊して、問答無用で殺すみたいっすね……。殺した敵の死体は後から全て魔法陣が吸収し、活動エネルギーの足しにするみたいで……探知範囲は……読み間違えてなければ、ちょ、直径5,000hnnくらいの球型……す」
「「ちょ……直径5,000hnn!?」」
姫とロレッツさんが同時に同じ言葉を上げて驚いている。私にはhnnという単位がどの位の大きさなのかは良くわからなかった。
「そ、それは……死滅したかもしれませんね、魔族……」
「あ、あれ……? まずかっ、た?」
「いえ、ま、全く……問題はないのですが……」
ミントちゃんが、プルプル震えた状態のままだ。よく見ると、薄っすら涙を浮かべている。
「ボタンを押したのは、あたしっす……し、死滅、させちまったんっすか、あたし~~~?」
あの魔法陣は魔物を追いかけて自由に動き回り、追い詰めて範囲内を消滅させる。私はそんな物を千個程ばら撒いたのだ。魔物とやらがどの程度の数居たのかは知らないが、流石に大虐殺が過ぎたようだ。私は洞窟の中で見た猿みたいな魔物しか顔を知らないが、この3人は長年戦ってきた敵の顔を十分に知っているだろうし、それがあのポチッ!の一発で死滅したという話には、色々思うことはあるのかもしれない。
まぁそういう戦争あるある話はとりあえず置いておいて。
緑ケムケムソーセージのお陰で大分楽になった帰路の途中、今日はこの辺りで寝ようという話になった、まさにその場所で、まだ新し目なのに無人のキャンプを発見したのだ。
「荷物ですとか、そのまんま残っていますね」
「罠は無いみたいっす。これは、うーん……マヌガレットの者のキャンプ跡っすかね?」
「魔物に襲われて、廃棄したのでしょうか……?」
まだ、使えそうな物をロレッツさんが鞄にしまい込んでいる。私は、少し離れた場所に転がっていた小さな紙切れを拾い上げた。色々な事が書いてあるっぽいのだが、この世界の文字は読めないので何が何だか分からない。
しかし、その中に、少し気になる絵が書いてあったのだ。
角が生え、翼を持ち、鋭い爪を持った、尻尾の生えた人型の図……。
「これ、私?」
「ほあっ!? な、なんすか?」
こっそり、何かをポッケにしまいこんでいたせいか、ビクつくミントちゃんに紙を手渡す。
「なんすかこれ? ……紙も字も汚い上に大陸語だから、あたしじゃあんまり読めないっすよ? なになに……『ほにゃららの微笑』……なんっすかねこれ? 『魔法……成功……容姿端麗』あ、ここから先だけうちらの文字っすね。『手を尽くしたが、全く話が通じない。一旦退避し、体制を立て直す』とか書いてありやがるんすけど、うーん……? この絵は雑だけど、確かにモカ様っぽいっす。でもまぁ、こういう見た目……竜族やトカゲ族の人は珍しいっすけど、稀には居るっすからね……」
ドラゴン族じゃないのか。そもそも私はトカゲ族かもしれないのか。色々な思いが頭を巡ったが、ロレッツさんが持ち上げた瓶が目に入って、全ての気持ちはそこに奪われてしまった。
「モカ様! まだまだ新しいマヌガルビー、麦酒がありました!」
「お、おおお、おおおおお~~っ!!!」