006 緊急調理教室
「どし……たの?」
「ふえっ、いや、何でもねえっすよ! あは…… あは……」
じゅる……
ごくん……
よだれを飲み込んで誤魔化した音が聞こえた。この娘、明らかに、もはや明確に、私のしっぽに対して激しい食欲を感じている!
いや、まぁ私自身も、これ邪魔なだけだし、食えないのかなあ? 取っちゃったらまた生えてくる類のアレなんだろうかなあ? とか考えてはいたのだけど。
その姿を見ていたロレッツさんが、溜息をついた後、鞄から何かを取り出した。ラベルに何が書いてあるのかさっぱりわからないのだが、どうやら瓶詰めっぽいぞ……?
「こちら、戦士の皆さんにお出しする筈の瓶詰めだったのですが、姫様やモカ様にこんなゲテモノをお出しするわけにもいかず、残していた品です。一応、調理すれば、食べる事は可能です。宜しければ調理致しますが。調味料も残り少ないので、無理に、とは言いませんが……」
なんだなんだ、すごいじゃん! と思った。その、中身を見るまでは。いや、まぁ、見た後は別の意味で、なんだなんだ、すごいじゃん! と思ったのだけど。
「まぁ、こ、これは……何なんですか……ヒッ!!」
「姫さま、これは聖マヌガレット王国の戦士達の一部で何故か好んで食されている、高栄養高タンパクだけど、味はお察しの通りでゴミムシな、緑ケムケムの幼虫っす。あたし、昔これ戦士長に食わされて、ガチで泣きましたもん……」
私は、なんだなんだ、すごいじゃん! と思った直後、芋虫のどぎついビジュアルショックで泡を吹きそうになってしまった。まぁ、泡を吹きそうになったってのは言い過ぎかもしれない。全身に強烈な鳥肌が立って、ぶつぶつ人間になったまま元に戻らないの! 助けて! ……と、いった感じ。
緑ケムケムは、一言で言って巨大芋虫だ。一匹がペットボトルくらいの大きさがある全身に毛が生えた芋虫。角の生えたちっちゃな頭部と手足が付いている。
「とりあえず、今、皆様の目の前でご説明しながら調理致します。最大限手を尽くしますが、出来たものを見て、お食べになるかお考えください……」
青空の下で、ロレッツさんのゲテモノ調理教室とその見学会が始まってしまった……。火はミントちゃんが魔法で出しているらしい。私が口から出しても良いんだけど、威力の調整とか良くわからないもんなあ。
~材料~
緑ケムケムの幼虫(瓶詰・泥抜き済)×4
ハーブ 適量
塩 適量
胡椒 適量
調理酒 適量
ごま油 適量
「まずは、緑ケムケムの全身の毛を、この毛抜き用手袋で擦って全て抜き落とします。毛も食べられますが栄養は全くありませんし美味しくありませんので、毛根もなるべく残さぬように……」
毛の抜けた緑ケムケムは……何だか急にソーセージのような見た目に変わってしまった。あれ? これ、食えるんじゃないの……?
「この、頭と手足の部分は苦いですし、焼くと固くなってしまうので捨てます。頭を切り取る際に、引っこ抜けるように切れ目を入れて引き抜けば、雑味になってしまう臓器類も、ほら、簡単に取り出せます。残りは溜め込まれた栄養部分だけになりますので、全体に薄く包丁を入れた後、本来は料理酒に漬け込むんですが、残りの材料は少ないので、節約して薄く塗り込んで……ハーブと胡椒で下処理し、フライパンに乗せて、まずは軽く浸るくらいのお湯で茹でます。沸騰して水が無くなったら、ほんの少しごま油と塩を投入し、そのまま満遍なく焼きます。表面がパリパリに焼けて、ちょっと焼きすぎたかな? と、思うくらいがベストでしょうか……」
ジュウウウウウウ~~ッ!!!
ジュワワワワァァ~~~~!!!
手際よく目の前で焼き上がっていく、まるでソーセージのような……いや、これ、匂いも見た目も殆ど完璧にソーセージなんじゃ? 飢えた私の食欲が徐々に刺激されてゆく……!
ごくり。
なんと、ミントちゃんの喉が鳴ったのを聞いてしまった。緑ケムケムの味はお察しの通りのクソムシ! とか言ったのはミントちゃんなのに!
「素材の見た目で躊躇していましたが、なんともこれは……美味しそうな物が出来てきているじゃありませんか?」
調理を見つめる姫様の視線も完全にうっとりしている。緑ケムケムの見た目にヒッ!!と声を上げていたのはついさっきの出来事だというのに!
ロレッツさんの手は機械のように正確に動いているが、表情は決して明るくない。
「本来、高貴な皆様にお出し出来るような品ではないのですが……緊急事態故に、苦渋の決断をさせて頂きました。帰国後、どのような処罰を与えられても、このロレッツ、全て受け入れる覚悟です」
「ロレッツ、貴方は物事を悪く考えすぎです。今の私達は、皆、お腹を空かせた仲間ですよ……私はこの料理、有り難く頂きます」
「私も食べ、る。……ミントちゃん、は?」
「はっ!? ええ、もちろん食べますとも! 食べてやりますよ~っ!」
そこら辺の岩を簡単に切り裂けそうな感じだったので、そんなこと出来るわけないじゃ~ん! と思いながらやってみたら、何の抵抗もなくサクサクと爪で切り開けることが分かったので、適当に食卓を作り、みんなで座って食べ始めた。
緑ケムケムソーセージの味は、思ったとおりソーセージの味だった。ロレッツさんの料理の腕のせいなのか、決してまずくはないし、この状況で食べられるものとしては、かなり優れているのではないだろうか?
全員が、文句も言わずに残さず食べた。つまり、完食である。
ごちそうさまでした。