005 麦酒が無いと、チカラが出ないよ
「ういぃ~? んじゃあ、いっちょ、つくるかぁ~~」
取り敢えずは、魔物軍団を片っ端からブッ殺して、処分すればいいんだよね~?
どうやって攻撃するかなぁ……と思った途端、私の頭の中に無意識のうちに描かれた謎の紋様……先程の召喚魔法陣にも似た奇妙なそれを、まだ見たこともない洞窟の外の空間になんとな~く適当にコピペした。
コピペ。略さずに呼ぶならば、コピー&ペースト。みんなもパソコンの類を弄ってれば使ったことくらいあるよね?
「う~~ひっく、うへへ、コピペ、コピペ、コピペぇ~っと……」
コピペの方法は簡単だ。CTRLキーを押しながらCを押してコピー、貼り付けたい所で再びCTRLキーを押しながらVを押すのだ。
これを、現実の空間で行うのだけど……目をつぶって、なんとなく感じるままにやってみたら、出来てしまうのだからすごいね。夢、万歳~~!!
頭の中で浮かぶ説明によると、どうやらこれ一つで、群れをなしている魔物の平均戦力から換算して大凡十万体程度を軽く圧倒できるらしいのだが、まぁ何でも多いに越したことはないよね、と思ってコピペしまくってみた。
「んんん~? なんか、幾らでもコピペ出来るのな~?」
大体千枚くらいコピペしたろうか? なんと、魔物を一億体くらい倒せる計算だ。これだけあれば、流石に外にいる魔物くらいなら全滅出来ちゃうだろう?
仮に倒しきれなかったら追加すれば良いし、余力はまだまだ全然あったのだが適当な所で切り上げて、次は目の前のテーブルに魔法陣総起動用の押しボタンスイッチを魔力で形成してみる事にした。
さあ、このボタンを押してみたまえ! ってのをやってみたかったんだ~!
だけど、これがなんと、結構難しい……。 魔力だろうと何だろうと、何か物を作るっていうのは、何気に結構難しい芸当らしい。
絵で食っている私が言うのも何なのだが、私の図工や美術の成績はクラスでもダントツで低かったのだ。まぁ、先生の言うことを聞かずに黒の絵の具を多用したり、裸婦像を描く筈がメス犬を描いたりしてたからなのだが……。
頑張って何とか出来上がった代物は、テーブルの上に指先くらいの大きさの醜い突起物が出来たような代物だった。
「なんか……さっきから妙な動きして……白目向いてやがりますし、なんか不気味な突起を作ってるし……想像してた最強ドラゴン様じゃないんすけど……」
「さ、先程の戦いを思い出しなさい! 滅茶苦茶に強くて驚いたじゃないですか!」
なんかミントちゃんは私の力を信じていない感じだなあ? まぁ、私自身よくわかってないんだけど。その点、姫様は信じてくれて、すごいな~! それに、偉いな~! ロレッツさんも信じてくれるよね~?
「ミントちゃん? この突起をプチッ!とお願いね? あっ、ロレッツさん! これで最後ですから……もう一杯だけ頂けません?」
「モカ様…………大変、申し訳ございません、在庫は切れてしまい……」
「えっ、そうなの? そんな…… か、悲しいっ……!! 待って、それってアレだよね? ちょっとした嘘……悪戯……そんな感じのアレだよね? ゴメーン少し意地悪したくなっちゃったの、ホントはまだまだ飲めますよ~!って言ってジョッキがドドーンと出てくる展開でしょ……!?」
大興奮の私の前で、ミントさんが何これ顔で押しボタンをプチッ!と押したのが見えた。その瞬間、物凄い揺れと共に耳を劈くような轟音が響き渡ったかと思うと、一瞬で全てが静寂に戻る。
「…………い、い、い、今のは一体、何事でありやがります~~~~!?」
「ああ、これで外の魔物は全滅している筈なんだけど」
「……はい?」
ミントさんが目をピカッと光らせている。どうやら、外の様子を確認しているらしい。次第にわなわなと震えだし、お姫様の方をキッと向いて、信じられない様子ながらも声を上げた。
「姫さま、ま、魔物達が死に絶えて……! 何故か、死骸もどんどん消えています。それも……ここからあたしが見える限りの場所全てで、っす……。一帯を覆っていた闇の力も、どんどん薄くなって…… ああ、もう消えて無くなりそう……」
「死体は魔法陣が食ってくれてるはず。んじゃ、次は何のボタンを作ればいいの~?」
馬なども居ないので、聖マヌガレット王国までの帰路は徒歩だった。とはいえ、大量に居たはずの魔物は全て消え失せ、闇の力も消え視界も良好。魔物が発生してたとかいう各地にあった謎の闇穴までもが完全に崩壊しているらしく、4人の足取りは軽かった。……最初だけは。
食料が無いことが問題だった。酔っ払った私がおつまみにと食べてしまったあれこれは、彼女達の最後の蓄えだったらしい。まぁ、あの程度の蓄えで乗り切れる旅路ではなさそうだが……。
闇の力は消え失せているのに、長いこと影響下にあった木々には葉も少なく、川に魚は居なかった。野生の獣なども居るのかどうか分からない。水や塩はロレッツさんの鞄からまだまだ出せるらしいのだが……。
「あっ、見てください。鳥がいるっすよ! 餌、何食べてやがるんだろ?」
速攻で捕まえて手早く捌き、ロレッツさんに焼き鳥にしてもらったが、4人でこの一羽だけでは足りはしない。この若い身体はやけに多くのエネルギーを欲しているらしく、飢えている、という感覚が強く感じられた。
「モカ様、ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません」
ロレッツさんが深々とお辞儀をしながら謝罪してきたので、困ってしまう。現状は別に彼女たちのせいではないのだから。むしろ私のせいかもしれない。魔物だって調理すれば食えたかもしれないじゃないか。何気に美味だったりするかもしれなかったじゃないか~!!
「……そんな、うん」
麦酒の力も借りられないので、こういう自分でも謎な受け答えしか出来ないのだ。
どうやら私は伝説のスーパー最強ドラゴンらしいのだけど、この最強というのは戦闘能力の部分だけのようで、例えば今のような食料が無いとかいう事態に対応できるような能力は持っていないらしい。食料とかをドサッと出せる何らかのスキルやら魔法陣やらを頭の中に思い浮かべようとしても無駄だった。
もしかしたらあるんじゃないかな? と思い、自分の見えないポケットの中も調べたのだが、食料らしき物は無かった。
「今は、辛抱致しましょう。城への連絡魔法が仕える距離まで、おそらくあと7日程……そこまで耐えれば、後は何とかなる筈です」
「連絡魔法はあたしの得意技っすからね! 誰よりも遠くから安定した連絡が出来るのが売りっすよ!」
水分は摂れるので、そこまで最悪でもない。だが、身体に力が入らない気がする……。おそらく、病院のベッドで寝ている私が見ている妄想なのだろうけど、やはり、飢えるってのは辛いのだな~~、とか、そんな呑気な事を考えていたのです。
ちょっと現実に戻って小話を挟もうかと思う。『飢える』ってのは結構簡単に人間性を破壊してしまうもので、私の絵に価値が乏しくそれ程売れなかった頃。お金も食べるものも無く困り果てた時、窓の外を飛ぶ野鳥を見て、何とかあれを捕まえて焼けば……と真剣に思った事がある程にキツいものな訳です。
まぁ、まさか今になって野鳥を捕まえて食うことになるとは思わなかったのだけど。
この時はどうしたかって言うと、部屋の中のあれこれを売って小銭を作り、業務用ピーナッツと激安偽コーラを買って、毎日少量ずつボリボリと食べて、何とか凌いだんだ……。
そんなこんなで話を戻して、飢えはじめて数日が経った頃。
まずは、ミントさんの様子がおかしくなった。何時の間にか背後に回っていて、私のしっぽをじっと見つめている事が増えたのだ。