002 伝説のスーパー最強ドラゴン
はぁ……。うろこって、こんな感じに生えるんだな……?
よく見てみると、自分の体が自分の体ではない感じがした。うろこは尻尾にしか生えていないようで一安心。触ってみるとぷにぷにで、つやつやで、端的に言うと、とても若い裸!
どう考えても私じゃない、ピチピチの若い肌。胸も大きく、腹は出っ張っていない。いや、私も若い頃はこんな感じの罪深い体をしていたかもしれないのだけれども。
申し分ない。この裸には需要があるに違いない。まぁ、私を熱い目で見つめていたに違いない熟女マニア達は、がっくり肩を落として去っていくだろうが。
そんで、しっぽが生えてる上に、今触った感じ……どうやら頭には角まで生えてるっぽいんですけど……。
「ん……?」
体を起こす際、背中にも違和感を感じた。ちょいと背中を見てみようと体を捻ろうとして、そんなちびっ子にしか出来ない動きが出来るわけない事に気がついたのだが、ごく普通に出来てしまった!
そして、私の背中には。
見るまでもなく、2本の立派な翼が生えていた。何故か、経験も無いのに普通に羽ばたくような動きも出来る。目一杯まで広げてみると、まるでファンタジー作品に出てくる竜のような翼だった。
夢だと想うけど……ヤバ———イ!!
カメラ!! 私のカメラは何処~~~~っ!?
「おい、おまえ! あたし達が召喚主、つまり主様っす! ず、ず、頭が高えっすよ!?」
少女の一人が、顔を真赤に染めて手をぶんぶん振りながら主張してきたのだが、一目見てへっぴり腰で強がっているのが解る。
ん?
召……喚?
「ちょっとミント! 何ですか、その態度は! 失礼ですよ!」
3名の中では一番利発そうだった少女が、あわあわした挙げ句に先程の子の頭をひっぱたき、その場でぺこぺこ頭を下げ始めた。色々と非現実的な光景すぎて、こんな格好で、その頭に乗ったティアラが転げ落ちないのは、紐か何かで固定しているのかな? なんて事を考えてしまう。
「え、うん。で……何これ?」
申し訳ない。これは、私の愚かな回らぬ口から漏れ出た言葉のようなアレだ。
念の為に解説するならば「そうなのですか。しかし良く分からないのですが、この状況は一体どういうことなのでしょうか? お教えいただけると助かるのですが」というような意味合いで発している。
当然の事だが、少女達には分からなかったようで、顔に疑問を浮かべて固まっている。大変に残念だ。この程度の些事は読み取ってほしいのだが、まぁ、無理なのは解っている。
「裸体ではお寒いでしょう。取り急ぎでは、こんなものしか無いのですが……」
これまで無言だった少女が、手元の巨大な鞄から不思議な装飾の付いた布を取り出し、やけに青い顔と震える手で差し出してきた。
別に寒くはなかったのだが、震え方からするとおそらく寒いのだろう。受け取って広げて観察すると、これはもしかしてファンタジーな作品によく出てくるマントのような物なのでは? という事が推測できた。
無論、マントなんて実際に着用したことはないのだが、善意で差し出してくれた物だし、何事も体験である。とりあえず体に巻いてみよう……は、初体験~っ! と思ったのだが、背中に鎮座する案外とボリュームのある翼が邪魔をしてしまった。
意識して翼をぴっちりと畳めば、背中にも胸がある程度の邪魔にしかならないようだが……前と後ろに出っ張りがある感覚というのは実に斬新。
お乳のせいで胸の下を空気が通ってスースーする感覚は私程度の乳レベルでも時折感じていたのだが、まさか背中で同じ感覚を味わうことになるとは。しっぽのせいで空気が入ってきやすくなっているのもある。
「うん、これは、新感覚!」
「新感覚でございますか?」
首をかしげる少女の巨大鞄には、様々な物が入っているらしい。
下着があると嬉しいのだが、そもそも翼としっぽがあるこの体では、着用できるのか怪しい。とりあえずマントで下まで隠れるようだったので、取り敢えず今はこれで良しとした。
皆、もじもじして特に誰からも話し始めない中で、痺れを切らしたかのように先程よりも手を高速にぶんぶん振りながら話しかけてくる少女。
「ちょ、ちょっと! おまえ! 主様たる私達に、自己紹介くらいしやがれですよ~~!?」
「なぜ高圧的な態度を取れるのですか!? この方は、術式が正しければ……」
「恐縮ですが、我々から自己紹介すべきではないでしょうか?」
少女たちが何やら話し合っているが、自己紹介と言われても普通の名前しかない。私には絵描きとしてのペンネームすら無く、常に本名プレイなのだ。理由は特にないのだが。
「わっ! 私の、名……?」
その時だ。突然、洞窟内に現れた者達が、奇声を上げながら此方に向かって走り込んできたのは。
「何で!? 結界は!?」
「召喚術式に魔力を奪われて、緩くなってたかもっす!」
数は全部で三十匹程。姿形は人に近いが、全身に長い毛が生えていて、恐らくは猿に近い生き物のようだが、その顔には知性の欠片も感じられない。ニンゲンは弱い生き物、つまりは餌であり、当然の事ながら、ブッ殺して、美味しくいただきま~す。と、それだけを考えている顔だ。
彼らが手に持っているのは、粗末な棒や石ころ。文明の利器と言うほどのものではないが、あんなものでも叩いたり殴ったりされるのは危なっかしいな、と思い、全て叩き落とす事を考えてしまった。
私なんかに、そんな力があるわけがないのに、だ。
しかし、これは一体どういう事なのだろうか?
このような状況において圧倒的弱者である筈の私の体は、まるで状況に慣れているかのように自然に動き出していて、感覚的にはかなりゆっくり適当になのだが、全ての猿人間に一発ずつの打撃を与えてしまっていた。
何故か、猿人間からの反撃は一切なかった。後から考えればだが、女子3名も、猿人間達も、突然ピタリと動きを止めてしまったようにすら見えた。気がつけば、目の前にはほんの少し前まで猿人間だった筈の死骸……死骸というよりも大量のミンチが浮遊していたのだ。
そう、浮遊だ。私の打撃を受けて、その威力で吹き飛んでいる最中の猿人間達。それを見て、私は思ってしまったのだ。「なんか汚いし、焼いて処分しちゃお」って。
そんな事が出来るわけないのに、だ。しかもグチャグチャの血まみれミンチを前にして、気持ち悪いとかそういう感情が一切湧いてこない。まぁ、それはホラー映画が大好きな私にとって今に始まった話では無いかもしれないし、虫じゃなければ大丈夫なのだけど、結論から申し上げるならば、焼いて処分出来てしまった。
焼く、というよりも……何だろうこれ。こんな火炎は漫画や映画の中くらいしか記憶になかった。それが私の口から、普通に息を吐くような感覚なのに、物凄い勢いで噴出されたのだ。
しかもこれ、かなり雑にやっている。しかも、時間にしたら多分1秒も経過していない間の出来事だ。
なにこれ? 私って、めちゃくちゃ強くないっすか?
「ほ、ほ、本当に、本当の、伝説のスーパー最強ドラゴンっす……!」
「す、す、すごすぎ……!」
私の口から発された謎火炎の異常な焼却能力でチリ一つ残さずこの世から消えていく猿達を前に、若干引いたような顔になる女子3名を安心させるべく、私は改めて襟を正して自己紹介をすることにした。正す襟とか無いんだけど。マント一丁だし。
取り敢えず、何時の間にか宙を飛んでいた体を地面に下ろし、以前、まだ人との交流を諦めきれていなかった頃に、鏡の前で何度も練習した通り、フレンドリーそうな笑顔を作り……! 手を上げて……! そう、これなら大丈夫なはず!
「わっ、私の! 名前は、…………。 モカ」
残念ながら勇気が足りずに名字を言い切る事が出来なかったが、下の名前は言えたので特に問題ないだろう。グッジョブと言っても良い筈だ。もっともっと褒めて褒めて育ててほしい。皆も知っているだろう? 私は褒められるとヤル気が出るチョロい性質なのだから。