001 キンキンでしゅわしゅわ!
流行病の為にテレワーク全盛な昨今だが、私の仕事は昔から自宅で行っている。容易に予想できる近未来に至っても、これは不変だろう。
言葉を変えるなら、流行の最先端が私! ……という訳なのだが。うん、流石に無理があるよね。
元々は高尚な意識の高まりがあった筈だ。こういう仕事をする為に、二度と戻らぬ希少な青春を潰してまで、必死に芸術を学んだ訳では無い。
無いのだが……夢でしかない青春の虚像を完全に切り捨て、率直に申し上げるならば、こんな仕事が私に向いていたのだ。完全に。これ以上無いほどに向きすぎていたのだ。
つまり。私には。お絵描きが天職なのです。
そしてこのお話は、その天職を全うしていた私の身に起きた、まるで妄想のような訳のわからない体験談を、忘れないうちに書き留めておく備忘録のつもりだった。……のだけど。
もう大分先の方まで順番ばらばらに書き進めてるから言えるんだけど、何だろう、もしかして、絵描きが文章を書くのって無理があるんじゃないのかな?
早くも、どうやってまとめたら良いのかわからなくなってしまった。これが絵だったら、なんとなくで纏められるんだけどな。
いや、なんとなくで纏めちゃいけないんだけど。
とりあえず、あの日の事から順番に並べて書き足していくこととする。質問はキリが良いところまで読み終わった後、各自、メールか何かで私にブン投げてくれればそれで良いと思う。気分が乗れば返信するし、場合によっては書き換えたりするかもしれない。
それは、自らの歴史の改竄である。私は許されないことを口にしてしまったのではないだろうか?
『チェックもOKです。萌花先生、今回もお疲れさまでした!』
こんな担当のメッセージも、現代では私用の端末に電子技術を活用した短文として届いてくれる。要するにメールとか、DMだ。皆も使っているだろうが、とにかく便利。ポストまで取りに行かなくても良く、リアルタイムで届き、大変実用的。
これ以上無いくらいに必要不可欠。無ければ死んじゃうのだ。
無ければ死んじゃうと言えば、十年程前に自分専用の宅配ボックスを導入した為に私の生活は激変した。これはもはや物流革命と言って良い。何しろ買い物の全てがネット通販で済んでしまう。無ければ死んじゃうやつだ。
玄関のチャイム音は鳴らないように設定した。これでほぼ無敵であると言っても良いだろう。ゴミ出しは、誰とも喋らずに済むように、人が居ない時間帯に手早く行っている。
こうして完成した誰とも会う必要が無い生活は、実に快適! まさに天国と言えよう。
しかし、この手の技術を愛するあまりか、昨今は電話で話す事も殆ど無くなってしまった。いや、まぁ、掛けてくる相手なんて迷惑な宣伝くらいしかないので、着信音も切ってしまっているのだけど。
打ち合わせの際には泣く泣くヘッドフォンとマイクを引っ張り出して、音声を使った対話を行うのだが……毎度、自ら発声するべき言葉が思いつかずに困り果ててしまう。
誰かと喋るっていうのは、一種のスキルだ。そして私にそんなスキルが備わっているわけが無い。何しろ、私は昔から、そして今でも。さらに言うならば予想される未来に至っても、好んで一人旅を続けているのだから。
これは、現代風に言うと「ぼっち」です。ああ……真似しちゃ駄目だよ。
そんな私が電話で話すという貴重な対話修行を放棄してしまったのだから、それはつまり会話スキルのレベルが疑いの余地なくどんどん下がっていると言って良いだろう。
まぁ、私には絵というスキルがある。タブレットに描いた仕事絵を世の中に提示できればお金がもらえて何の問題もないし、担当も私の口下手っぷりは重々承知している。……している筈だよね?
「今月は、おしまい」
仕事が終わる直前に程よいタイミングで、冷凍庫に移しておいた缶麦酒の蓋をプシュッと開けて、まずは一本、ごくごくと飲み干す。舌を刺激しながら喉を伝って体内に滑り込んでくる液体の感触だけで、新品の電池を突っ込まれたオモチャのようにそこいらがビカビカと光って元気が湧き上がってくるようだ。
「んひ~~!!」
この飲み物についての解説など必要なかろうが、至極簡単に表すならば……
「キンキンでしゅわしゅわ~~!」
この、冷えた麦酒ってやつは、まさに人類の叡智が生み出した、史上最強で最高の飲み物だ。ここで麦酒について語り始めると話が永遠に終わらなくなってしまうので割愛するが、まさかここで飲んだ麦酒のせいで、後述するような羽目になってしまうとは。
「今日のおつまみは何を用意しよう? えっと、確か、チーズとたらこが余っているはず~!」
……とか言い出した所で。突如、何か未知の化け物に吸い取られてしまったかの如く、あっという間に全身から力が抜け、私の体は糸の切れた操り人形のように崩れ落ち、結構な勢いで冷蔵庫にゴンッ!! 続いて台所の床にドゴッ!! と、勢いよく頭をぶつけてしまった。
大切な頭脳にそのような衝撃があったにも関わらず、驚くべき事に自我は保たれ、意識ははっきりしている。だが、まるで体への配線が切れてしまったかのように、全身が動かない。強打した筈の頭から痛みも感じない。
……まさか、愚者か若者のごとく後先も考慮せず欲望に負けて一気に飲んでしまった麦酒のせいだろうか? いや、でも、缶麦酒一本に含まれる程度のたかが知れているアルコール分量で、こんな事態になるの?
まぁ、なってしまっている訳だが。助けを呼ぼうにも、声も出ない。そもそも私の弱った声帯で叫んだ所で、この閑静すぎる住宅街のご近所様に声が届くとは思えない。
目は見えていたのだが、何故か、じわじわと奇妙な形の黒点が広がっていき、段々と見えなっていく。先程まで存在感だけはあった手足や体も、何時の間にか消えてしまっていた。
……断言できる。これはどう考えても深刻。はっきり言ってヤバイ。
要するに、緊急事態、エマージェンシー案件だ。当然、119番しなければならない。
ヤバイよ! ヤバ———イ!!
まぁ、この状況は実体験する事が難しく、今後の仕事で何らかの貴重なネタになるとは思うが……! と、いうか、私、これ……死んでしまうんじゃないの!?
怖いっ……怖いけど。これ、貴重な体験~~~~っ!!
勿論、表現者として、だ。死は、多くの人生で誰にでも一度は訪れる、何気にポピュラーな物ではあるのだが、体験談を語ることは叶わないし、周囲に自由に観察できる死者が出るなんて事もあまり無いだろう。私的には、比較的興味の湧く題材だったのだ。
これを読んでいる君。勘違いしないでもらいたい。自らの名誉を守る為に念の為申し上げると、これは決して変態故の妄想ではない。ネクロフィリアだとか、そういう類の不気味なアレでも無い。率直に興味深いだけなのだ!!!
しかし。結論から申し上げると、このお話を読んでくれている皆なら分かっていると思うのだが、私は死ななかった。知っての通り、今も元気いっぱいだ。完全にネタバレになるが、最後まで読んでも私は死なないので、私のファンである婆マニアの方は安心してほしい。ポロリもあるからね。
詳しい状況を要点を纏めて説明したいと思うのだが、ここから先の話は妄想を見たのだろうと思われても仕方のないような内容だ。むしろ細かいところまで説明するべきのような気もする。どう思う? まぁ、とりあえず適当に私の身に起こったことを書き連ねていこうと思う。
何も見えなくなった後、どれ位の時間が流れただろうか?
急に、ひんやりとした空気と眩しさに気がついて目を開いた私だが、発生源が不明の閃光に包まれながら、産まれたままの姿……要するに全裸で寝転がっていたのだ。
残念ながら。皆知ってのとおりかもしれないが、私はもう既にあまり若くない。老婆とまで自己卑下したくはないが、もはや熟女と呼ぶべきであろう。若さを失った婆、しかも私なんぞの婆全裸にどれだけ需要があるだろうか?
いや、まぁ、熟女マニアってのも居るみたいなんだけど。さあ、産まれたままの熟女だぞ!
泣き声を上げたほうが産まれたままっぽくて良いだろうか?
バブ~! バブブ~~!!
ママ~ッ!! おっぱい、おっぱ~~~~い!!!
まぁ一応、裸である事に驚いて、熟女マニアの視線を警戒し、念の為に局部などを隠そうかな、おっ……手が動くじゃん! と思ってのそのそ動き出したタイミングで閃光は消えてしまい、その代わりに周囲の光景が目に入ってきた。
入ってきたのだが……これは一体何処なのだろうか? ぱっと見で判断するならば、洞窟のような、鍾乳洞のような、妙な岩だらけの空間。いや、まぁ、残念なことに生で洞窟なんて見たことは無いのだけど。何故かそこそこに明るく、苔のような植物が生えているのが見える程。
何らかの偶然と幸運が重なり、病院に運ばれて意識を取り戻した訳ではなさそうだった。
嗅ぎ慣れない奇妙な甘い香りがした。よく見ると、私の裸体はその匂いを発していると思われる謎の液体がやけにたっぷり染み込んだ布の上だった。その、何やら読めない文字や記号がびっしり書かれている布の下には何かが敷いてあり、おそらくは寝床のような状態になっている。
そんな、私の熟女裸体が転がるビショビショの寝床を取り囲んでいる3人の少女がいた。見た目は白人っぽいのだが、人種までは分からない。年頃は中高校生くらいだろうか?
「や、や、やったですよ~~! ついに成功しやがりましたです、姫さま~~!」
「とにかく、まずはお話を……!」
何故だろうか、明らかに日本人ではなく外国人ぽいのに、流暢に聞き取れる日本語を喋っている。留学生とかだろうか……? 今時の日本にわざわざ留学しにやってくるとか、世界の経済も大変だな。
何が何だかこれっぽっちも理解できない中、ふと、お尻に違和感を感じ、なんとなく手を伸ばしてみると……私のお尻には、何故かしっぽが生えていた。それも結構太くてずっしり重く、すっきりと並んだきれいなうろこが生えていた。