9『紐結びの魔道師』乾石智子
次の連載の構想を立てなきゃいけないのに、全然手が動かない。
ネタがいっぱいあっても完結まで思いつくかは別なのです。
そんな悩み事とは全く関係なく、今回ご紹介するのはこちら。
『紐結びの魔道師』
乾石智子
3でご紹介した『夜の写本師』と同じ「オーリエラントの魔道師たち」シリーズの1つです。
様々な物語で構成されている「オーリエラント魔道師たち」シリーズの中でも、主人公とその周りの人々の性格や雰囲気が最も親しみやすい作品ではないかと考えています。
『紐結びの魔道師』は主人公が共通の6編を収録した短編集です。もし本作の主人公を気に入ったのなら、同じ主人公の長い冒険を描く「紐結びの魔道師」三部作『赤銅の魔女』『白銀の巫女』『青炎の剣士』もオススメ。
本作の主人公は、タイトルになっている「紐結びの魔道師」であるリクエンシス。紐結びの魔法はその名の通り、様々な種類の紐を様々な方法で結ぶことで望む神秘を起こす魔法です。健康や幸福を招いたり、魚を獲れやすくしたり、敵を翻弄する罠としたり……本当に様々。
派手な魔法ではありませんがその素敵さはピカイチ。生活に密接に結びついている感じが心温まる魔法です(剣闘士と呼ばれる方が似合うような男であるリクエンシスが大変器用に様々な紐を結んで魔法を使う様子もその素敵さをアップしていると思います)。
それではいつも通り、やっていきましょう。
【キャラクターの魅力】
やはり乾石智子先生の作品はその世界観と共にキャラクターの魅力がとても好きなところ。
主人公のリクエンシスは勿論ですが、ふとんが一番好きなのは彼と一緒にいる書記のリコ。元気いっぱいのおじいちゃんであります。
このおじいちゃんが可愛いんだ……元気いっぱい、頑固で生意気だけど、知恵者として力を貸してくれるおじいちゃん。いちいちこう、何でしょう「好きだなぁ」と感じさせてくるんですよ。こんなおじいちゃんいたら幸せだなぁと感じます。
リコはリクエンシスに大事にされていて、転倒防止の紐結びやら健康祈願の紐結びやら、色々温かな祈りを積まれていて……その関係性も愛おしいんです。
それから、ちょろっと出てくるだけの人々も、味があって好きです。様々な場所で、その土地にあった気風の人々が登場するのですが、そこで交わされる会話等が「人の営み」って感じで心躍ったり、穏やかになったりします。
そして「オーリエラントの魔道師たち」シリーズの魔道師は基本、常人の寿命をはるかに上回る長寿となります。その切なさや達観した風情もまた魅力。
【やっぱり最高、世界観】
魔法の世界ってなんでこんなにも素敵なのか。
3の『夜の写本師』でも書きましたが「オーリエラントの魔道師たち」シリーズには様々な魔法が登場します。それから本作ではワクッとする魔法の道具やぞわぞわする魔法の怪物も。こういう「剣と魔法の世界」という風情も、本作が本シリーズの中で一等親しみやすいとふとんが考える所以。
本作の主人公の使う「紐結びの魔法」は前述の通り紐を結ぶ魔法。
そして貴石を用いる貴石占術師に、気を操るフォアサインの魔道師。それから書物を用いるギデスディンの魔道師。更には魔道師を狩る<神が峰神官騎士団>の銀騎士など、そわそわするワードが沢山です。
主人公と何やら深い縁で結ばれている、熱を宿した特別な玉髄である<炎の玉髄>も重要なキーアイテムになります。ファンタジー好きのふとんは知っている、名前の付いている石は凄いんだ……
ファンタジー好きはワクワクすること間違いなしの固有名詞たち、是非堪能してほしいです。
【大人が楽しいファンタジー】
ファンタジー作品の一部は子供向けに書かれていて、大人は満足しきれないということがたまにあります。
ですが乾石智子先生の作品はどれも、子供よりむしろ大人の方が存分に楽しめるファンタジーです(勿論、若者にも読んでほしいよ)。
特に本作は主人公が大人なので、冒険に忙しい日々よりも平穏な日常のありがたみを噛み締めていたりするんですが、こういう感情は大人の読者の方が共感できるのではないかと思うのです。
深い交流があった相手を見送ったり、過去の自分の若さを振り返ったり……なんともしみじみ。冒険ばかりがファンタジーではなく、戦うばかりが魔道師ではないのだなと思います。
派手で華やかな冒険譚もいいけれど、日々の平穏を噛み締めながら生き、時折起こる問題を人と協力して解決し、そしてまた平穏の中で美味しいご飯を食べる――そんな、大人が楽しいファンタジー。いかがでしょうか。
以上です。
やっぱり何度でも読みたい物語というのはいいものだなぁと思います。
これを書くにあたって取り上げる作品をしっかり読み直してしまうので、ただでさえ足りない時間がどんどん足りなくなっていく毎日です。とほほ。
それでは、今回はこの辺りで。