7話 絶対にわたしのために卵焼きを作りなさい
翌日の朝、わたしは創造主に叩き起こされることなく、自分の力で早めに目を覚ました。
間違っても、ロナの父親を助けるために張り切っているからとか、そういうわけじゃない。
これは偶然だ。一か月に一回ほど起こる、なんかよくわかんないけど早く起きちゃったな~現象。
そこに理由なんて何もないのだ。うん。ほんと。
ていうか、そもそも仮にあのガキの父親が呪いにかけられて死んでたとして、わたしにとっては何も困ることなんてない。
あっそ。ふーんって思うだけ。人間の死なんて、腐るほど見てきたし、何ならわたし自身殺したこともあるし、なんとも思わないわ。
けれど、死んでるってことがわかったら、ロナの奴すんごい泣くんだろうなぁ……。あー、めんどくさー。めんどくさいからついついソワソワしちゃうわー。魔王様なのに、人間のことに関してソワソワしちゃってるわー。
「……あ!」
そんなことを考えながら、一人、園の周りをウロチョロ無意識のうちに歩いていると、向こうの方からロナの姿が見えた。
昨日と同じく、優しそうな弁当マスターの母親も一緒だ。
「まおーさまーっ! おーはーよーっ!」
「『おはよう』じゃなくて、『おはようございます』でしょうが! ちゃんと『ございます』を付けなさぁい!」
まだ距離があるのに、今日も朝から大きな声でうるさいので、こっちも返してやった。人間のガキは目上の人に対する挨拶もちゃんとできないらしい。ほんと、劣等種。
『とか言って、ロナが来たら嬉しそうにするのですねあなた』
「――! う、うるさいっ! そ、そんなわけないでしょ! 全然嬉しくなんかないっての! ていうか、あんた今話しかけてくんじゃないわよ!」
唐突に創造主がからかうようなことを囁いてきたので、ついつい大きめの声で反論してしまった。
「まおーさまー? 誰かいるのー? お友達ー?」
あぁっ! ほらっ、見なさいよっ! 変な勘違いされたじゃない!
ロナはつないでいた母親の手を離し、走ってこっちに向かってくる。そして、その最中にドテッとこけた。結果、情けなく泣いている。ほんっとに世話が焼けるガキだ。
「もう。何してるのよあんた。どこ怪我したの? 見せてみなさい」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ごごぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
膝をすりむいていた。
まあ、このくらいの怪我なら余裕で治療できる。
軽く回復魔法を発動させ、一瞬で膝の傷を治してやった。
「大丈夫ロナ!? ……って、あれ? 怪我は……?」
「回復魔法で治してやったわ。この程度の怪我、わたしにかかれば一瞬よ」
「か、回復魔法……ですか……? けど、一瞬でなんて……」
「できるのよ。わたしにかかればね」
「ふわぁぁ……痛いの……飛んでったぁ……」
簡単に状況説明してやったけれど、遅れて駆けつけてきた母親は信じられないといったような表情を浮かべている。
まったく。何をそんなに驚く必要があるのかしらね。わたしは魔王なのよ?
「……まあいいわ。どうでもいいけれど、あんた、ちょっと話があるの。そこまでついてきてくれない?」
「え、私……ですか?」
「そう。ロナの母親であるあんたに少し話があるの」
「えぇぇぇ! まおーさま、ロナは? ロナはぁ?」
「あんたは園の中で待ってなさい。あとで特別におやつあげるから、そこで大人しくしとくの。いい?」
「んむぅー……。わかった……」
ロナから聞ける父親の話なんて、情報量としてはたかが知れてる。
あまりわたしが詮索して、何か勘付かれても厄介だ。
それなら大人で話が分かりやすく、情報量の多いであろうこの母親に問い詰める方が正しい。
わたしはロナを園の中に連れて行き、その後、母親と少しばかり離れた所へ移動した。
〇
「それでその、話とは何でしょう?」
園から離れたところにある、小さな川の辺り。
そこに到着し、わたしが足を止めたと同時に、ロナの母親は問いかけてきた。
「単刀直入に言うけれど、失踪してるあんたの夫、つまり、ロナの父親についていくつか聞きたいことがあるの。今からわたしが質問していくから、それに対して答えてくれない?」
「ど、どうして夫のことを……?」
「ロナから聞いたのよ。昨日、砂遊びの最中にぽろっと教えてくれてね」
言うと、母親は悲しそうな顔をし、軽くうつむきながら続けてくれた。
「……もう、ずっと前になるんです。時間で言うと、三か月ほど前になるかもしれません。満月の夜に、夫はロナへの誕生日プレゼントを作るため、その素材を採りに行くと言って家を出たんです」
「誕生日プレゼント? 満月の夜に素材採り……、それってまさか……」
「……はい。アポロンウルフの涙結晶を集めて、極幸の宝玉を作り、それをロナにあげようとしてたみたいで……」
「……ちっ」
つい、舌打ちをしてしまう。
バカな父親だ。相手が悪いにも程がある。
アポロンウルフと言えば、獣人族の中でも最強クラスの存在で、特に呪術に秀でた連中だ。
名前からもわかる通り、その見た目は神々しく、金色の体毛をしていて、奴らの流す涙には十の幸福を必ずもたらしてくれる効能がある。
だけれど、何度も言うが、奴らは呪術に秀でてる。昔戦った時も、このわたしですらかなり手を焼いたくらいなんだ。アポロンウルフはそれくらいにヤバい。
「ウンベルトは……私の夫は、勇者稼業をしていて、家をよく空けている人でした。ロナにも、お父さんはお仕事で仕方ないから、と何度も教えていたのですが、やはりまだ幼いので、我慢できずに泣き出してしまう日も少なくなかったんです」
「………………」
「夫としても、ロナに対して寂しい思いをさせたくなかったんだと思います。自分が娘を悲しませている分、それを補えるほどの幸せを何かが運んでくれれば、そう考え、宝玉をプレゼントしたかったのかと……」
「……そうはならないわよ……普通……。無知だったの? それとも死ぬつもりだったのかしらね? どちらにせよバカだとしか言いようがないわ」
「……はい。……本当に、その通りだと思います……」
こらえきれなくなったのか、母親も涙を流し始めた。
まったくだ。やっぱり、人間は基本的に頭が悪い。
無理なものは無理と諦めて、ヤケクソになって何かを成し遂げようすることを控えるなんてのは簡単なことだ。
それができないなんて、本当に劣等種。劣等種だ。
「……ま、よくわかったわ。教えてくれたことには感謝してあげる」
「……はい」
「あんた、卵焼きはいくつ作れる?」
「……え? 卵焼き、ですか?」
「ええ。いくつ作れるのかと聞いてるの。早く答えなさい」
「そ、それは……いくつでも……。卵のよく取れる地域ですので……」
「そう。じゃあ、あんたのバカな夫を連れて帰って来た時は、わたしにたっくさん卵焼きを振舞いなさい。いいわね」
「え、で、でも、夫はもう――」
「いいわね! 連れて帰って来るから、絶対にちゃんと振舞うのよ! わかった!?」
わたしがそう言うと、ロナの母親は潤んだ瞳を見開き、「はい」と返事をした。