5話 おっきなまん丸のお月様が出た夜
更新遅くなってすみません~(汗)
あれから、わたしはロナにみっちり文字の書き方を教えてあげた。
「はい、これが『あ』!」
「あ~~~~~~!」カッカッ
「うん、よくできてるわ! 次、『い』!」
「い~~~~~~!」カーッ、カッ
「そうね、合ってる! 次、『う』!」
「う~~~~~~!」カッ、カーアッ
「よし! 次、『え』!」
「え~~~~~~!」カッ、カッ、カカーッ
「はい次、『お』!」
「おぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~!!!」
「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
ガキ相手だと、勉強一つとっても落ち着いてはくれない。
一文字一文字書くごとにくねくねしたり、ぴょんぴょんしたり、変な顔をしたり、走り回ったり、大きな声を出す。
いちいちツッコむのは野暮だと思って我慢してたけど、普通に無理だった。部屋の中で追いかけまわすも、思った以上にロナは体力がある。ぐうたらしてた弊害か、たまに本気を出さないと追いつけない時があった。
「まおーさまっ、つかれたー? 追いかけっこ、おしまいー?」
「ハァ……ハァ……疲れたわけ……ないでしょうがあぁっ……! あんた……追い回した……くらいでぇっ!」
「じゃあ、ロナ逃げるねっ! まおーさまは鬼っ! わー!!!」
「待ちなさいよぉぉぉぉぉぉ! 勉強中でしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
壮絶も壮絶。
だがしかし、はしゃぎまくるものの、ロナは意外と呑み込みが早い子だった。
わたしが教えた言葉をすぐに書けるようになり、文字列を作って応用したりすることもやってのけたのだ。
地味に出来がいいってのがさらにムカつく。まあ、どうせ魔王であるわたしの教え方が上手かったってだけでしょうけど。そうに決まってるわよ。
そんなこんなで何とかお勉強の時間を終え、次に待ってるのは昼食。
弁当を持ってきてはいたものの、何かにつけて気になる歳頃なのか、ロナはわたしが食べてた鹿モンスターのロースト肉をジーッと見つめてくる。
自分のものが目の前にあるでしょうに、よだれを垂らして、指を口にくわえ、ジーッと……。
「……何なのよ? あんた、自分のがあるでしょ? 欲しいったってあげやしないわよ。これ、わたしのお昼ご飯なんだから」
「じゅる……」ジーッ
「……っ」
「じゅるる……」ジーーッ
「……~っ」
「じゅるるる……」ジーーーッ
「あー、もうっ! 近付いてくるなっ! 涎が肉に滴り落ちて『涎肉』になるでしょうがっ!」
最終的にはわたしの腕にしがみつき、操られてるかのように肉だけを見つめるロナへ鹿肉はくれてやることになった。
交換条件としてもらった黄色の物体。卵焼きが案外美味しくて驚いたけれど、量としては明らかにこっちが少ないし、不平等。
魔王的に不平等交換を強いられるなんてあり得ないし、何ならこっちがそれを持ち掛けてた立場だったってのに、このザマだ。
今後こういうことがあってもいいように、ロナの母親には前もって献上品として卵焼きをたくさん作らせてこようかとも思案したりした。
……まあ、そんなことしたら今もどこかで見てるでしょう、あの忌々しい創造主に何されるかわからないから無理なんだけど……。
ガックリして、肩を落とした。対照的に、ロナはニコニコ楽しそうにしながら、ケルベロスみたいにわたしについてくる。
鬱陶しいだけよこんなの……。
――で、さらにさらに時間は過ぎて、遂に念願の砂場遊び。
げっそりしたわたしを置き去りにし、タターッと砂場へと駆けていくロナ。
次は何をされるのかと、内心怯えつついたけれど、集中してお城なんか作り始めたから、ちょっとはゆっくりできそう。心の底から安心した。
「それにしても、ロナ。あんた、さっきどうしてパパに手紙が書けるかとか、聞いてきたの?」
「パパ、勇者なんだ」
「勇者? へぇ、そうなの」
「すっごく強くて、オオカミさんだって村で一番倒して、世界一強いんだよ」
「ふぅん」
反射的に「バカね。世界一強いのはアタシよ」なんてことを言いそうになったけれど、やめておいた。
なんか目輝かせてご機嫌だし、機嫌損ねられたら泣かれて、また突撃してくるかもしれないしね。
「でもね、おっきなまん丸のお月様が出て、おねんねしなきゃいけない時間におうち出てっちゃったの」
小さい体で「おっきなまん丸のお月様」を表現してくれながら、教えてくれるロナ。
「出てった? それはクエストか何かで?」
……なんて聞いてみてもガキにわかるわけないか。
現に「クエストって?」みたいな感じで泥だらけのまま首を傾げてる。別の言い回しを考えるべきね。
「……そうね、オオカミよりも強い何かを倒しに行ったの?」
「んー、わかんない」
「わかんないって……。あんたの母親……ママは何か言ってなかったわけ?」
「言ってたよ。またおっきなまん丸のお月様が出てきたら、パパは帰って来るって」
「……へぇ」
「だからね、ロナ、悲しくなんかないよ。ママが言ってたんだもん」
「……そう」
そういうのって、もう大抵は帰ってこないパターンなのよ。
心の中でそう思った。
おっきなまん丸のお月様が出た夜に行方をくらました勇者。
それならロナの父親が帰ってこないのはもはや確実だ。
けれど、ロナはそんなことを知らずにニコニコしてる。
わたしは小さく鼻で笑い、砂を足で少しだけ掘ってみせるのだった。




