4話 全属性魔法耐性アリ。子どもの喚き声耐性ナシ。
母親と別れてから、わたしはロナとかいう女のガキと園内で二人っきりになった。
創造主曰く、幼稚園といっても今は大人数ではなく、この子だけが通うことになってるらしい。
色々と周辺の村々で入園してくれるガキがいないか呼びかけているらしいけど、どうも営業活動が上手くいってないとかなんとか。
それはそれでめんどくさいガキが来なくていいからありがたいんだけど、創造主なんだから、その辺りちょちょいっとやるもんだと思ってた。意外な弱点。もしかしたら、結構なコミュ障だったりするのかもしれない。わたしの前ではすんごい偉そうだけど。
「まおーさまー! まおーさまー! ロナ、砂場に行ってお砂遊びしたい! お砂遊びー!」
「あーもう、引っ張るんじゃないわよ! 勝手に行けばいいでしょ! わたしは部屋の中でだらけたいの! 外は嫌! 以上!」
「ふぇ……!? 外……嫌……? ロナ、一人……?」
「そうよ。ほら、行ってきなさい」
そう言って、わたしは窓をガラッと開けた。
実を言うと、ガキにやらせることは創造主から教えてもらってはいた。けれど、なんか面倒くさいし、砂を触りたいって言うんなら触らせとけばいいでしょ。
この子しかいないし、わたしはさっそく室内でダラダラさせてもらおう。
そんなことを考えていた刹那だ。
「やぁぁだぁぁぁぁ! 外! 外! 外行って一緒にお砂遊びしたぃぃぃぃぃぃ!」
ロナとかいうガキはわたしに突撃してきて、本気で泣き喚き始めた。
「ったく、このガキ……。だから勝手に一人で行けばいいって言ってるでしょ! 服を引っ張るんじゃないわよ! 人間の服はどれも伸びやすくて脆いんだから!」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! そーとぉー! お砂遊びぃぃぃぃ! ひーとーりーはーいーやぁぁぁぁぁぁ!」
「ああああああああもおおおおお! うっるさいわねえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
最強であるわたしはどんな属性の魔法にも結構な耐性がある。
けれど、このガキの喚く声には本当に耐えられない。
泣いて鼻水を垂らしながら引っ付いてくるから、ズボンは既にびしょびしょのべちゃべちゃである。最悪だ。
「わかった! わかったわよ! 後で一緒に行ってあげるから今は待ちなさい!」
「なんでぇ! 今じゃなきゃヤぁぁぁ!」
「ダメ! それ以上わがまま言うんなら後でも言ってあげないわよ!?」
「ふぇ……ぐすっ……それは……もっとやぁ……」
……ようやく泣き止んでくれた……。
これだけで疲れがドッと溜まった。
まあいい。気を取り直して創造主に教えられた通りやっていこう。仕方ない。
わたしはエプロンのポケットから紙切れを取り出し、そこに書いてある文字を読んだ。
「今日はえーと……黒板を使って文字遊びして、昼ご飯を食べて、そこからグラウンドで遊ぶことになってるわね。だから、砂遊びは昼ご飯を食べてからよ」
「……うぅ……わかった……」
「よろしい。素直な人の子は好かれるわ」
そういうわけで文字遊びだ。
わたしはちょうど壁に引っ付いてる黒板の方へと歩み寄り、振り返る。
ロナはその場でジッとし、まだ涙の浮かんだままの瞳でわたしを見つめてきていた。
「こくばん……それが黒板なの?」
「ええそうよ。この大きいのが黒板。これにチョークっていうペンみたいなもので文字が書けるの」
わたしは適当にお手本を示してやる。
『ロナ』という二文字と、わたしのありがたーい名前、『エルシャラ』という五文字を書いてみた。
これまた一度だけだが、滅びた人間の村を壊し、城を建てようとした際、黒板とチョークに触れたことがある。
使い方や性質などはほどほどに理解しているが、チョークは触った後に手が汚れるし、好きではない。
ルーメリアがいたら、すぐに布巾を持ってきてくれるんだけどなぁ……。
「はい。こんな感じよ。どうかしら?」
「ぅえ…………みゅ~……」
「? 何よ? まさかこれだけじゃ説明不足だって言うの? 人間のガキはこんな簡単なこともできないのかしら? 手を動かして書くだけよ。こんな風にね」
いやーな感じで言ってやりながら、もう一度黒板に文字を書きこむ。
すると、さっきまで元気だったロナは途端にうつむいてしまった。もじもじしてる。
「何なの? 言いたいことがあるなら何とか言ってみたらどうなのよ? わかんないでしょ?」
「……ロナ……字……書けない…………」
「……はい?」
「字、書けない……」
切実に訴えてくるような目をして言われ、わたしはロナがもじもじしてる理由を理解した。
どうも、そこから教えないといけないらしい。
まだ赤子同然だし、手がかかるだろうとは思ってたけど、言語からとなるとこれまた苦労が増える。わたしは小さく息を吐いた。
すると、それを見て申し訳ないと思ったのか、ロナはビクッとして泣きそうな顔になる。
まったく……。こうなったら強く出れないじゃない……。
「あー、もうっ! 字、読めはするの? 読むことはできる?」
「うん……。読める……。けど……書けない……ぐすっ」
「泣かなくていいから。書けない、できない。だったら、一つ一つできるようになるまで練習するしかないでしょ? 練習すればいいのよ。そしたら何でもできるようになるわ」
「なんでも……?」
「ええ、そう。何でも。偉くて最強で、魔王なわたしでも、できないことは一つくらいあるものよ。そういうのは、練習してできるようになってきたの。だから、練習よ。練習」
「れん……しゅう……」
柄にもないことだ。
涙目になってるロナの元へ歩み寄り、低い目線に合わせるようしゃがんであげる。
「はい。これ、チョーク。一個ずつわたしと文字書けるようにしてくわよ」
「う、うんっ……! 字、書けるようになったら……ママ……びっくりするかなぁ?」
「さあね。びっくりするかはわからないけれど、褒められはするんじゃない?」
「パパにも? お手紙書ける?」
「手紙? それはもちろん書けるわよ」
「……えへへ」
ロナはにへら~と笑顔になった。
まったく。単純でチョロいガキだ。
そういうことで、わたしは黒板にてロナに文字書きを一から教え始めるのだった。