3話 人間のガキが遂にやって来た
翌朝、陽が昇り始めた時間帯になると、わたしは約束通り創造主に叩き起こされた。
『昨日言っていたでしょう? 陽が昇り始めたと同時に自分で起きなさいと! 他用もありますので、あなたばかりに付きっきりではいられないのですからね私は!』
こんなことを言われたけど、そんなの知ったことじゃない。
あんたが勝手に世界の創造と破壊のバランスが崩れるとかどうとかでわたしを無理やり駆り出してるんでしょうが。
そうやって思いながら洗面所に行こうとすると、頭を謎のエネルギーでひっぱたかれた。
超絶賢いわたしの頭がバカになっちゃったらどうするんだ。
――で、そんな感じで「ねむー」、「だるー」とぼやきながら準備し、昨日狩ったウサギの肉を木の実と一緒に食べ、朝食も終了。
着ていた魔王様用の豪華な装備を外し、いかにも人間が着てそうな、耐久性のない長袖服とズボン、その上からエプロンを着けるよう命じられた。
それを着ければ、あとはやって来る人間のガキを小さな正門の前で待つだけだ。
わたしは気だるげーにトボトボ歩き、正門へと向かう。
「……どー考えても起きる時間早かったと思うけどー? わたし、寝ていいんならもう少し寝るわよー?」
『バカなことは言わないでください。そんなことをしたらあなたは夕方まで起きないでしょうが。児童はそろそろやってきます』
言われ、ため息をつきながら肩を落とした。
そんな時だ。
向こうの方から人影と声が聞こえてくる。
『ほら、やって来ましたよ。ちゃんとお出迎えするのです』
「えぇ……いや、ホントじゃない……。ホントに来るの……? 来ちゃうの……?」
やって来たのは仲良さげな人間の親子。青く、長い髪の毛を一つに結んだ母親と、同じく青い髪の毛をツインテールにしている小さい女のガキだ。手をつなぎ、こっちに向かって歩いてくる。
対してわたしはいざとなるとなんか緊張して声が震えてしまっていた。こっちは魔王で向こうは人間なのに。
「そ、そうよ! なんで人間ごときに魔王であるこのわたしが! もっと堂々としてればいいじゃない! さあ、来なさい人間! 捻り潰してあげるわ!」
『バカなのですかあなたは! 捻り潰してどうするのです! もっとマイルドで温和な口ぶりと態度でいなさい!』
「し、知らないわよそんなの! いきなりこんな人間の仕事みたいなこと任されたわたしの身にもなりなさいっての!」
目に見えないであろう存在と言い合いをしてるうちに、人間の親子はズンズン近付いてくる。
そして――
「ママ、あの人、よーちえんのせんせーかなー?」
「うふふっ。そうかもしれないわね。おはようございます、先生」
何が楽しいのか、わたしに聞こえるくらい大きな声で母親に質問するガキと、丁寧に歩きながらお辞儀してくる母親。
温和でマイルドとか、そんなのはわからない。とりあえずいつも通りのスタイルで返答する。
「おはよう、人間の親子。魔王であるこのわたしに気安く挨拶なんて普通は消されてもおかしくないけれど、今だけは特別に許してあげるわ」
「えっ、魔王……ですか?」
「まおー!? まおーさまー!?」
「ええそうよ。敬いなさい。ひれ伏しなさい。おののきなさい。そして、ビビり散らかすといいわ」
「すごーーーーーい!」
目を輝かせ、ガキはその場で横に揺れ始めた。
わたしが欲しかったのは恐怖に満ちた表情だったんだけど、これはこれで気分がいいし、そのまま胸を張った。
やっぱり褒められるのって気持ちいいな。人間のガキからでも。
「ええと……私はどうお呼びしたらいいのかしら……? 先生ですか……それとも、魔王先生……はたまた、そのまま魔王さん呼びでよろしいのかしら……?」
ぎこちなく笑みを作って問うてくる母親。
わたしは首を横に振った。
「いいえ。魔王様、と呼ぶといいわ」
「ま、魔王様……ですね。あはは……」
「まおーさまー!」
むぅ。この母親、どうも信じてないな?
自分の力を知らない存在がいるというのは、どうもむず痒いものだ。
一発、空に究極魔術でも打ち上げてやろうかと思ったけど、それをしようとした瞬間に行動制限魔法をかけられた。
同時に、頭の中へ『やめなさい』という言葉が短く流れ込んでくる。
「そ、それじゃあ私はこの辺りで失礼しましょうかしらね。ロナ、せんせ……じゃなくて、魔王様のおっしゃることはちゃんと聞くんですよ。またすぐに迎えに来るからね」
「はーい!」
そんな感じで、ロナとかいうガキの母親は、何度もペコペコお辞儀をしながら帰って行った。