1話 これはどう考えてもおかしい
「ここは……どこ……?」
眠りから覚めたわたしの第一声はそんなものだった。
だってそうだ。さっきまで自分の部屋のベッドで寝てたはずなのに、気付けばよくわからない木造りの部屋の中にいたのだから。
「……まさか、眠ってる間に寝言でワープ魔法唱えちゃってたとか……? ……いやいや、だとしてもこんな貧乏くさいとこ、魔王であるわたしが選ぶわけないわよ」
そもそも、ワープ魔法自体自分のイメージできるところにしか飛んでいかない代物だ。
脆弱な人間の木こりが住むような建物の中にわたしが飛ぶはずない。おかしいことが起こってる。
「まあいいわ。よくわかんないけど、さっさと城に戻りましょ。戻ってゲームでもするわよ」
呟きつつ、ワープ魔法を発動させようとした。……が、
「……え?」
スカッ。スカッ。
「はい?」
スカッ。スカッ。スカッ。
「ちょっと、どうなってるの!? えいっ! ふんっ!」
スカッ。スカッ。スカッ。スカッ。
本来力なんて入れなくても発動できるワープ魔法。それがまるで発動しない。
「う、嘘でしょ!? なんでわたしワープ魔法ができなくなってるの!?」
試しに他の魔法――呪術魔法で自分の身体を浮かせてみようと試みたのだが、これは難なくできた。
再現魔法で魔犬を呼び出す。これもできた。
魔犬は出てきた途端に部屋中をグルグル駆け回り、頭を抱えるわたしの頬をベロベロ舐め始める。
「は、離れなさいっ! 今あんたに構ってる暇はないからっ!」
「くぅ~ん……」
しかしおかしい。本当におかしい。なんでワープ魔法だけできなくなってるの? これじゃあ城に帰れないじゃない!
そんな時だ。どこからともなく、聞き覚えのある声が天井から響く。
『魔王エルシャラ……魔王エルシャラ……』
「――! こ、この声は!」
『そうです。私です。この世界の創造主です。あなたの夢で先ほどお会いしましたね』
「何よ!? 戦いならもうやらないって言ったでしょ!? それに、今わたしそれどころじゃないし!」
『ええ、知っています。ワープ魔法が使えず、城に帰ることができなのでしょう?』
「な、なんで知って……?」
『決まっています。私があなたをこの地に留めさせ、城に帰れないようにしているのですから』
「は、はぃぃぃぃぃ!?!?」
唐突に衝撃的なことを告白され、わたしは思わず叫んでしまった。
「なんてことしてくれてんのよ!? あんたバカじゃないの!? わたしが戦わないって言ったから、その腹いせってこと!?」
『安心してください。創造主である私は、腹いせなどという低俗な行為を行ったりはしません』
「よく言うわ! さっき夢の中でわたしのこと貧乳とか言って煽ってきてたくせに! どっからどう見ても腹いせじゃない!」
『お黙りなさいひんに……ではなく、魔王エルシャラ。そろそろ口を慎みなさい。そして私の話を最後まで聞くのです』
「くぅぅぅ……!」
この腐れ創造主め! 次会ったら最大級の呪術魔法で葬り去ってやる!
姿が見えていたら真っ先に攻撃してたところだけど、腹立たしいことに声だけだからそれも叶わない。わたしは仕方なく創造主の話を聞くことにした。
『いいですか? 私があなたをここに縛り付けているのは、戦いたくないといったあなたの発言を尊重してのものなのです』
「……は? どういう意味よ?」
『魔王エルシャラ、あなたはこの木造りの建物が何かわかりますか?』
「わからないわよ。ていうか、どこをどう尊重してるの? 質問に答えなさいよ」
『この建物は端的に言ってしまえば、赤子上がりの幼い冒険者たちが通う施設。幼稚園という場所です』
創造主はわたしの問いかけを無視し、つらつらと続ける。
そこにまたムカッとするけど、もうこれはスルーだ。
「幼稚園? 赤子上がりの幼い冒険者……? そんなところにわたしを縛ってどうするのよ。わたしは五千歳を優に超えてるけど? 人間のガキと一緒に過ごせって言うの?」
『半分は正解です。けれど、半分は間違い』
「は……?」
冗談のつもりで問うたのに、半分正解しちゃってた。冷や汗がダラダラと流れ始める。
『あなたはこれからこの冒険者幼稚園の先生となり、魔王がいかに恐ろしいもので、倒さなければならないものなのか、しっかりと一から教育するのです。いいですね?』
「はい。……ってなるかあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ちょっと待ちなさいよ! ホントに何言ってるのあんた!? 正気!? 正気じゃないわよね絶対!」
『私は正気です。魔王討伐を夢見る冒険者を一人でも多くあなたに育て上げさせる。そうすれば世界はまた循環していくのです。魔王軍も討伐されかければ、復活せざるを得なくなるでしょう』
「ふっ、ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ! 荒療治が過ぎるでしょ! 一人二人の冒険者が魔王討伐に向けて頑張ったって、意味あるかぁぁぁぁぁぁ!!!」
『何事もコツコツと、です。そのきっかけを魔王であるあなたが作るのですよ。エルシャラ』
「いいい嫌よ!? 絶対わたしはイヤッ! 城に帰しなさい! いや、帰してくだしゃい! お願いしましゅ!」
『それでは、よい先生ライフを送ってください。あ、細かい設備は私が随時復旧させたり、作り出したりしますので、何でも言ってくださいね。では』
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
涙ながらに叫ぶわたしの声が、そこはかとなく辺りに響いていった。