18話 創造主の提案
「それじゃあ、一応自己紹介することね。当然だけど、ここに通ってくるのはあんただけじゃないんだから」
「嫌ですね。面倒くさいし、同年代の子どもと戯れる気なんて、僕には毛頭ないんです。すみません」
朝、ロナも登園してきたことだし、初めての顔合わせということで自己紹介を促したところ、魔法使い見習いのガキであるフォップは、憎たらしくも丁寧にわたしの命令を拒否してきた。
「ふぇ……」
あらかじめ、ロナにはフォップが性格に難ありだと教えていたのだけれど、さすがにここまでとは思ってなかったっぽく、わかりやすく涙目になっている。
頬を引きつらせ、ビキッと静かに青筋を立ててしまったわたしとは、反応が大違いだ。
「……ロナ……嫌われてる……?」
フルフルと小鹿みたいに震え、涙目のまま問いかけてくるロナ。
違う。たぶん、そうじゃない。いや、もしかしたら半分正解なのかもしれないけど、この魔法使いのガキの場合、自分以外の他人に対してはあまり興味がないのか、誰に対してもこんな感じなのだ。
めんどくさいし、そのことをロナに教えたら教えたで、クソガキ・フォップがわたしに対してモノ申してきたりして、話がもっとややこしくなるかもしれない。
だからわたしはロナに何も言わず、ただダルそーに深くため息をつき、話を先に進めることにした。
「このガキはフォップっていうの。前説明した通り魔法使いの子どもで、今日からわたしんとこに通うことになったわ。できるかわからないけど、仲良くしてあげて、ロナ」
「だからガキとか、こいつとか、そういう呼び方で僕のことを呼ぶのはやめてくださいと言いましたよね! せっかく指導員のあなたには名前を教えておいたのに! ……ふんっ、これだから凡俗の無能は困ります! 一度教えるだけでは名前さえも覚えられませんか!」
「はっっっっっっ! バァーカねっ! 世の中には呼ぶ価値もない低俗で下品で畜生と同じ程度の名前ってもんがあんのよ! あんたの名前はその程度だからガキとか、こいつで呼ぶの! わかったぁ!? こんのガキ!」
……とは言えず(創造主から後で何されるかわからないので)、
「ふ……ふ、ふふっ……すまないわねぇ。そうやって呼んじゃうの、癖付いちゃってんのよぉ~……、次からは改めるわぁ~」
とまあ、こんな感じで怒りボルテージマックスなのを隠しつつ、穏やか~に返してやった。
ロナは「まおーさま……怒ってる……」とか言ってくれちゃってるけど、無視。
人間と全面戦争してる時だってこんな生意気なことホイホイ言ってくる奴いなかったわよ。
「……ま、まあ、それはいいとして、とりあえず二人は仲良くしなさいよ。当面は一緒にやっていく仲だから」
「う、うん……」
「……ふんっ」
どうにもというか、やはりというか、予想した通りの展開になった。
その日はいつも通りお絵描きをしたり、絵本を読み聞かせてあげたり、砂遊びをしたりと普段通りのことをこなしたわけだけど、フォップは事あるごとにグチグチと文句を言ってきた。
『こんなことばかりしてても、優秀な魔法使いにはなれません。僕は向こうで魔法陣召喚の練習をしてきます』
『僕をそこらの四歳児と同じ程度で扱わないでいただきたい』
『この程度のことしかしていないなんて、子ども同然ではないですか』
「だってあんた子どもだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
叫び、思わずゴホゴホと勢いあまってむせてしまう。
冷静ではないわたしとは対照的に、創造主は穏やかな表情で「ズズッ」と湯呑に入っていた熱いお茶を啜った。
ここは創造主の作り出した白塗りの異空間。
何の心境の変化かは知らないけれど、今日の業務が終わった後、唐突に「私のところでゆっくりとお茶でも飲みませんか」と誘われたのだ。
だから、わたしも色々と愚痴りたいことがあったし、断ることなく今こうして座布団とちゃぶ台、それから手に持った湯呑を前にしていた。
「まあまあ、とりあえずは落ち着いたらどうですか? 怒っていても何もいいことはありません。リラックスです」
「こんなクソ生意気なガキを相手にして、リラックスできるかぁ! あーもう、思い出しただけでイライラするぅ!」
「ぬわー」と宙を仰いで叫ぶわたし。
それを見て、創造主はあくまでも楽しそうにクスクス笑うだけだ。わたしは今、本物の悪魔を目にしている。
「……はぁ……、けど、何よこのもてなしは? あんたにしては珍しいんじゃない? わたしを慰めようとでもしてくれてるの?」
「うふふっ。慰める……とまではいきませんが、まあ、ちょっとくらい助け舟を出してあげてもいいかなぁと思いまして」
「助け船ェ……? 脅してでも誰かを働かせようとするあんたが助け舟ねぇ……。言っとくけど、こんなお茶でわたしの苛立ちは収まんないわよ? そんなにチョロくないんだから」
「ふふっ。ええ、わかってますとも」
「わかってるなら、何だってのよ?」
わたしが怪訝そうにしながら首を傾げると、創造主は唐突に宙へ円を描き出した。
円の紡がれたところは、何やら小さなノイズが走り、そこだけ部分的に映像となる。
映像化魔法だ。遠くにいる誰かと会話したい時とかに便利。情報発信にも役立つ魔法ね。
とまあ、とにかくいきなり誰と会話するつもりなのかと、わたしはさらに首を捻った。
「魔王エルシャラ。あなたの第一側近に、ルーメリアという者がいたでしょう?」
「ええ、まあ、そうだけれど。……? ルーメリアがどうしたのよ?」
「今から、彼女とお話をさせてあげます」
「はぇ!? ほんと!?」
わたしの気力は一気によみがえる。
ルーメリアと会話させてもらえる。だったら、今からあの子に頼み込んでわたしが城に帰れるよう手配を――
「――なんてことは当然私が許しませんので、変な気は起こさないように」
「ぐっ……!」
見抜かれていた。ガックリだ。
「そうではありません。今から私が第一側近ルーメリアとあなたを会話させるのには、一つの理由があるのです」
「……はぁ……。何よ。城に帰れないのなら、もう何だっていいわよ。言ってみなさいよ」
わたしが気だるげーに言うと、創造主は小さく笑みを浮かべる。
「それは――」




