15話 スライムから始めることね
その後、わたしたちは結局黄金宮の外へと出た。
城の中だと、なんだかんだ辺りにウルフたちがチラホラ見られ、父親を呼び戻すことができなかった。だから、外に出た。
外に出てからはもう早い。
すぐに父親をこちらの世界へ召喚し直し、凶暴化した状態でロナに会わせるのは危険ということで、まずはわたしの作り出した魔檻の中へ入れた。
それから、呪いの解術を行う。
元々、陽の光には弱いということで、わたしは手のひらサイズの小さな太陽を作り出して見せた。それを檻の中にいる父親へ当て、解術の魔法を唱えていく。
効果はてきめんで、すぐに効き始めた。
黒々としたオーラと共に、苦しそうに呻き声を上げる父親。
ロナは終始心配そうだったけれど、これは効果がある証拠なのだ。近付かないよう注意し、完全に人に戻るまで待った。
時間として、だいたい五分ほどだろうか。呪いは解けた。
「パパぁ!」
檻を消滅させ、防ぐものが何もなくなったところで、父親に抱き着くロナ。
父親の方は、何が起こったのかわからないといった様子で、困惑するだけだった。
〇
「本当に、本当にありがとうございました。夫が帰ってこれたのも、すべて魔王様のおかげです。魔王様が来てくれなければ、夫は完全にウルフになっていました」
「いや、もうお礼ならさっきからずっとしてくれてるからいいわよ。口だけじゃなく、形としてもしてくれてるし」
「そうはいきません! 窮地の危機を救っていただけたのです! だから、何度でも言わせてください! ありがとうございました!」
「えぇ……」
ロナの家に着き、わたしはこれでもかというほどに感謝された。
夜中で、朝日もそろそろ上がって来るんじゃないかという時間帯だ。
久しぶりに多めの魔力を使い、お腹が減っていたことを告げると、すぐに豪華な食事を母親が用意してくれ始めた。
眠っていなかったっぽいのに、眠そうにする気配も見せず、ひたすら感謝の言葉を口にしながら、卵焼きを始めとした料理を振舞ってくれる。
最高ではあったけれど、わたしとしては人間にここまで面と向かって感謝されたこととか今まで一度もなかったから、なんだかむず痒かった。
「本当に妻の言う通りです。あなた様が来ていただけなかったら、僕は完全にアポロンウルフになっていました」
「!」
箸を進めていると、うしろの方の戸から、ロナの父親が部屋に入ってきた。
「あら、あなた、ロナは?」
「ちょうど今眠りについたところ。……僕もその、いいかな?」
「ええ、ええ! 座って頂戴!」
ウルフになっていた時の影響からか、以前よりも少しばかり痩せているらしい。
その分食欲があるのか、こんな時間だというのに、わたしと同じように腹を空かせているみたいだった。
離れて、モソモソと申し訳なさそうに食事を摂る父親に向かって、わざとらしくため息をついてやる。
「しっかし、愚か、という言葉以外見つからないわね。アポロンウルフから素材を奪って宝を作ろうとするって、相当なバカよ」
わたしが言うと、ロナの父親はこれまた申し訳なさそうに苦笑し、ただただうつむきながら返してくる。
「おっしゃる通りです。ウルフ種のモンスターを倒せていたからと、完全に調子に乗っていました」
「モンスターと獣人族はまったく違うわ。それを理解してないのに、よく勇者ができたものよ、ほんっと。わたしに感謝することね」
「ええ、本当に。心の底から感謝しています。また、こうして娘の顔が見れたのは間違いなくあなた様のおかげだ。……ありがとう。本当に……ありがとうございました……」
「もう、泣くのも後にしなさいよ。目の前で泣かれたら、ご飯がマズくなるでしょ」
「……はい、すみません。ありがとう。本当に、ありがとう」
「今わたしは注意してんのよ……」
涙ぐむ父親と共に、キッチンに立つ母親も泣いていた。
昔から、人間はこんな感じではある。
感謝する時に、たまに泣くのだ。
泣くって言ったら、普通、悔しい時と悲しい時でしょ。
ったく、なんか調子狂うわね。
内心そうは思いつつ、深いところで、わたしはそこまで気を悪くしてはいなかった。
ご飯が美味しいのもあるし、とにかく事が丸く収まってよかったという安堵感がそうさせてくれていた。
「ああ、そうだ。わたしはわたしでね、あんたに言わないといけないことがあるのよ」
父親に向かって言うと、ちょうどロナと同じように目元を袖で拭いながら反応してくれる。
「僕に、ですか?」
「ええ。ロナに悲しい思いさせたくないなら、クエストとか、一緒に連れて行ってやりなさい。小さすぎて危険だと思うかもしれないけれど、わたしが知ってる限りでは、ロナみたいな年齢でもスライムと戦わせてるとか、そういうことやってる冒険者の親はいたわ」
「はい。それ、さっきロナにも言われました。今度、クエストに連れて行って欲しい、と」
「スライムなら攻撃力もスピードも遅いしね。とにかく、あんたはロナとの時間をもっと作ってあげること。いいわね?」
「はい……! そうします……! ありがとうございます……!」
「だから、もう感謝の言葉はいいんだってば」
ったく。何度同じことを言っても聞かない。劣等種らしいと言えばらしいわね。
わたしは呆れ、そして少しばかり笑みを浮かべて、口に卵焼きを放り込んだ。
〇
次の日の朝、ではなく、昼過ぎ。ロナはいつも通り母親と一緒に登園してきた。
昨晩と言っても今日だけれど、アポロンウルフの件で、明け方位になってようやく眠ることができたのだ。朝早くからの登園は難しいだろうということから、昼過ぎになってから来るよう両親に言っておいた。
わたしとしては、もう今日くらいは特別に休みにしてもいいと思ってたんだけど、創造主から無言の圧を受け、園を開くことに。
ほんと、こういうのって先生あって成り立つようなものだと思うのにねぇ……。
過労で死ぬわよ、わたし。久しぶりの魔力消費で疲れてんのに……。
「まおーさまー! おはよーーーーー!」
「ったく、あんたはほんとにうるさいわね。あと、今の時間はもうおはようじゃなくて、こんにちはよ、バカね。もう眠たくないの?」
「うんっ! 眠たくない! それより、見てこれっ!」
「何よこれ……? 紙切れ?」
「ちーがーうっ! これは『とっくんめにゅー』なのっ! お父さんと一緒にロナ、これからいっぱい強くなるんだー! まずはスライムから倒してくの!」
「へぇ。よかったじゃない」
「うんっ! えへへっ! まおーさまも倒しちゃうからね!」
「はいはい、無理よそんなの」
「無理じゃないー! 無理じゃないもんっ!」
「無理無理ー」
「もぉぉぉぉぉぉ!」
こんな感じで、一件落着だ。
わたしは相変わらずしつこくすがりついてくるロナをあしらったり、からかったり、突撃されながら、また園の生活に戻っていった。
ロナもロナで、今度からは問題なく父親と一緒に楽しく生活していくことだろう。
これがまだ始まったばかりということを思い出せば、すんごい憂鬱にはなるんだけどね……。
小さくため息をつき、わたしは引きつった笑みを浮かべて、軽く肩を落とすのだった。
やれやれ、と口にしながら。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
次回から新章に突入します! ロナの次は魔法使いの子がやって来て、また新たなお悩みが展開されます! あ、幼稚園の日常パートも増やしていく予定ですので、ぜひとも読んでいただければと思います! それでは!




