14話 宝石なんていらない
人口アポロンウルフのすべてを空間魔法で別世界にやり、一気に閑散となった月夜の華の間。
ガラス張りの天井から差し込む月光は、わたしの魔力のせいで紫色になり、なおも変わらず部屋全体を照らし上げている。
先ほどとは打って変わって禍々しさを醸し出していたが、それがまた、わたしの興奮を増長させてくれた。
全盛期ならば、黄金宮であろうと確実に吹き飛ばし、ここを更地にしていただろう。
けれど、それをしないのは、わたしが今抱えてるこの子に、余計なものを見せるべきではないという気持ちが働いているためだ。
以前はこんな気持ち、一つだって浮かんでこなかったと思う。
たぶん、城でぐーたらしてる間に、わたしの中で何かがおかしくなったんだろう。
そう考えると、だらけるのもよくないところがあるかもしれない。
だって、こんなのはどう考えても魔王らしくない。
保護者みたいになってるじゃないの。
「う……ぐくっ……くそっ……! 動けぬ……!」「ち、ちくしょう……!」
倒れ、呻き声を上げる四匹の前にわたしは降り立った。
向こうの方でがれきに埋もれてる奴もいるけど、どうでもいい。話はこいつらから聞いても変わらないだろう。
「……哀れね。全盛期には遠く及ばないのに、ちょっとだけ力を出したらこのザマ。くだらない呪術の開発に勤しむ暇があったら、敵対者との力量差を見極める感覚を養うべきよ、あんたたち」
「ぐぅっ……ば、バカに……しやがってぇ……!」
「何を言ってんの。本当のことを教えてあげただけでしょ? バカなことしてないで、あんたらはもっと森の奥深くにいたらいいのよ。パロルドには、前戦った時そうやって忠告したはずだけれど、聞いてないのかしら?」
「くぅぅっ……!」
「……、その様子だと、聞いてなかったみたいね。いや、忠告を受け入れる気すらなかったということかしら。どちらにせよ、愚か以外の言葉が浮かんでこないわ。このままあんたたちはここで死になさい。じゃあね」
「……ま、待てェ……!」
「待つわけないでしょ。わたしにはやることがあるの」
言って、歩きながらロナに目と耳を開けるよう促す。
もう少し拓けたところで、別空間へ飛ぼう。そう思ってたのだ。
けれど――
「待てと言っている!」
弱っているだろうに、強く、大きな声で呼び止められた。
仕方なく、わたしはまた四人の幹部たちの方へ振り返る。
ロナもその声に反応し、驚き、体をビクつかせた。
「……何?」
「魔王……エルシャラ……! 貴様は……その人間のガキを助け、かつての自分の犯した罪を償っているつもりなのか……!」
「そんなわけないでしょ。バカじゃないの」
「じゃあなんだ! 貴様が人を助ける必要がどこにある! 己の強大すぎる力を傲慢さに変え、世界を征服しかけた悪そのものの貴様が、人を助ける理由は何なのだ! 教えてみろ!」
「……嫌。そんなこと、あんたに答えてやる必要なんてないから」
「フハハッ! 答えられないんだろう! なぜなら、貴様は万物のすべてから憎しみを買い過ぎた! それらに屈したのだ! だから、それに怯え、償うような真似をする! ハハハハッ! バカめ! もう遅いわ! 我らアポロンウルフの憎しみを先駆けに、すべての憎悪を貴様にぶつけ、そして永劫に呪ってやる!」
「……。言いたいことはそれだけかしら?」
「ああそうだ! 絶対に死んでも呪ってやるからな! 待っていろ! 魔王エルシャラァ!」
そういうことだ。
わたしは幹部たちに背を向け、先へと進み、月夜の華の間を出た。
それから、さっき考えていた通り、広い場所を目指す。
「まおー……さま……」
「? なに?」
「……さっきのオオカミさんたち、どうしてあんなにまおーさまのこと、嫌いなの……? まおーさまは……優しいよ? なのに、どうして?」
「……」
少しだけ、返答に間を置き、そして答えた。
「あんたの父親ね、今回、誕生日プレゼントを作るためにアポロンウルフの住処へ一人で近付いたの」
「ふぇ?」
「いつもクエストとかに行って、家にいないから、ロナに少しでも喜んでもらおうと思って、ずっと楽しく過ごせて、寂しくならないような宝石を作ろうとしてたんですって。それで、やっぱりアポロンウルフたちに襲われた」
「……パパが……?」
「ええ」
話はここで終わらない。わたしは続けた。
「あいつらがわたしを嫌うのは、それと似たようなことなの。何かを手に入れようと思ったら、何かからどうしたって奪わないといけない。ロナの父親がロナのために奪おうとしたみたいに、わたしもあいつらから奪わないといけない理由があったのよ」
「…………」
沈黙のロナ。何か考えてるみたいだったけど、うつむいて、表情がよく見えない。
わたしはわたしで、内心何をここまで人間のガキに言ってしまってるんだろう、と、小さく苦笑した。
心の底で誰かからの理解を求めてたってことだろうか? 人間のガキに? 考え始めるとますますバカらしくなってくる。これ以上わたし自身のことを言うのはやめだ。
「……だからまあ、とりあえず父親が元に戻ったら、宝石なんていらないって言っときなさい。わたしもあんたの父親には一言言っとくから」
「……なんて言うの? まおーさま……」
「それ、言わなきゃいけなの?」
「言って」
一言口にし、わたしの胸元の服をギュッと掴む。
仕方ない。
「宝石なんかじゃなくて、ロナをクエストに連れてってやりなさいって言うわ。あと、もっと家にいる時間を増やしなさいって。あんたの娘は、あんたと同じ、きっといい勇者になれるから、ってね」
ロナは泣いていた。
その涙は、恐らく色々なものが爆発したうえで流れ出たものなんだろうなと、わたしは思った。
生きるものなら何でも、悲しさや寂しさは抱くものなのだ。
それがこんなガキなら、もっと言えることだろう。
だって、わたしも――
「いや、何でもないわね。やっぱり」
小さく呟き、先を急いだ。
早くロナに父親と会わせてやろう。
その一心で。
あ、危ない……w なんとか日をまたがずに済ますことができた……!




