13話 人工アポロンウルフ
「まおーさま、あれ、パパなの! オオカミさんになっちゃってるけど、あれはパパなの!」
一生懸命にそう言ってくるロナに、わたしは困惑を隠せなかった。
なぜなら、ロナの指さす先にいる者は、どう考えても凶暴化したアポロンウルフ。人であるロナの父親がアポロンウルフになれるはずがないのだ。
何度も言うけれど、元々、こいつらアポロンウルフ種の獣人たちは、呪術に長けてる。だから、満月下における凶暴性の増長や、極端な戦闘力の向上を図る術を使えるということは知ってた。先の動乱でも、それを駆使してわたしたちを苦しめてくれたのだ。
逆に言えば、わたしはそれしか知らない。
まさか、ロナの言う通り、あの凶暴なアポロンウルフが父親であるとするならば、こいつらは禁忌を犯したということになる。
人を魔物に変えるという、禁忌。世界の理に反するという禁忌を。
「クククッ。何をそんな怖い目で見てらっしゃる? 魔王エルシャラ」
「白々しい問答はいらない。あんたたち、わたしが城の中で大人しくしてた間に何を開発してた?」
「何を、とおっしゃられましても、どうお答えしてよいものなのか、判断に苦しみますな。我々は種の存続のためにやることをやっていくだけです。そこに『禁忌』だとか、そういったものは関係ない」
「……ということはつまり、人をアポロンウルフに変える呪術の開発に成功したということ?」
「……、ククッ。この世に必要なのは破壊と創造。そうおっしゃられたのはあなた様本人だ。だとするならば、わたしたちの行ったことはそれに該当するはずです」
「……」
「禁忌であろうが何であろうが、自らの種の創造を行っていく上で、概念という枠すらも破壊していく。それが重要であり、必要である。我らアポロンウルフ族は、次なる世界の支配者なのです。あなたに代わる、ね」
「……ふーん」
今、一瞬一帯を破壊してしまおうかと思うほどにイラっときた。
イラっときたけれど、それを抑える。まだ、大事な質問を終えていない。
こいつから、確かな事実を聞き出していない。
「つまり、あそこのアポロンウルフの群れの中にいる一匹。あれはこの子の父親でいいのね?」
「ええ。しかし、それを知ったところで、あなたは今日ここで死ぬ。ガキ諸共、人口ウルフたちの餌になるとよいですよ」
「父親はどんな気持ちなのかね。自分のガキを食べるってよ」
「ハハハハハッ!」
――なるほど、ね
本格的に本性を現し、下品に笑う幹部ウルフたち。
理性を失い、凶暴性にその身を任せて唸り続ける、元人間のアポロンウルフたち。
そして、父親をアポロンウルフにされ、泣いているロナ。
……わたしは――
「……ロナ、ちょっとだけ目をつぶって、耳は塞いでて」
「ふぇ?」
「ハハハハh――んぐぅっっっ!? がハァッ!」
気付けば、その身を動かしていた。
瞬間的にスピードを上げ、パワーを上げる。
魔力で構成した邪爪を振るい、一瞬で幹部の一人、一番偉そうだった髭面の奴を屠ってやった。
奴の体は月夜の華の間の奥まで吹っ飛んでいき、衝撃のせいで周囲の壁はガラガラと崩れていく。
途端にわたしはそこらにいた人工アポロンウルフたちの注目を受けるのだが、そんなことはどうでもよかった。
確実に、今度こそ、一匹ずつ滅ぼしてやる。
そんな思いを強め、静かな殺意を目にみなぎらせていた。
「ロナ、さっき言った通りよ。目と耳を塞いでて。じゃないと、あんたは怖いものを見ることになるわ」
「こわい……もの……?」
「あんたの父親に悪さをしたバカオオカミ共を、今度こそ倒すの」
「……パパ……」
ロナはポツリとそう言って、わたしに抱かれたまま、向こうの方へと視線をやる。
そこには、雄たけびを上げる人工アポロンウルフの群れがある。
わたしを標的に定めたようで、一斉にこちらへ向かって来た。
「ま、大丈夫よ。何があろうと、あんたの父親はわたしが元通りにするわ」
「ほんと? パパ、元通りになるかな?」
「ええ。だから、早く目と耳を塞いどきなさい。さっきからずっと言ってるでしょ?」
「う、うん」
ロナが目と耳を塞いだのを見て、わたしはかつての自分をよみがえらせた。
何万、何十万と迫りくる軍勢、そんなのに比べたらチョロいものだ。
「……まさか、こんなことがきっかけで力を引き出すハメになるなんてね」
ぼそりと独り言として呟き、魔力を解放させる。
その魔力は、月を紫に変色させた。
そう。これがわたしの夜。
わたしだけが生み出せる、かつて見続けていた景色だ。
「行けっ、魔王を殺すのだ、ウルフたち!」
「ガギャァァァァァァァ!」
「うるさいわね、ほんと」
広く、天井も高く作られていた月夜の華の間。
わたしはそこを最大限利用するかの如く、バカ正直に突っ込んでくる人工ウルフたちの攻撃を宙に舞って躱す。
恐らく、知能も何もかも、呪術によって奪われているのだろう。突っ込み、攻撃が失敗して壁に次々とぶつかっていく。
ちょうどいい。塊のようにできた人工アポロンウルフの集を利用し、空間魔法によって別次元へと飛ばしてやることにした。
こいつらは殺さないでおく必要がある。元人間だし、ロナの父親がどこにいるのか、もはやわたしでもすぐに見抜けない。だから、保護するという意味での空間魔法利用だ。
空に浮いたまま、巨大な魔方陣を発動させ、網で捕まえるみたいにして囲う。
――が、そんな時だ。
「させるかァァァッ!」
筋骨隆々の幹部がわたしのことを邪魔しに入ってきた。
呪術の込められた拳で魔法陣を殴りつけ、それを消滅させてしまった。
「へぇ。雑魚は雑魚でも、魔法陣くらいは消すことができるのね」
「魔法陣くらい? ガハハッ、どこに目を付けてる、魔王よ」
「――!」
「ハァァァッ!」
――危ない。
程々に速かった。
上からの攻撃を咄嗟に避けはしたものの、そのせいで下に溜まっていた人工アポロンウルフたちが、また散り散りになってしまった。
「我々は一人ではない。攻撃感知も出来なくなったか?」「魔王も戦いから離れると、こうも落ちぶれてしまうものなのだな」
「……その言葉、そっくりそのままあんたたちに返すわよ」
「「――!?」」
強烈な爆発。
幹部二人が攻撃してきた時、瞬時に爆発魔法のマーキングを仕掛けたのだ。
それが時限的に発動した。この程度のことは簡単だ。
「あんたたちと戦ったのは記憶にないけれど、いない間にわたしの強さを忘れ過ぎ」
言いながら、透明化していた残りの幹部二人に魔針を投げつける。
「「っ!? うがっ、ぐぁぁぁぁぁぁっ!」」
的中。光に闇はよく効く。魔針が思い切り突き刺さった二人は、苦し気に声を上げた。
「これで四匹とも静かになった」
なら、あとは簡単だ。
邪魔されることなく、人工アポロンウルフたちを空間魔法で別の場所へ飛ばす。
「さてと、それじゃあ、最後の仕上げね」
わたしは、動けなくなっている四匹を一つのところへ集め、話を聞くことにした。




