10話 本物の魔王様
「たぶん、この辺りよ」
「そのようですね」
感知の結果、ロナがいるであろう場所にはすぐに辿り着くことができた。
小賢しい罠がこれでもかというほどに施された一帯の入口。つまり、アポロンウルフの敷く縄張りの入口辺りでロナはジッとしているようだった。動きがなく、わかりやすい。大方、怯えてたりでもしてるんだろう。
「はぁ、よかった。罠に引っかかれば、確実に殺されていましたよ。幸運な少女です」
「単純に怖かったんじゃないの? あの辺となると、バカな金色オオカミ共の雄たけびが嫌ってほど聞こえてくるでしょーし」
「それでも、罠に引っかかる前に足を止めてくれたのは助かりました。よかったよかった」
安堵し、一息つく創造主。
わたしも、とりあえずは肩の荷が下りたような気持になったけれど、問題の根っこ部分は解決していない。
案の定、ロナの父親を感知することはできなかったのだ。
ただ、これでロナの父親が死んでおらず、呪術によって縛られているということがわかった。
わたしの捜索魔法は、死んでいようが生きていようが、問答無用にすべてを感知する。それができないということは、ムカつくけれど、呪術によって縛られてるってことだ。あいつらは、先の動乱で徹底的にわたしの目から逃れようと試み、その術を開発した。癪に障るから、一帯全部を吹っ飛ばして解決させてたのが懐かしい。またやってやろうかしら。イライラするわね、ほんと。
「それはダメですよエルシャラ。少女ロナの父親諸共消し飛んでしまいます」
「創造と破壊のバランスを保たせないといけないんじゃなかったの? 今なら全然やる気あるわよ、わたし」
「おやめなさい」
というわけだ。仕方ない。
お腹も空いたし、汗もかいたし、疲れた。
ロナを匿った後、見ておくがいい。誰の手を今煩わせてるか、しっかり理解させてあげる。
わたしは静かに怒りを燃やした。
〇
「ふぇぇぇ……パパぁ……パパぁ……ママぁ……! ぐじゅ……た、たすけてぇ……!」
「ロナ」
「ひっ! だ、だれ!?」
「わたしよ、わたし。偉大なる世界の統治者、魔王エルシャラ様。この姿を見ても……って言ってたところで、暗視できないあんたはわたしのことが見えないのね。ちょっと待ってなさい」
「ま……まおーさま……?」
シュボッ
手っ取り早く手のひらから極小の火炎魔法を発生させる。
ここは小さな洞窟の中だ。
それだけで辺りは明るくなり、ロナは汚れた顔をしっかりと露わにさせた。
「待たせたわね。あんた、こんなところで隠れてたらオオカミに食べられちゃうわよ?」
「まおーざまぁぁぁぁ~!」
「どぇっ!? ちょっ、だからいきなり突進してくるのはやめなさいってば!」
魔王と言えど、腹部のぷにぷに部分は弱いのだ。
ちょうど顔がぶつかってくるし、手加減なしに抱き着き突進かましてくるから、毎度毎度ダメージを受けることになる。
ていうか、この子は顔痛くないんだろうか。毎回疑問に思うわよ。
「あーもぉ、あんたね、誰かに抱き着くときはゆっくり抱き着くのと、顔を綺麗にしてからにしなさい。鼻水がまた付いちゃってるじゃないのよ!」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ!」
聞いちゃいない。
しかも、ロナの泣く声が割と大きく、そのせいでアポロンウルフをおびき寄せることになってしまいそうだった。
とりあえず、目印になりそうなのと、ロナに燃え移ったら大変な、手のひらにある火炎魔法だけでも消しておく。
それから、部分的に結界を張り巡らせておいた。これで大丈夫なはずだ。
「ロナ、もう泣くのはやめなさい。わたしが来たんだから、泣く必要もないでしょ? あんたのバカな父親も探してあげるから」
「ぐずっ……。……でも、でも、まん丸お月様なのに……パパ……帰ってこなかったの……」
「色々あるのよ。大丈夫、たまたま自分で帰ってこれなくなっただけだから。わたしに任せておけばいいの」
「……まおーさまに……?」
「そーよ。最強の魔王様は、愚かでも、一生懸命な人間にはたまに優しくなるの。あんたの父親は、バカだけど、あんたのために一生懸命だった。だから、その一生懸命をわたしは助けてあげる。天に誓ってね」
わたしの言葉を聞き、ロナはまた泣き出しそうになった。
けれど、それを我慢するかのように、袖でグシグシ拭う。
「……ねえ、まおーさま」
「なに?」
「まおーさまは、本当にまおーさまなの?」
「どういう意味よ?」
「あ、あのね、ママにはあんまり聞いちゃダメって言われたの。まおーさまは、ほんもののまおーさまじゃないからって」
「……」
「ほんもののまおーさまは、すっごく強くて、ロナの生まれる前はすっごく悪い人だったんだって。人間さんの住んでるところとか、盗って行っちゃったりしてたって」
「……そう」
「でもね、でもね、今はすっごく優しいってみんな言ってる。まおーさまのところにいた人たちも村にいてね、それはぜーんぶ、優しくなったまおーさまのおかげなんだって」
「ふーん」
「だからね、だからね、まおーさまは優しいし、すぐにロナのところ来てくれたし、ほんもののまおーさまなのかなって、ロナ、思ったの」
「わかったわ」
「ふぇ?」
わたしはそっとロナの口元に手をやった。
「今からわたしがあんたを連れて、父親の元に行くけど、その時の戦うところを特別に見せてあげる。それであんたは、わたしが何者なのか、勝手に判断しなさい」
「判断……?」
「そう。わたしのことをどう思おうが自由。けれど、これだけは約束して。仮にもし私のことを本物の魔王だと思っても、周りの人にわたしのことはあんまり言っちゃダメ。いい?」
「う、うん」
「言えば、わたしはあんたの元から去ることにするわ」
「ふぇ!? ぜ、絶対言わないよ! ロナ、約束するっ!」
「よろしい。じゃ、行きましょ」
「ど、どこに?」
「決まってるでしょ? あんたの父親のとこよ」
わたしは、ロナの小さな手を引いて歩き出した。




