乙女ゲームヒロインですが前世を思い出したので 魔王を復活させる悪の呪術師のとこに行きます
「わっ、本当に居た」
どうも『輝けるセブンステラ』という乙女ゲームのヒロイン、
スピカ・ポーラ……に転生した元日本人の女オタクです。
十五の誕生日に癒しと浄化を得意とする、光の魔術師としての
才を見出されてステラリア王国のステラリア魔術学院に入学。
うっかりぶつかってしまった第一王子フィオライト・ステラリアの顔を見たときに
前世のことを思い出しました。実に物語にはありきたりな展開ですね。
そのまま頭を下げて慌てて入学式の会場へと突っ走りました。
ゲームで何度も聞き飽きた学院長の話を聞き流しつつ、
次から次へとゲームの知識を思い出しました。
元になったゲームには七つの属性魔法がありました。
火・水・土・風・雷・光・闇の七つです。
その属性ごとに攻略対象がいました。これも乙女ゲーム王道な気がします。
火属性の辺境伯令息――筋肉質で明るく元気で攻略対象では一番好きでした。
水属性の伯爵令息――氷魔法を得意とするクール眼鏡な宰相の息子。
土属性の男爵令息――花を育てるのが好きな穏やかなキャラでした。
風属性の子爵令息――一見、チャラ男内面純情ボーイで人気投票トップでした。
雷属性の侯爵令息――騎士団長の息子でツンデレヤンキーキャラでした。
光属性の王子――さっきのフィオライト殿下です。金髪碧眼のいかにもな王子様。
闇属性は王弟――グレゴフォンセ殿下。光属性ばかり生まれる王族において、
何代か前の王妃の母親の先祖返りで闇属性を持って生まれてしまい、
そのことにコンプレックスを抱いて捻くれた腹黒男です。割と好きでした。
どうすれば彼らと仲を深めることができるか。彼らとの愛を力に変えて、
そう遠くない未来に復活する魔王を倒すことができるか。
そのための道筋をばっちり思い出しました。
その上自分のステータスも見られます。
こっちは学院に関する説明を聞き流して戻った自室で確認済しました。
そうして驚きのあまり目を見開きました。
このゲームは誰かのルートに入るまで覚えられない魔術があります。
例えば水と光を合わせた、戦場内のあらゆる傷を治すゴッドブレスなどです。
何故覚えられないかと言うと光属性と闇属性の使い手は、
一つの属性魔術しか使えないからです。
例えば水属性の攻略対象、バルトアクア様は水と風の属性持ちであり、
それらを組み合わせた氷属性の魔術を得意としています。
光魔術の使い手であるヒロインもそのはずでしたが、誰かのルートに入った際に
遠い昔に始祖の聖女だけが持っていたとされる『愛』属性も
兼ね備えていることが判明するのです。
心より愛する相手の属性を借り受け、強力な魔術が使える、と。
この『愛』と『光』、そして恋人の属性を携えて魔王と戦うのです。
故に光単独では後一歩及ばないのですが、
それでも光魔術を全部覚えればそれなりに強力です。
そう。ゲーム開始時点では単体HP小回復の『ヒール』と
単体に光属性ダメージの『プチライト』しか持たぬはずの私は、
不思議なことに光属性単独魔術を全て覚えていたのでした。
その中の一つの呪文を、私はそっと唱えました。
これ光属性かなあ?と幾度か疑問に思ったその魔術は、
『テレポート』と言いました。
「な、何だ、気狂いか? 貴様はこの世界が遊戯だと、物語だと……?」
「もしくはそれにそっくりな世界かなあ、とは。
だって、貴方がここにいるわけですし」
真っ黒なローブを纏った男は困惑しきっているようです。
私が首を傾げればふわふわとした桃色の髪が揺れます。
それは、この埃っぽくて薄暗くて、光源と言えば
怪しく紫に輝く不気味な魔法陣だけという
この部屋には到底似合わない可愛らしさです。
ここはテレポート一覧には、『呪術師の小屋』と記されています。
「ねえ、闇の呪術師ゲギルドゥンケル。魔王復活を目論む未来の大罪人?」
「き、貴様何故それを……!」
彼が呪文を唱えるより早く、私の『ライトバインド』が彼を捕らえました。
「言ったでしょう。魔王を倒すまでの物語を知っている、と」
床に転がる彼の、フードを脱がしました。
現れたのはぼさぼさの灰色髪。隈の濃い三白眼。
どこからどう見ても、そしてどこまでも悪役の一人でしかない人。
「貴方が魔王の手足となって働くことも、何度も主人公たちに
倒されてしまうことも、出し抜こうとして失敗して、見捨てられて、
意志のない木偶人形になって最後の戦いを挑んでくることも、全部」
そういう未来が、この人にはあるのです。
「なっ、ふ、ふざけるな! 俺は魔王を復活させる偉大なる天才魔術師だぞ!」
「ええ、そうね。誰もが夢物語と信じた魔王のことを、貴方は諦めなかった。
平民出身であるが故に、村一番の魔術師だったのに学院では王弟殿下と
比べられ続けて、荒れた末に殺そうとして失敗した、貴方だけが」
そういう過去がこの人にはあるのです。
「貴様は……俺を、殺しに来たのか?」
「貴方の手による魔王復活を、止めに来ました」
「い、嫌だ! ふざけるな! 死にたくない!」
『いやだ、死にたくない!』
ああ、なんてありふれた命乞いでしょう。だから私は
「いやですよぅ、殺すわけないじゃないですか」
「へ?」
にんまり、ととてもヒロインらしからぬ気持ち悪い笑みを浮かべてしまうのです。
「私が思い出したのはこの世界のことだけじゃありません。
娯楽は他にもたくさんあって、例えばそう、男の子向けの冒険ものがありました。
そこに出てくる悪逆非道な敵に、あなた、そっくりなんです」
「は?」
多分、スタッフにいたのです。私と同じようにあの冒険漫画を好きだった人が。
あの漫画の人物から筋肉こそ削ぎ落とされ、絵柄もそれっぽくなってはいますが
美形になった私の推しと言われれば納得されるような姿形なのです。
ついでにありふれた最期の命乞い台詞も同じ。
これは似せたのか似てしまったのかは議論があります。
「私の好きなキャラに似た貴方を、私は好きになりました。
そうして傲慢なので、私は貴方を手に入れるためにここへ来たのです」
愕然とするその人を床から抱え上げて、抱き締めました。
筋力パラメーターも上限値、やろうと思えばリンゴを素手でジュースにできます。
「貴方を、世界の敵になんかさせやしない。
貴方を、恋愛の踏み台になんかしない。貴方が欲しい。
他の誰かに似ているから、で申し訳ない気持ちもあるが、
この世界で、この生が終わるまでは貴方だけを選ぶから、
だからどうか私のものになってくださいゲギルドゥンケル」
「え、ええ……?」
「今のええは肯定とみなします!うぉー吹き飛べ! 『クリアライト』ーっ!」
唱えたのは浄化と大ダメージを与える光の魔術。
それが魔王復活の魔力を注ぐ魔法陣ごと『呪術師の小屋』を
ぼかんと盛大に消し飛ばすのを感じながら、
私は『テレポート』で彼ごと別の場所に転移したのでした。
「ダーリン、たっだいまー!」
「……ああ」
それから数日後。私がテレポートした先、『魔王城前の古屋敷』の一室へ
私はうきうきと帰還しました。この古屋敷はかつて魔王を倒した始祖の聖女一行が
未来のために残していた避難施設です。
テレポートの行き先一覧にありました。
ここに出入りするには、光属性持ちと行動を共にする必要があります。
つまり、彼は逃げ出すことができません。
食糧などは困らないように確保してあります。
「……大の男を拉致監禁してるところに、嬉しそうに帰ってくるやつがあるか」
「いやですねえ、好きな人がいるところに帰ってきてるんですよ?」
「ええい、そんな簡単に好き好き言うな! 年頃の娘だろうが!」
「中身は成人をとっくに迎えた偏執狂の女だって言ってるじゃないですか」
二次元を拗らせていた。その拗れた原因のそっくりさんが同じ世界にいる。
それだけが――よく知る物語の世界なんかに生まれ変わった私の救いなのです。
元の世界の記憶は、『輝けるセブンステラ』のこと以外酷く朧気で、
大好きだった漫画のタイトルさえ上手く思い出せない。
ここは自分が生きていた場所と違う、という焦燥感と寂寥感と孤独感。
記憶を取り戻したと同時に私の胸に空いた虚ろの穴。
それを埋められるのは、彼しかないのです。
「ああ、何度も何度もこの世界が辿るはずだった未来の話も、
俺によく似たやつがいるという物語の話も聞いた。
そして貴様がとんだ気狂いだということはよーーーく分かった」
「げひひすいませんね」
「……そして予想もしなかった。俺が、こんなに簡単だとは」
「へ?」
「……たった数日、好きだと言われ続けて、生を捧げると言われて、
他の男を選べば得られる名誉も富も投げ捨てて俺を選ぶ、と言われて」
毎日美味しいものを食べさせてぐっすり眠らせて、
少しだけ隈が薄くなったその顔は、真っ赤に染まっている。
「そんな風に愛を乞われたら、俺だって、好きになってしまう」
好きに
なって
しまう?
「――――!ダーリン、愛してる! この生が尽きるまでずっと一緒!」
「ああ、一緒にいてやる。だから、俺を捨てるな。俺だけを見ろ」
「えっそれは困る! 子作りもしたいし! 貴方が一番だけど!」
「こづっ」
「やだもー、照れてるダーリンもかーわいっ!」
ダーリンをぎゅっと抱き締めます。私の顔も真っ赤なのを見られるのが、
ちょっぴり恥ずかしい乙女心はありますので。
ああ、私をこの世界に転生させた運命だか神様だかごめんなさい。
私は魔王を倒して幸せになるよりも、この人を選びます。
魔王の復活は遠退きましたから、それでご勘弁願います。
その後、私は折角学費がタダなので学院には通いました。
光属性持ちは返還不要の奨学金が出るのです。
このまま屋敷でダーリンと死ぬまで一緒でも素敵ですが
新婚旅行だって行きたかったので就職も必要ですしね。
攻略対象とは大して親しくならず、三年の学生生活を終えて
私は遍歴浄化師という職につきました。
国内のあちこちに行って瘴気を浄化するお仕事です。
そのうちの一か所の山奥で倒れていた彼を助け、共に過ごす内に
恋仲になった…と職場と両親には説明しました。
一度だけ王弟殿下が怪訝そうな様子で確認をしに来ましたが
二人でイチャイチャしていたら呆然として帰っていきました。
私に魅了魔法がかかってないことと、自分に殴り掛かろうとしたことで
退学になったはずの同級生が自分のことをうろ覚えだったので
相当びっくりさせてしまったのでしょう。ちょっとすっとしました。
「ダーリン、次の行先は大きな湖がある観光地なんだって!」
「おお、じゃあ魚が美味そうだな!」
もうすっかり目の隈が消えたダーリンは、漫画の推しとはそんなに似てません。
それでも、私はダーリンが大好きです!
私たちの孫が光と闇の両属性、そして他の七属性全てを使いこなすことができる
歴代最高の魔術師と呼ばれるなんてことを、私たちは知りませんでした。
「流石我が孫! 天才だぁ!」と持ち上げた彼がぎっくり腰になってしまうこともです。