後編
立ち上がったさとみが大あわてで、店を出ようとする。私は急いでさとみの腕をつかんで、彼女をひきとめた。
「ちょっと、何すんの! あれはどういうことか、聞きに行かんと!」
目を吊り上げてまくし立てるさとみの声は、さっきまでの甘い声ではない。ふんわりした雰囲気の女の子だけに、怒った姿は逆に怖い。
でも彼女が怒るのも無理はない。
あの腕の組み方、見つめ合い方は、恋人同士のもの。それも今が一番『いい時』って感じだ。
「待って。黙って後をつけるのよ。ここで問い詰めてどうするの。こんな人の多い場所で修羅場でも演じるつもり?」
「あー……」
「さ、行くわよ」
黙ってうなだれてしまったさとみの手を引いて、私は歩き出す。私と彼女は人波に紛れて、大翔と女の子の後を追った。
金曜の夕方、駅のコンコースは、なかなかの混雑だった。
大翔たちの後を追う私たちを、向こうから来る歩行者たちは避けてくれる。尾行などしたことのない私たちだから、もしかしたら、ただならぬ気配を漂わせていたのかもしれないが。
一方で、私たちに全く気づかない様子の大翔たちは、駅構内から出て横断歩道を渡ると、古い雑居ビルに入って行った。私とさとみは、うまく前を歩いている人の陰に隠れて、大翔たちに見つかることなく雑居ビルの前までたどり着いた。
そのままビルに入ろうとするさとみを再びひきとめる。
「あのふたり、エレベーターを待ってるかもしれない」
私はこっそりとビル内部を覗きこんだ。
エレベーターの前は誰もいない。
「しまった! 階段で行ったのかしら」
「ううん、見て。エレベーターはさっきから3階で止まってる。今、このビルに入ったのは大翔たちだけだから、おそらくふたりは3階にあるカラオケに入ったのよ!」
なるほど。私は矢印ボタンを押した。
しばらくして、旧式のエレベーターが1階に降りて来た。素早く乗りこみ、3階ボタンを押す。
「さとみさん、頭いいな」
「祐華さんこそ、しっかりしてて頼りになるわ」
私たちはうなずきあう。
3階のカラオケ店に入り、一旦部屋を取ってから、店内の通路を歩いてカラオケルームを見て回った。
「いた!……」
かすかに音楽が聞こえてくる部屋のひとつ、とうとう大翔と女の子を見つけた。
「どうする? 入る?」
「待って。もう少し様子を見たい」
私は壁にもたれた。
「待ってる間に、気づかれるんじゃない?」
さとみも私の横で壁にもたれ、少しだけ焦ったように言う。
実はどうしたらいいのか、私にはわからなかった。大翔と女の子が仲良く歌っているからと言って、浮気現場を押さえたということにはならないような気がする。
「ねえ、祐華さん。ここに大翔とふたりで来たことある?」
「え? あるよ、さとみさんもあるでしょ?」
「大翔、必ず歌う曲があるよね?」
「……ミスチルの『抱きしめたい』」
私の耳に、まさにその歌を歌っている大翔の声が聞こえて来た。
たまらず思い切りドアを開ける。
部屋に踏み込んだ私とさとみを見て驚愕する大翔をにらみつけ、私は言い放った。
「卑怯者! 自分は泥被らんと、私と別れるつもり?」
「なんなの、この子? 私とヨリ戻したいんじゃなかったの?」
さとみも、ほぼ同時に叫ぶ。
大翔と女の子は、口をポカンとアホみたいに開けたまま動かない。
私はテーブルにあったコップの中身を大翔の頭からぶちまけた。
「ぎゃっ! 大翔さん、この人たち誰‼︎」
あわてふためき、おしぼりで大翔の顔を拭いている女の子に「失礼しました」と声をかけて、私は部屋を出た。さとみは無言で私について来た。
私は放心状態だった。さとみもだけれど。
喫茶店に戻った私たちは、上の空で注文した飲み物を前に、しばらく無言で座っている。
さとみが口を開いた。
「あいつ、ふたりでカラオケ行ったら、必ずあの歌を歌って、僕の気持ちとか言うてたわ」
「私にも。あほやろ、気持ち悪い。今度はあの子に歌ってるんやね」
さとみが吹き出した。私もつられて笑う。
「ごめんね。私は祐華さんだけを悪者にしてた。あいつ、口がうまいから」
「ううん、私も悪かったわ。あっさり騙されて、知らないこととはいえ、掠奪してたってことよね」
「そうよね、大翔が祐華さんと浮気したのは間違いないもの」
にこにこして無邪気に言うさとみ。
私はその言葉にカチンときた。
「まあ、浮気でもなんでも、あなたより私を選んでしまったわけだし」
さとみの顔色が変わる。
「よく言うわ……。あなたもあの子に負けてんのよ。そういう意味では私と同じよ」
「あー、もうやめよ。不毛な争いよね」
私は急にしらけてしまう。
つまらない男に振り回されるのはごめんだ。浮気性の男に……。
「けど、それ以外はいい奴なのよね」
心の中でつぶやいたはずの言葉が口からこぼれ出た。
「……そうね。こんな形で終わってしまったのは残念やわ」
「けど、もっといい人を探すわ、次は失敗せえへん!」
私は自分を励ますように言った。
さとみもうなずく。
「祐華さんには負けへんよ」
「私も。さとみさんには負けない」
負けられない戦いは、まだまだ続く。




