探求編
「つまり何度ノックしても反応が無くて、心配になったのでドアを壊して中に入ったら、被害者が机に突っ伏した状態で死んでいた。と言うことですね?」
トレンチコートを来た男が部屋を落ち着きなさげに歩きながら言った。
その刑事の名は有働と言った。
こんな一昔のドラマみたいな刑事が本当にいるんだ、と右に左に動く有働を目で追いながら風花は思った。
そこはペンションの事務室。
部屋には事件の第一発見者である、愛、佳苗、風花、そしてペンションのオーナーの富樫夫妻と夜勤を勤めていた六浦、さらに編集者としてつきそっていたスーツの男こそ、武藤の7人が一同に集められて事情徴収を受けていた。
「それで、亡くなられたのは夜霧光太郎さん、で間違いありませんか?」
有働は佳苗と武藤の方へ目を向けた。
「間違いありません」と存外はっきりした声で佳苗が答えた。
「部屋の窓ガラスが割られており、窓の外には足跡も残っていました。
状況から推測するに犯人は窓から侵入。ノートパソコンを操作していた夜霧さんを後ろから鈍器で殴ったものと思われますね」
「あのぉ……質問しても良いですか?」
武藤がおずおずと手を上げ、尋ねた。
「先生は小説書き終わってましたか?」
一瞬事務室の空気が異世界に飛ばされた。
編集者として、ある意味その態度は正しいのかもしれないが、武藤以外のその場にいたすべての人の目が点になる。
「それ今聞くこと?!」
気づくと風花は大声で叫んでいた。ツッコミ担当の悲しい性である。
今度は全ての人の視線が風花に集まった。
「えっと、おっちゃん、じゃない。夜霧先生は犯人が入ってくるのに気づかなかったのかなぁ、とか聞くならまずそれを聞こうよ」
武藤を説得するように念押し、有働の方を向く。有働は苦笑した。
「丁度窓に対して背を向ける格好だったからね」
有働の説明に、しかし風花は納得できずに反論する。
「いや、だって、犯人は窓を割ってるでしょ。音で気づくとおもうけど」
「机の下にヘッドフォンが落ちていた。音楽を聴きながら小説を書いていたようだね」
「何を聴いていたんです」という風花の言葉と「それだ!完成してましたか?」と息巻く武藤の声が見事な二重奏を奏でた。
「あー、聞いてたのはジャズで、画面のワープロを見る限り途中切れのようだったから多分完成してないでしょう」
有働は少し面食らいながら二人の質問に律儀にそれぞれ答えた。
武藤はあからさまに落胆をしめした。一方、風花は風花で首を捻りながら、「ジャズ。ジャズ。ジャズねぇ~」と呟いた。
「音量設定がかなり大きかったからガラスの割れる音は聞こえなくても不思議ではないね」
う~ん、と風花は小さく唸った。
「ジャズを聴きながら書いているとどっぷり創作の海に浸れて筆が進むんですよ」と納得できずにいる風花に佳苗が説明をした。
「ふ~ん。まあ、そのことは今は置いておくとして、足跡は追いかけたんですよね?」
「勿論だ。現着してすぐに足跡を追いかけたよ。朝っぱらから雪の中を一時間も歩かされて、いや、大変だった」
有働は少し遠い目をした。
「だから、そう言うのはいいから。追いかけて犯人は見つけたんですか?」
風花は少しイラッとした口調で先を促した。
「いや。足跡は白妹背川のところで途切れていた」
「白妹背川?」
「白頭山から流れ出ている川の名前です」と委員長が言った。それに富樫オーナーが補足を加えた。
「確かにペンションから北へ4キロほど行くと白妹背川にぶつかりますね。川幅は30メートルほどあって、川底も深いので歩いて渡るのは夏でも無理です。まして今の季節なら、川を渡ろうとしたら凍死してしまいますよ」
「じゃあ、犯人はそこから川なりに上流か下流に移動したってこと?」
「いや、足跡は川で終わっていた」
「?
どういうことです」
「文字通りの意味だよ。ペンションから足跡は白妹背川まで続いて、そこで終わっていた。
ちなみにそのすぐ横には川からペンションまで来る足跡もほぼ平行に並んでいた。
そして川縁には夜霧さんを殴ったと思われる凶器が捨てられていた。
これだよ」
有働はポケットから写真を取り出して一同に見せた。写真には丸い口をあけたゆるい埴輪のようなキャラクターがこれまた丸い玉を頭上に掲げていた。なんとなく国民的アニメキャラが元気玉を投げるような格好だった。
「ああ、『白頭くん』だ」と富樫オーナーが言った。
「『白頭くん』?」
「『白頭くん』は白頭郷のマスコットキャラクターです。このペンションの各部屋に一つずつこういう『白頭くん』のオブジェが飾られています」
「調べてみると夜霧さんの部屋にはこの『白頭くん』のオブジェは見当たらなかった。
つまり、犯人は白妹背川の上流か下流から舟かなにかで移動。
川からペンションまで歩いてきて、窓を割って部屋に侵入。
背後から夜霧さんを部屋にあった『白頭くん』のオブジェで殴って殺害。
部屋を物色して金品を奪って後、川まで戻り、そこで凶器を捨てて、再び舟だかボートに乗って逃走した、というところだ」
有働の説明にみな聞き入り部屋は沈黙に包まれた。その沈黙を風花の言葉が破る。
「つまり、まんまと犯人に逃げられた、と?」
「いや、すぐに河川に沿って非常線を張って犯人を捜索中だ」
「おんなじことよね」と風花はぼそりと一人言をいう。と、慌てたように委員長が耳元で囁いた。
「風花さん、風花さん、聞こえてますよ」
「いいのよ、聞こえるように言っているのだから」
「まあ、その辺は我々警察に任せてもらうとして、皆さんに集まってもらったのは、犯人につながる手がかりがないかを聞き込むためです」
有働は風花の毒舌をあえて無視しながら話を続けた。
「夜霧さんの死亡推定時刻は昨日の夜8時から10時にかけてですが、実際に犯行が行われたのは夜の10時と思われます。
と言うのも、昨日は午後から雪が降っていました。この雪が止んだのが夜の9時です。
川からペンションまで来る犯人の足跡ははっきりと残っていたので、犯人がペンションに歩き始めたのは夜の9時以降となります。ペンションまで歩くとどんなに急いでも1時間はかかります。つまり、夜の9時頃犯人は川からペンションへ向かい、午後10時に到着してすぐに凶行に及んだことになります。
ですので夜10時頃のお話を聞かせてもらいたいのです。何をしていたのかとか、怪しい物音を聞いたり人影を見なかったか等です」
「昨夜は午後6時頃に先生と編集の武藤さんと三人でこのペンションの食堂で夕食を食べながら作品の打ち合わせをしていました」
最初に口を開いたのは佳苗だった。
「食堂にいたのは7時頃まででしょうか。
打ち合わせが終わっていなかったので、先生の部屋で続きをしました」
「打ち合わせはいつ頃までやられましたか?」
「1時間ぐらいです」と佳苗の後を引き継ぐように武藤が話し始めた。
「部屋にもどって1時間程話をして、8時頃に僕は自分の部屋に戻りました」
「『僕は』と言うと佳苗さんは部屋に残っていたと言うことですか?」
有働の問いに武藤は一度、佳苗へ顔を向けた後、「はい」と答えた。
「そうですね。私はもう少し先生とお話しすることがありましたから。でもそれも9時頃に終わって自分の部屋に戻っています」
「それを証明できる人はいますか?」
「いません。ああ、でも10時に一度武藤さんの部屋を訪ねてます」
「ほう、丁度犯行が時刻ですね。
何の話をしにいったのですか?」
「作品の今後の展開についての打ち合わせです。先生から武藤さんと少し相談しておいてくれと言われたのを、自分の部屋に戻ってから思い出したので。
ですよね、武藤さん」
「えっ、そうですね。先生のシリーズも巻を重ねて来て読者も飽きてくるころだからそろそろ新しいキャラクターでも出しましょうか、見たいな話をコーヒーを飲みながら雑談のようにしました。でも、30分くらいですね。
佳苗さんには申し訳ありませんでしたが、なんか眠くなったので早めに切り上げてもらったのです」
「そうでしたね。その後、私は自分の部屋に戻りました」
「夜霧さんの部屋の両隣がお二方の部屋ですが、打ち合わせ中やその後に変な物音とか聞きませんでしたか?」
「いや、僕はその後すぐに寝ました。朝までぐっすりです。何せ朝のあの騒動ですら気づかないで寝てましたから」
「私も寝ようとしましたが寝付かれませんでした。私、ちょっと不眠症気味なところが有りまして、お医者さんにも通っているのです。
大きなお風呂にでも入れば眠れるかなと思って大浴場にいきました。
あっ、それはあの子たちが証言してくれますよ」
佳苗は風花たちへと視線を向けた。それでバトンは風花たちに手渡される形になった。
「そうですね。佳苗さんとはお風呂で会いました」と委員長が三人の代表として答えた。
「ほう。時間は?」
「零時過ぎだと思います」
「10時から見たDVDが終わるのが丁度零時よ。そこからわちゃわちゃやってからお風呂いってるのでお風呂に入ったのは零時20分かな。私たちが入って20分ぐらいで佳苗さんが入ってきたと思うわ」
風花の補足に有働は追加の質問を繰り出した。
「出たのは何時ごろかな?一緒に出た?それとも別々?」
それには佳苗が答えた。
「一緒です。お風呂で知り合って、なんか意気投合しちゃって。
お風呂を出てから受け付けの前にあるソファで少しお茶飲みながらお話をしました。1時間ぐらい?
解散したのは2時回っていたかしらね」
「ですね」と風花。
「それからは?」
「さすがに寝ました」と佳苗。
「同じく」と風花たちも頷いた。
「他の方々はどうですかな?」
手早くメモを取ると、今度は有働は富樫たちへと矛先転じた。
「私は――」
最初に口を開いたのは富樫オーナーだった。
「8時までペンションの雑用をして、8時から10時まで受け付けにいました。
10時からはまた、雑用に戻っています」
「雑用とは具体的になにをされていたのですかな?」
「火の元の確認とか帳簿の整理とか朝の食材を食堂に運んだり、ですかね」
「別館には行きましたか?」
「行ってません。本館だけですむ仕事ばかりでした」
「それを証明できる人はいますか?」
「いや、いません。一人の作業ばかりでしたから」
富樫オーナーは、う~んと困ったような顔をした。そこに委員長が口を挟んできた。
「別館にいったかどうかなら分かるかもしれません」
「どういうことかな?」
「渡り廊下の途中の大浴場の入口に監視カメラがあります。そのカメラを見れば渡り廊下を誰が通ったか分かるはずです」
「でもさ。渡り廊下を通らなくても別館には行けるんじゃないの?本館の外から回って別館の非常口通れば入れるでしょう」
「いや、それはないかな」
風花の反論を有働刑事は否定した。
「足跡を追いかけるときに確認したんだが、別館の非常口には足跡ひとつなかった。つまり、昨日から今日にかけて別館の非常口を出入りした者はいない。
その防犯カメラを見ることはできますか?」
防犯カメラはすぐに見ることができた。
まず、午後6時頃に別館から本館に向かう夜霧と佳苗、武藤の3人の姿が映っていた。同様に午後の8時に別館に戻る3人の姿も確認できた。
それからぱったりと人の出入りは途絶え、カメラの右上に表示された時刻が“0:20“を示した頃、「あっ」と委員長が声をあげた。風花たちの姿が本館側から現れたのだ。
そして無人の廊下が少しの間映しだされた後、“0:40“を示す頃に別館からオレンジのインナーにベージュのガウチョという出で立ちの女性が現れた。
あいにくうつむいていたので顔は分からなかったが、そのまま、女湯へと入っていった。
有働は鋭い視線を佳苗の服へとむけた。オレンジのインナーとベージュのガウチョ。防犯カメラに映る服装と同じようだった。
その後、四人で本館へ行き、2時半頃に佳苗一人が別館に帰っていく姿が映っていた。
つまり、それまでの証言を裏づける事実以外はなにも出てこなかった。
「もういいですわ」
映像データはまだ続いていたが、有働はそう言って画像を見るのを止めてしまった。心なしか有働の声は落胆しているようだった。
「一応、残りの方の話も聞いておきたいです。まず富樫喜代美さん。あなたは昨夜の9時から10時はなにをされていましたか?」
「はい。食堂で明日、つまり今朝のことですが、その朝食の下ごしらえをしてました。その後は、本館の私たちの自室に戻ってます。夫が戻ってきたのは11時を過ぎていました。それからはずっと二人一緒です。でも、夫婦の証言はアリバイにはならないのですよね?」
「ああ、まあ、アリバイとしてはそうですが今はアリバイを確認しているのではないので、特に問題はないです」
「最後に六浦さん。あなたはどうしていましたか?」
「ボクは22時からオーナーと交代してずっと受け付けです。その日の夜勤でしたから。6時になるまで受け付けの裏の控え室に詰めていました」
「それを証明できる人はいますか?」と言う質問に六浦は残念そうに首を横にふった。
「ああ、でも。その人。私たちがソファで話している時に一度、顔を出して様子を見てましたよ」
風花が手を小さく上げてそう言った。それは確かか、と念押しする有働に委員長も同調した。
「私たちが六浦さんを見たのはその一瞬だから、ずっと受け付けの控え室にいたかどうかはわかりませんけどね」と風花は念のために、という風に言うとさらに言葉を続けた。
「ところで、純粋に好奇心で知りたいんだけど。マスターキーとかはどんな管理になってるの?」
「マスターキーは受け付けの棚に入れてます。棚の鍵は受け付けの担当者と私が持っています」と富樫オーナーが答えた。
ゴホンと有働刑事がわざとらしく咳をした。一同の視線が再び有働に集まった。
「とりあえず今聞きたいことはこのくらいですね。まだ、捜査中ですのでみなさんはこのペンションからでないでください。
また、外部との連絡も禁止です」
「あの~」
風花がまた申し訳なさそうに手をあげる。ただ、表情はどちらかと言うと今からいたずらを仕掛けようとする子供のような雰囲気があった。
「今度はなにかね?」
またお前か、という心の声が聞こえてきそう表情を有働刑事は風花にむけた。
「家族には、少なくてもこんな事件に巻き込まれたって言わないと心配させちゃうと思うのです。私ら、まだ未成年ですし~」
「ふ~ん。仕方ないですね。簡潔に説明してください。細かな話しはしないように。特に今この部屋で話したことは一切話さないように」
「わっかりました~ぁ!」
一体何がそんなに嬉しいのか、風花は満面の笑みを浮かべながら元気よく返事をした。
□□□
「なんか予定が狂っちゃったね」
ペンションの食堂の一角で愛がコーヒーカップをつまらなさそうに弄ぶ。
「申し訳ありません」
「ああ、謝んなくていいよ。委員長のせいじゃないから。悪いのは強盗のせいよ!」
謝る委員長を愛はぶるぶると大きく手を振る。
「そうねー。委員長のせいじゃあ、ないねー。でも、強盗のせいかって言うとそれはどうかなとも思う」
「うん?どういう意味?」
愛は首を傾げたが、風花は特に答えようとはしなかった。椅子の背に体を預けたまま熱心にスマホを眺めていた。
「ねぇ、さっきからずっとなにやってるの?
……って、なにこの写真!」
愛が風花のスマホを覗き込み、驚いたように声を上げた。スマホには割れた窓や床に散乱しているガラスの破片の写真が写っていた。
「今回の事件現場の写真よ。鑑識さんが撮ったやつね」
「あんた、そんなのどうやって手に入れたのよ」
「うん?美雪姉ェに言って手に入れた」
けろっとした様子で風花は答えたが愛も委員長も頭の上にクエスチョンマークしか浮かばない。
「美雪姉ェ?風花さん、お姉さんがおられるんですか?」
「あー、そういえば……
うん。私も会ったことないけど。二人いるって聞いたことある」
「どうにも気になって仕方なくてね。色々と調べたわけよ」
ヒソヒソと話す二人に向かって風花はスマホを見せた。スマホにはノートパソコンの乗った机の写真が写っていた。パソコンのキーボードや机の上には赤い血がベットリとついていた。
恐らくは夜霧が突っ伏していた机の写真であろう。委員長の顔がみるみる白くなる。
「何てもん見せるんだ!」
愛が委員長の肩を抱いて庇いつつ、大声を上げた。
「もー、そんなに怒らないの。単なる写真じゃん。それより、ここに注目して欲しいのよ。ここ!」
風花は写真の右端を指差す。机に飛散した血痕が点々とついている箇所だった。
「これが何よ?」
しばらく眺めていたがムッとした表情で愛は答えた。その時、委員長が「あっ」と小さな叫び声を上げた。
「ここです。愛さん。机に飛び散った血痕がここから無いんです。それも直線的にこの辺から血痕が机に付着してない!」
「……つまり?」
「つまり、おっちゃんが殴られたときにこの机にはなにかが置いてあったってことよ。
血痕の付き具合をみるとなにか四角いものが置いてあったように思える」
風花の解説に愛は眉をひそめた。
「それを強盗が持っていったってこと?
なんで?」
「そうですね。なんででしょう?
価値のあるものだったのでしょうか」
「価値のあるものって?札束とか?」
「あのおっちゃんは小説を書いていたのよ。札束なんておいて執筆するわけないでしょ」
「じゃあ、なんだってのよ」
「う~ん、まあ、それはそれとして。
何て言うのかな。
今回の事件は立て付けの悪い密室殺人って感じなのよ」
「密室って全然密室じゃないじゃん。犯人は窓から入ってきたんでしょう」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。
でも、とにかく大体分かったわ」
「分かったって、なにが?」
「何って犯人に決まってるじゃない。
さぁ、行きましょう。謎解きの時間よ。
この今春風花は欺けない!な~んちゃって」
2020/01/11 初稿
いよいよ次回は解決編
解決編は1/15予定です