導入編
登場人物
・今春 風花
高校二年生
本作の主人公
ついにフルネームが本編に出てきた
もう思い残すことはない
・神凪 愛
高校二年生
神凪流古武術の使い手
(でも今回はあまり役に立たない予感)
・茴木 涼子
高校二年生
委員長
神凪愛に対する愛が日に日に深くなり、
それにつれポンコツ化も進んでいる今日この頃
・富樫 昌信
ペンション白頭のオーナー
・富樫 喜代美
昌信の妻
受付とか食事の用意とか色々頑張っている
・木崎透
ペンション白頭の従業員
スキーやボードのインストラクターもやってる
でも、つまるところはパシり
・六浦 広大
ペンション従業員
まだ、名前しか出てきていない
忘れてもらってもいいかもしれない
・夜霧 光太郎
推理作家
ペンション白頭に執筆に来ている
・スーツの男
スーツの男(まんまや!)
・メガネの女
メガネの若い女
「大変申し訳ありませんが、別館のほうはすでにお客様が御滞在されていまして、変更をするわけにはいかないのです」
「ああ?だから、その客に言って代わってもらえと言っているんだ。
私はね、静かな環境で仕事をしたいんだ。
子供の声やら、足音とかに悩まされたくないのだよ。分かるか?」
ペンションの受け付けでは受付の女性と年配の男が押し問答している最中だった。
「なに?あの感じ悪そうなオッサン」と風花が小さな声で呟いた。
「宿泊のお客様でしょうが、なにか揉めてますね」
「関わると面倒臭そうだから目線を合わせないようにしようっと」
風花の提案に委員長は眉をひそめた。
「それが、そうも行かないかもしれません。
あの人、今、別館がどうとか言ってましたから」
「それがどうかしたの?」
「このペンションは本館と別館に別れているのです。今いるここが本館で渡り廊下を介して別館につながっています。上から見るとちょうどアルファベットのHの形をしてます」
「ふむふむ。それで?」
「話の内容から察するにあの方は別館の人払いをしたいようですが、その別館に泊まる予定なのが私たちなのです」
「へっ、そうなの?」
風花は受け付けでがなっている男へと眼を向けた。身なりは良い。四角ばった顔にやや白いのが混じり始めた髪。短くきっちりと手入れされている感じだ。年の頃は五十から六十。見た目は紳士なのだが、出てくる言葉はあまりいただけない。
「最近の若い連中は子供の躾もろくにできん。子供がギヤーギャー騒いでも止めもせんからな。こっちはたまったもんじゃない」
「いえ、御滞在のお客様は家族ずれではございませんので、そのようなことにはならないかと」
「あーー、分かってないな、君は。私はここに仕事に来ているんだ。創作活動のためには静かな環境が必要なんだ。まあ、素人には分からんだろうがなぁ。
とにかくだ。家族連れじゃなくても、若造やバカっぽい女どもでもみんなお断りだ」
「そのバカぽい女どもって、私らのことか?」
風花の苦笑を委員長がややぎこちない笑みで受ける。
「あの……
もしお二人がご不快でなければこの場をおさめたいのですが」
「私は、委員長がしたいようにしてもらって良いよ」
「あーー、私はあのいけ好かないおっさんの意向を通すのはかなりご不快だけど、委員長に任すよ」
「ありがとうございます、愛さん。
すみません、風花さん」
委員長は二人に頭を下げると受け付けに行き、受付の女性とクレームをつけている男と話を始めた。風花と愛は手持ち無沙汰になり近くにあったソファに座った。
「これ、なんだろ?」
愛がソファの前のテーブルに置かれていた物に興味を示した。緑のキャップのチューブだ。
「ハンドクリームかな」
チューブの横に置かれていた説明書を見ながら風花が答えた。
「この辺の特産みたいね。保湿効果あり。夜寝る前に塗るとお肌ツヤツヤツルツルだってさ」
「ふ~ん、少し変わった匂い。沈香見たいな匂いだ」
「えっ?なにチン「バン!」」
愛がテーブルを叩いて風花のボケを止める。
「小学生か、あんたわ!」
「いや、アイ。あんたには言われたくないから」
「どーいう意味よ」
「いや、もう、そのまんまの意味っす」
「むう。沖縄のお菓子!」
「はっ?な、なによ」
「沖縄のお菓子!」
「えっ、ちんすこう……あらま、そう来ましたか。
ならね、やくざの下っぱ」
「えっ?やくざの、下っぱ?
あっと、チンピラ!
じゃあ、えっとケバい格好して町を練り歩く――「チンドン屋」、ぬう、やるな、じゃ、じゃあ」
「ダメだよ、次は私の番だよ。えっとね、中華の鉄人!」
「えっ?中華の鉄……人?
えっと、なんだっけ」
「はぁ~、お待たせしました」
そこへ受付から委員長が帰ってきた。
「委員長!良いところに。ねえ、中華の鉄人って誰だっけ?」
「はっ?な、なんのお話ですか」
「ほら、料理の鉄人よ!いたじゃん。中華料理の人。えっと、ちん、ちん、ちん、なんだったけ?」
「え、えーっと、ちん、陳建一さん、ですか?」
「そー、そのちんよ、ちんけんいち!」
「あ、あのぅ、だからなんの話でしょうか?
気のせいか、ものすごく恥ずかしいことを大声で言っているようにも思えるのですが……」
「気のせいよ。なんでもないから。ただのガールズトーク」
「ガールズトーク、ですか?はあ、なるほど」
「それで話はついたの?」
釈然としない顔の委員長に風花は問いかける。委員長は手に持った鍵を差し出した。
「はい、話はつきました。
申し訳ありませんが部屋は本館の方になります。こちらが鍵です」
「ありがとう」
「お二人は先に行ってください。私は別館に置いてある自分の荷物を引き上げてきます」
「あっ、だったら私たちも手伝うよ」
愛が元気よく立ち上がった。風花もゆっくり腰を上げた。
「そうね。みんなでやったほうが早いよね。ちゃちゃっと片付けますかぁ」
と意気込んで別館の委員長の部屋へ行ったものの、三人がかりで片付けるような仕事でもなかった。ぶっちゃけ掛けていた服をスーツケースにしまって完了の簡単なお仕事だった。
「うわっ。ここ、すごい見晴らしだよ」
なにげに北に面した窓を開けた愛は叫び声を上げた。つられた風花もすぐさま同意した。
「本当だ。すごいなぁ、日本とは思えないね」
窓の外には一面銀世界が広がっていた。
遥か彼方に山並みが霞んで見えるが、その間の広大な空間には人の手によるものが何一つなかった。それこそ雪、雪、雪、雪、雪、ただそれだけの空虚な空間が言い知れぬ存在感で風花たち三人を圧倒した。
「別館から見るこの方角の景色が本当に美しくて雄大なのです。あの遥か彼方に見えるのが白頭山まで本当に何もない平原が広がっています。夜明けや日没にはオレンジ色に染まってとても幻想的なのです。本当はそれをお二人に見てもらいたかったのです。
でも、喜代美さんがお困りなご様子でしたのでついこんなことになってしまいました」
委員長の声が小さくなったので、風花と愛はブルブルと首を横に振る。
「いいの。いいの。私たち、全然気にしてないから」
「うん、うん。気にしてないよ。
ところで、喜代美さんってさっき受け付けにいた女の人のこと?」
風花の問いに委員長は小さく頷いた。
「はい。富樫喜代美さん。ここのオーナーの富樫昌信さんの奥様です」
「夫婦でペンションを経営しているんだ。
他はさっき車で迎えに来てくれた……木崎さんだっけ。その三人がペンションの人なの?」
「いえ、後もう一人。六浦さんと言い方がおられます。その四人で回してますね」
「ふ~ん。ここは別館の2階だよね。本館も別館も2階建てで各フロワ3室だから、全部で12室ってことか」
「全部で9室ですね。
本館の1階は受付や食堂、従業員の部屋になってますので本館の客室は2階フロワの3室だけです」
「えっ、別館の方が客室は多いんだ?
じゃあ、あのおっさんに別館締め出されたら大損害じゃん」
「そうでもないのですよ。
そもそも、あの方のお連れ様がお二人おりまして、それで別館の1階が既に埋まってます。
今のところペンションのお客は私たちとあの方たちだけで他のお客さんの予定はありません。
これからもしも予約が入るようなら、その分はあちらが払うから予約は断ってくれと言われましたから、例え新しいお客様の予約が入ってもペンション的には損害はないですね」
「うへっ、それは豪勢な話ですね」
「そんなにしてまで別館を独り占めしたいんだ。何で?」
と愛が窓を閉めながら言った。
「さっき仕事に来たとか、静かな環境が必要とか言ってたねぇ。あのおっちゃん、何者なん?」
と風花も首を捻った。
「小説家らしいです。そもそも予約は伯文社で来てました」
「伯文社って結構大手の出版社じゃない。
えっ!じゃあ、有名な作家なのかね、あのおっちゃん」
「私は存じませんけど、名簿には夜霧光太郎と書いてました」
「夜霧……どこかで聞いたような……
ああ、いた、いた。推理小説書いてた人だ」
風花は思い出した、とぱちんと手を打ち鳴らした。
「……私、推理小説なんて読まないけどさ、そんな名前の人居たっけ?」
1階へ降りるエレベーターの中で愛が言った。
「居たよ。私らが子供の頃だけど原作が映画化されたこともあるよ」と風花が答えた。そして、「でも、まあ……」と続けた。
「でも、まあ、昔の話ね。最近はとんと聞かないかな」
「人気作家じゃないんだ」
「そうね~、もう終わっちゃった小説家?てやつかな。あはははぁ……あっ?」
大口で笑う風花の前でエレベーターの扉が静かに開き、廊下に立っていた夜霧光太郎その人とバッチリ目があった。
「うわぉ」
風花はヤバそ気に息を吐き、借りてきた猫のように静かになった。険しい視線を注ぐ光太郎の背後にさらに見知らぬ二つの顔があった。
一人は男。
雪のペンションにはおよそ似つかわしくない濃い紺色に横縞のスーツをきちんと来た三十台ぐらい。
その男のすぐ左には、頭半分ぐらい低い背丈の女性の顔があった。
ミディアムシャギーのナチュラルストレートでノーフレームのメガネをかけていた。
三人は少し顔を見合わせると黙って本館へ続く廊下を進む。夜霧光太郎一行の好奇の視線が風花たちに注がれ、一瞬異様な緊張感が醸し出された。
「ふぅ」
本館と別館を繋ぐ渡り廊下に出ると、風花の口から安堵のため息が漏れた。
「ビックリしたぁ。まさか本人がいるとは」
「大口開けて笑ってるからそうなる」
「いいじゃん、別に」
風花は口を尖らせた。
「隣にいた男の人は出版社の方ですかね」
「私はそれより、隣の女の人の方が気になったな」
「ああ、赤のタートルネックのニット。似合ってましたね」
「え~、そこ?!
そうじゃなくてさ。委員長は、あの女の人はなんなんだろうって気にならなかった?」
「奥様では?」
「いや、いや、いや。若すぎるでしょう」
「あーー、私もそれは思った!」
「えっ?どういうことですか」
互いに意気投合する風花と愛。取り残される形になった委員長は一人だけ頻りに首を傾げる。
「いやん、委員長。そんな恥ずいこと言わせないで」
風花はトランクをゴロゴロ転がしながらクスクスと笑い始めた。
渡り廊下の窓の外では止んでいた雪が自分の役目を思い出したかのように本格的に降り始めていた。
2020/01/04 初稿