95話 豊穣楽土①
近江国、琵琶湖の東南に、観音寺山(現在は【繖山】)がある。
山は、ちょうど平野部の中央辺りに位置し、かつてはその頂きに六角氏の拠点、【観音寺城】が存在した場所だ。
後に、その麓の山に【安土城】が築かれる場所でもある。
その山の中腹に【桑実寺】という天台宗の古刹があったが、その寺社の山道から逸れた木々の陰に、ごく小さな奥堂がひっそりと建っていた。
古ぼけた他の建物と比べると、比較的新しい造り。
人の構わぬ建物に、ある日、参拝者を装った侍衆が押し入った。一人二人では無い。
十人は下らない。
たまたま入口に居た寺の小僧は腰を抜かして立てなくなり、持っていたホウキを武器のようにして目くら滅法に振った。
「まぁ待て。済まなかった。ワシは北近江を預かる長浜城々主、【羽柴藤吉郎秀吉】と申す者。ここに浅井家の縁者が居るであろう? その者にお会いしたい」
「そ、そ、そのような者は、ここには居りませぬ」
「いや、そう怯えるな。よく見ろ、ワシはただの【サル】じゃ。キキッ」
「うわっ! ……し、しゃべってる。……道理で小さい……」
それでも小僧がまごまごしていると、奥の廊下から法衣の尼僧が出て来た。
当屋の主らしく堂々としているが、仏門に帰依する身にしては若すぎるように思えた。
「織田家の方々ですね? わたくしをお探しですか?」
「そなた、浅井長政の御子、万福丸どののご母堂であられるな?」
「……ええ。浅井華子はわたくしです。今は華草院と名乗っていますが」
答えるトーンに怯えからくる小刻みな震えがまじっている。
(ついにこの日が来た)
血の気を失せさせ覚悟を決めた彼女に、
「ご協力頂きたい。久政どのに手を焼いてござる」
と、秀吉が頭を下げた。
「――え?」
拍子抜けし、わなわなとその場に腰を落とす華子。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
「であるか。じーさん、ようやくイカスルメルに行くと申したか」
帰蝶が、狭くて長い洞窟内をビビリながら歩いている。
彼女のくっつく相手は明智光秀。
琵琶湖の西部、坂本城を託され、大名にのし上がった織田家きっての才媛である。
その彼女もビビっている。
やがて、行き着いた先に光の射す洞窟の切れ目があった。
露天のため、この一帯だけ濛々と草木が茂っていた。
たじろく二人の眼前に、ツタとコケに覆われ黒光りした、金属製の巨大物体が横たわっている。
「――零式艦上戦闘機。通称【ゼロ戦】。空飛ぶ兵器だ」
答えたのは織田信長。その前に跪くのは、羽柴秀吉と石田佐吉改め三成。
杖をつく浅井久政と寄り添う華子も肩を並べている。
「【ゼロ戦】? 兵器? なんじゃソレ? この鉄のカタマリが?」
「ああ。イカスルメルの好事家がタイムマシン使って手に入れ、隠すためにここに持ち込んだんだろ。あの星じゃ、武器・兵器の所持はご法度だからな」
「そなたの申すイミがちっとも理解できんが? これが武器だというのか?」
「そうだ。なかなかの戦争道具だ。――しかし」
「ウチの星では争いの類は禁止されとるのでごザル」
久政が咳払いした。
「……じーさん。寺から脱走してどこに行ったのか、探し回ったぞ?」
「貴様にじーさん呼ばわりされる筋合いは無い」
小谷城、京極丸と小丸とを結ぶ地下の抜け道から、城外のこの洞窟につながっていることを以前から知っていた久政は、落城当日、数人の家来と共にここを訪れた。
彼は直感的に、この金属体が未知の兵器であると感じていたのである。
織田家に見つかり、悪用されないようにせねば。
そう思い詰めて入院先から行方をくらましたのだ。
「秀吉の探索能力をナメてたら痛い目にあうぞ? ……たぶんだが、お市にも知られたんだろ? こいつの存在」
「アヤツが色々教えてくれた。『もし動いたら形勢逆転できるのに』などと、悔しがっておったな」
「しかし、完全に壊れておりますな。修理が利かぬいまはただの鉄くずでござる。キキッ」
信長は久政の手を取り、
「だがな、じーさん。朗報がある。この【ゼロ戦】のコックピットに銃が数丁積んであった」
「銃? あの【種子島】のような形をしたものか?」
「そうだ」
「あれも武器であったのか? そういえば市、何かと尋ねても笑ってごまかしておったな」
結局織田家との諍いは、本心では望んでいなかった、ということだろう。
「こいつは【九七式狙撃銃】っていうらしい。俺もあまり詳しくないんだが。錆が進んでいるが、知り合いに見せたら手入れすればまだ使えるそうだ」
「……それがなんだ。あんなの数丁ごときあったところで……」
「秀吉。光秀」
「はっ」
「ははっ」
「国友鍛冶と堺に競わせろ。出来の良い方を採用してやると言え。もちろん量産化できなければ転注だともな」
帰蝶が鼻血を出しそうな勢いで食い付いた。
「武田勝頼との戦い、いよいよ近づいているのか?!」
「……まぁな。実は裏でスケカセ師匠が手を引いているらしい」
「スケカセ?」
「……あ、こっちの話だ」
再び久政に向き合う信長。
「じーさんよ。頼む。この華子って子とふたりでイカスルメル星に行ってくれ。……ヤツと息子がアンタに会いたがってるからな」
幼少期から青年期にかけて、弱小豪族として戦国を生き抜いた久政は、人一倍猜疑心が強かった。
だが、
(華子がこのように安心しきった様子でおる。ワシも覚悟を決めねばなるまい)
秀吉にゴーサインを送る信長。
「三成、母星行きのチケットを用意せいっ。二枚じゃ」
「承知」
――三日後、浅井久政と華子を乗せたチャーター便が近江の地を発った。
イカスルメル人・信長の【所有物】という名目だが(当然当人は知らない事実)、とにかく渡航に成功した。
こうして浅井家の名は、後に【浅井三姉妹】と呼ばれる戦災孤児らを残し、戦国大名のリストからその姿を消すことになる。
「信長。前々から思っておったが、お主、何者じゃ?」
「いつもそれだな。だからオレは宇宙人だよ。宇宙人、織田信長」
「殿」
「なんだ、秀吉。お前まで」
「越後・春日山城の上杉謙信でございますが――」
「――信忠から聞いた。今度はそいつに成りすましてんだってな」
「例の銃、国友が試作を完成させましてございまする」
「でかした。多少の不良は構わん。量産を急がせろ。光秀に伝え、堺の尻も叩け」
「キキッ」
「見てろよ、まずは武田を弱らせる。【スケカセ師匠】め、調子乗ってんじゃねーぞ?」




