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【完結御礼】新説信長公記! ― シスコンお兄ちゃんが大好きなんだけど、モテすぎだしハラスメントな信長さまだから、織田家滅亡のお手伝いをするね! ―  作者: 香坂くら
第七章 織田信忠の野望(vs浅井)

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94話 織田信忠の野望⑬


 元亀元年(1570年)十二月。



 開口一番、 


「殿の不在(ひきこもり)を三年間、伏せよ」


 居並ぶ重臣たちに向かって帰蝶が厳命した。


「ははーっ」

「復唱」

「信長さまの引きこもりはトップシークレットー!」

「グー」


 ――のちに正史の裏に伏せられた【第一次清須会議】は、このように始まった。


◆◆


「光秀。どーしよー?」


 岐阜城内の廊下で呼び止められた明智光秀は、


「重臣たちに公表し、向後策を諮りましょう」

「それしか無いか」


 帰蝶は明智光秀、丹羽五郎左、木下秀吉らと語らって織田家重臣どもを清須に集め、緊急会議を行うことを決断した。


◆◆


「――ということで最初に、わたしから提案がある」

「てか、待って下され。以前にも同じことがありましたぞ?」

「あー、桶狭間のときな。あの時も引きこもりでござった」


 佐久間と林。

 彼らは懐かし気にうなづき合った。


(呑気なものだ)


 満座からすればまだ末席に近い場所に位置する秀吉は歯痒かった。


(じゃが今日を境にワシは一気に飛躍する)


 上座の帰蝶は気を削がれ、不快気に、


「あの時とは違う。信長はメンタルを病んでおる。意図的な引きこもりではない」

「めんたる? なにか南蛮の食べ物にでも当たりましたか?」

「柴田勝家、おもろくないっ。久々の登場じゃが幾ら何でもリハビリが足りなさすぎるわ!」

「ははっ。申し訳ございませぬ。たとえワンカットの出番でもつい嬉しくて」


 ずいっと明智が前に出た。


「お聞きください。信長さまはしばらくご静養が必要です。その間、織田家は一丸となって難局を乗り切らなければなりません」

「そうじゃ。そこでワシから提案がある。……丹羽」

「はっ」


 天上からスクリーンが音もなく下りて来た。

 パッと照明が消え、プロジェクターが作動する。

 あらわれた画面に一同がうなった。戦国人にはすべてが魔法だった。


「驚くな。いまからプレゼンをする。大人しく聞けい。じゃ光秀、頼む」

「先ず初めに織田家の現在の勢力図から。この白地図の色付き部分が当家の勢力圏です」

「おおっ」

「そして追加された部分が敵対勢力。本願寺、浅井、朝倉、松永、六角、雑賀、武田、上杉、毛利……」

「皆まで言わんでいい。要点のみで良い」

「は。つまりは、四方敵だらけの四面楚歌。織田家は信長さまの代になって以来、最大のピンチを迎えております」

「違った見解を持つ者はおるか?」


 佐久間が手を挙げる。

 存在感の無かった滝川も挙手。つられて金森と池田も手を挙げた。


「順番に発言しろ。まず佐久間」

「は。てか、織田家すごいですね。尾張一国だった頃に比べて」

「どーでもいい発言すな。次、滝川」

「伊勢方面の一向宗も難敵です。一軍をお任せくだされ。一気に屠ります」

「頼もしいの。金森と池田は?」

「徳川の動向が気になります。武田に寝返りはすまいかと」

「わたしも同意見です。この際、ヤツらを併合すべきでは」

「うむ。ワシもそれは懸念しておる。検討しよう」


 すぐに新しい会議方式になじむあたり、さすが織田信長の家臣じゃと帰蝶は感心し、光秀に先をうながした。


「信長さまご静養にあたり、ひとつ重要なご指示がございました」

「ざわざわっ」


 ダンッ!

 と、ふすまが開け放たれた。

 一同の目に映ったのは、少年。


「あっ、信忠さま!」


「信長よりお達しがあった。本日より信忠が織田家の惣領じゃ。皆の者、しっかりと支えてくれ」

「ざわざわ」


 信忠少年はざわつく満座をものともせず、上座に向かった。

 慌てて帰蝶が座を譲り彼に平伏する。一同もそれに倣った。


「皆の者」


 彼の第一声を聞くためカオを上げた者らは一様に戸惑っている。

 だがそれは、もっともな事だった。


 なんせ彼はまだ十歳。

 家督を継ぐにしてもまだ、あまりに幼すぎる。


「今日からボクが織田家を束ねる。後見人は木下秀吉、オマエを任命する」


 ずずずいっと秀吉が進み出た。彼はその宣言を待っていた。

 誰の目にも、彼の赤い顔が一層赤らんでいるのが見て取れた。


「ははっ。不惜身命の心で信忠さまにお仕えいたします」


「ざわざわざわざわっ」


 本日最大のざわめきが起こった。ブーイングも交じっている。

 さらには挙手、多数。


「順番に申せ。佐久間」

「てか不惜身命って幸村かっての」

「どーでもいい。次、柴田勝家」


「サルめに何が出来ましょうか!」

「森のくまさん言われて目尻下げてた男は、ボクは好かない」

「なっ」


「次」

「なぜ、木下秀吉を抜擢されるのですか?」


 明智光秀の真顔。丹羽五郎左も同様の質問の答えを待っている。


「考えてみてよ。織田家は四面楚歌なんでしょ、もっとも過酷な戦場に送り込む人材ってったら、ツブしが利くヤツで、まだ自領も無い軽身で、出世欲に溺れているヤツ……」

「キキッ? 拙者?」

「――ということ」


 瞬時に得心の空気が流れた。まさに秀吉マジックであった。

 ……か、どうかは定かではない。


 ――とにかくこうして、歴史上隠された【第一次清須会議】が閉会した。



  ◇    ◇ ― ◆◆ ―  ◇     ◇




 四帖足らずの空間に、信長が身を押し込めるようにして生息していた。


 ここは天下の名城、岐阜城。


 敷地内には幾らでも屋敷があり、部屋数も無数なのだが。

 彼は、奥屋敷の、本来は新人の奥女中が使用する寝起き部屋を占有し居ついている。


「殿のご様子はどうじゃ?」


 家来衆でも男どもは彼の生活ぶりどころか、その生死さえ、女官らから漏れ聞くしかない有様。


「ただいま。お兄ちゃん」


 灯り取りの小窓と、閉じ切ったふすまを通る白光しか届かない暗い部屋。

 生活臭がするゴミが無いのは時折帰蝶が出入りし片付けているせいだが、今日は姿が無かった。


 彼一人きりだった。


 ゲーム中のテレビ画面からカオを外した信長だったが、数年ぶりのお市に対し反応が薄かった。


 予想外。

 複雑な心中を抱えていた彼女にとっては出鼻を挫かれたようになった。

 あろうことか兄は、ふたたびゲーム画面に目を投じだした。


「お兄ちゃん」


 妹の再喚呼に寄りすがる響きがこもった。

 ゲームコントローラーを投げ出した信長は、両手で両の耳をふさぎ首を振った。


「クソッ。また市が現れやがった」


 口走る信長は取り乱している。

 市は察した。兄は、(じぶん)を幻影だと勘違いしている。


「お兄ちゃん、ただいま! ハイ。お土産!」


 フランスパンを突き出す。言外に照れが漏出している。

 受け取る兄。


「……なんで、フランスパン?」

「知らない。半兵衛ちゃんにそーしろって言われたから」


 兄の手がフルフルと伸ばされた。

 妹も両手を伸ばす。


 どちらともなく、抱擁した。


「……市。ホントウに市なのか?」

「そーだよ。市だよ。お兄ちゃん」


 兄のつぶやきが呪文のように妹の耳に届いた。

 言い聞かすように兄の頭をなで「マボロシじゃないよ。帰って来たよ」と囁いた。

 自ら発した言詞が己が内にも念押しに染みた。


「市。なんでいまさら」


 兄が漏らす言いように棘は無い。自問の念に近かった。

 だがそう捉えるには、彼女にはあまりにもその問いが重く感じた。

 とっさに胸が詰まり、喉が嗚咽した。苦しさのあまり兄を引きはがした。


「お兄ちゃん。聞きたいことがあるの」

「……なんだ?」

「わたし、年老いたお兄ちゃんに会ったの。とっても辛そうだった。不幸せそうだった」

「……そうか」

「コペルくんにも会ったの。『歴史は繰り返す』。彼、そう言ってた」


 お市は顔を伏せたままの信長のカオを上げさせた。

 遠い目をする彼に問う。


「天下統一、しないの?」

「……」


「お兄ちゃん、答えてよ。織田家の事、どう思ってんのか」

「どうって……」


 信長の身のまわりにはゲームやコミックに交じり、沢山の本が転がっていた。

 そこには『タイムマシン』『コールドスリープ』のタイトル文字が躍っている。


「織田信忠くんが家を切り盛りしてるの、お兄ちゃん知ってたの?」

「……」

「あんな年端も行かない子が織田家をしょって立ってたの、お兄ちゃん知ってたの?!」

「……ああ」


 市は信長の前にスマホを投げた。


「ウーチューブ見て。朝倉の最期よ。それと、浅井の最期も」

「……なんだと? 浅井、朝倉……?」

信忠(かれ)と秀吉の活躍で、ね。……それは知ってたの?」

「……お、オレは……」

「知ってたの?」


 消え入りそうな声で「知らなかった」と答えた。

 市は、瞬時に兄の腹を蹴った。「がはっ」と唾液が飛んだ。


 彼にとって予期せぬ出来事だった。


 不用意に妹の暴力を受けた兄は、されるがままとなった。

 前のめりになったところをさらに足蹴され、コブシを振り下ろされ、肩をつかまれて激しく揺さぶられた。


「ハアハア……」


 息切れしいったん攻撃の手を緩めた妹を、今度は兄が押しのけ、馬乗りになり、首を絞めた。


「オレだって。オレだってなぁ! 辛かったんだぞ! 勝手に居なくなりやがって! そうしてまた吉乃も……! 不幸だ、もう最高に不幸だよ! アリガトよ、妹にさんざコケにされて、もう充分だよ! なんならオマエの目の前で詫びて死んでやるよ! それでマンゾクか? ああ? スッとするのか? それなら兄ちゃんも本望だよ!」


「あぐぐ……」


 市が苦しさにあえぎつつ、兄の股間を蹴り上げた。

 痛さに飛び上がり手を離したところにビンタをかます。


 が、立ち直った信長は二発目のビンタはかわし、市のアタマを小突いた。

 さらに髪をつかみ引っ張る。


「いたた……」


 市のグーパンチが信長の鼻っ柱にヒットした。

 倒れそうになって彼女のパンチの手をつかむ。

 そのままふたりして部屋の中をグルグル回転し、反動で左右のカベに分かれて激突した。


「……お兄ちゃん」

「……なんだ、市」


 ゲホゲホ咳き込むのに耐えながら、


「わたしと吉乃さん、間違えなくなったね」

「そうか? 市は市だろが」

「……だよね。わたしはわたしだね」


「なあ……兄妹ゲンカ、いつ以来だ?」

「お兄ちゃんが小五のとき、わたしの友達を殴ったとき以来」

「あれは。……あの子が陰でオマエをイジめてたから」


 鼻血まみれの信長にハンカチを差し出す。


「お兄ちゃん、わたしを売らなかったんだね」

「あ」

「知ってるよ。タイムマシンとかのコト」

「あ、そ、それは……」


 遠慮ぎみにそっと、ふすまが開いた。


「信長さま。木下秀吉でござる」

「秀吉? 今日は呼んどらんぞ?」

「待ってもらってるの。わたしをイカスルメル星に連れて行くんだって」

「イカスルメル?」


 言いにくそうにする秀吉の代わりに、横から竹中半兵衛ちゃんが説明する。


「スケルトンカセット師匠の条件を満たすためだそうです。彼は融資の条件として、お市さまを所望しています」

「な……」

「秀吉にお願いして、帰る前に岐阜城に寄ってもらったの。お兄ちゃんに会うためにね」


「何だと、ナニ言ってやがる……」


「お兄ちゃん、色々質問攻めしたけど、これが最後の質問だよ?」

「い、市……?」


「わたしのコト、どう思ってる?」

「な、なにを……?」


 お市は兄の部屋の奥にある装置に向かった。


「市……?」

「市さま、いったい何を?」


 信長と秀吉が怪訝に見守る中、お市はある装置、【コールドスリープ】を起動させた。

 二人同時に悲鳴を上げた。


「何をしている市!?」

「市さま?! 話がちがいまするっ……!」


 信長に小さな布袋を渡す半兵衛。そして市に合図を送る。


「お兄ちゃん、オヤスミなさい」


 【コールドスリープ】のフタが静かにしまった。

 慌てて喰らい付いたが、フタはすでに完全に閉じきってしまっていた。


「どういうことだ、いったい、どういうことだ! タイマーがいつに開くように設定されていたか、覚えてないぞ?!」


 半兵衛は、ギャアギャアわめく二人にゆっくりとした口調で応えた。


「市さまはスケルトンカセット師匠の要望には従いません。信長さま、タイムマシンを購入したければ、独力でお金をためて得てください。秀吉さま、天下を得たければ、今後よりいっそう信長さまにお仕えしてください。――以上、お市さまからのご伝言です」

「半兵衛ェェ! 開錠のためのパスワードを言えっ!」


「アイ・ドント・ノー!」


 何度目かのふすま開放。


 信忠少年だった。

 だだ狭い四帖間に、人がひしめいた。


「抜け、秀吉。女のコンセントを」

「は、はぁっ? そ、それは、で、出来ませぬ!」


「じゃあ、ボクが自分で抜く」


 つかつか歩む信忠の腕を、信長がつかんだ。


「電源抜いてもムダだ。自家発電に切り替わり、向こう百年は持つ」

「パパ上……」


「信忠。お父ちゃんな、目が覚めた。今日から職場復帰するわ」

「はあっ?」


 素っ頓狂に叫んだのは秀吉。


「サル。おまえの望みはなんだ? 天下人か? なら話は早い。オレはそんなもん要らん。金だ。天下中の金が欲しい。それだけだ。天下はやる。だから協力しろ」

「は、……ははっ」

「信忠よ。オレ、この市のおかげでもっかい戦国時代で頑張ってみようって気になった。オマエには苦労掛けたが、これからも一緒に天下統一を手伝ってくれるか?」


 あんぐり口を開いたままの信忠。


「信忠さま、ご返事は?」


 お姉さん顔の半兵衛がしゃしゃり出ても、


「あ、……ああ」


 信長は息子のカオを覗き込み、


「妹を恨んでるんだとすりゃ、それは筋違いだ。恨む相手なんていない。強いて言えば、医学技術の遅れた地球って星のだらしなさがオレは憎い。一刻も早く、オレはこの星をまとめ上げて裕福にして、医者と病院と製薬研究所を増やして、スポーツ奨励して、母星イカスルメルに劣らない長寿星にしてやろうと思う。オマエはどう思う?」


 首をかしげて悩むふうなのを、後ろから抱きついた影があった。帰蝶だった。


「息子よ。これまでは吉乃の事もあって負い目を感じていたが、ワシャ、これからは遠慮せんぞ。なぜなら旦那が立ち直ると宣言したからじゃ。……ま、人間そんなにカンタンに生まれ変われたら苦労はせんが、気持ち半分くらいは実行するじゃろうから、貴様も覚悟せい」


「なんだよ、オマエ! いままでボク一人にいろいろ背負わしてたクセに!」

「だから陰から竹中三姉妹に面倒見させておったろう? 気付かんかったか?」

「なんだとォ」


「ケンカすな、ふたりとも。それより……」

「会議か? 戦か?」


 帰蝶、ウキウキと目を輝かす。


「あー、フロかな、まずは。それからオマエ、かな」

「いやん」


「パパ上特有の冗談に決まってるだろ、ロリババア」

「貴様、母上にむかってなんて口のききようじゃ! ヘンな薬、飲ますぞ」


 ――天正元年(1573年)八月某日。

 織田家の片隅で小さな小さな、そしてとても重大な家族会議がこのようにして行われた。




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