93話 織田信忠の野望⑫
織田信長がタイムマシンを欲したのは何故か。
その理由は定かではない。
しかし、織田家を捨ててでも手に入れたかっただろうことは間違いなかった。
木下秀吉は決意した。
彼は蓄財したすべてを信長に提供した。
それと引き換えに、『織田家の絶対権力』を得ようとした。
「私利私欲のために織田家を売る殿に、信頼は置けぬ」
そう思ったからだ。
結局信長は、秀吉とスケルトンカセット師匠から巨額の融資を受けた。
彼は、両者の金と自らの財産すべてを投じてまで、タイムマシンを手に入れたかった。
「それがしの望みは織田家を切り盛りする地位。信長の殿はその条件を呑んだ」
『だけど、問題が起きたわ』
信長はスケルトンカセット師匠から出された条件を拒否したのだ。
秀吉の条件は呑んだが、スケルトンカセット師匠の条件は否とした。
『信長ったら、お金を受け取ったクセに、その条件は聞けないって言い出したの』
「条件……?」
『そう、条件。資金提供の条件』
秀吉、松永弾正ともに黙った。言いにくいわけでは無かった。
わざわざ子供に話す事でもないと思ったのだ。
会話の中心から外れていたお市が突然笑い出した。
「何が可笑しいんだ?」
信忠は自分がバカにされたと思った。
しかし市の目が笑っていないのに気づく。むしろ烈火のごとき怒りを溜めていた。
「スケカセ師匠、キモイよ。……だからお兄ちゃん、キョヒしたんだね?」
『ま、そういうコト。確かにキモイわね。あなたには同情するわ』
「殿の煮え切らぬ態度に業を煮やしたそれがしは、信忠を誘導し、力技でお市さまを奪取すべく、こうして小谷の城にまで押しかけたのでごザル」
いったん振り込まれた金は、スケカセ側によって銀行内で凍結させられている。
秀吉からすれば、この状況を打開したい。
交渉決裂などあり得ない。
何といっても織田家家宰の立場が金で手に入るのだ。逃す手など無い。
「市さま、大人しく言うことをお聞きくだされ」
「きっも。ナニ言ってんの? 正気?」
「聞き分けが良ければ、長政殿も、久政殿も、小谷の方々も、全員助けるでござるよ」
スックと秀吉の前に仁王立ちしたのは長政。
「テメー。それ以上舌を動かすと、首上が無くなるぞ?」
秀吉はサル特有の真っ赤であるはずの頬を、真っ青にさせた。
おもらししたのか、股間が濡れそぼっている。
「きゃっナガマサ! 背中のそれ! どうしたの?!」
「あー? なんでもねーよ」
「わたしにまでキレないで。血が出てるんだよ?! 大丈夫なの?!」
甲冑の背中から下にむかって血がにじみ、ダラリと垂れている。
袴のひだの部分まで濡れそぼっていた。
「スマン。鉄砲で撃たれたところから血が出たようだ。痛くはねえさ」
そう言いながらフラリと足をもつれさせたので、あわてて市が支える。
「ナガマサっ! ちょっと!」
「だから大丈夫だ」
お市を背中に隠し、秀吉に対峙する。
だが秀吉とて戦国武将。
ブルッてんじゃねーよ。そう言い聞かせるように、自らの頬をバンと張った。
「半兵衛の船に最初に乗って頂きたいのはお市さまでござる。イカスルメル直行です」
「ああ? あんだと?」
「拙者はひるまんぞ。お市さまを差し出せと申しておるのだ!」
スマホのバッテリーが切れたのか、ガラケーに持ち替えた石田佐吉はひたすら撮る。
上役の雄姿を。
いや、そうではない。
もしここで長政が秀吉に危害を加えたら、即通報し、後の証拠とするためだ。
秀吉は長政の脇をすり抜け、お市の手をとった。
「とにかく、一旦帰国なさいませ。師匠も犯罪を犯してまで、お市さまに手出しなどいたしますまい!」
「引っ張らないで、痛いって!」
長政が刀の柄に手を掛けた。
「警備員っ!」
あらかじめ待機させていた警備員らが一斉に群がり彼を羽交い絞めする。
イカスルメル星人を襲う原住民に斟酌など無い。
警棒で滅多打ちにした。
だが長政は一ミリたりともたじろがない。
複数の警備員を押し戻し、こづき、殴った。掴まれた腕を回し振りほどいた。
「市! コイツら斬り捨てていいのか?」
「だ、ダメ!」
「ダメなのか」
長政の家来らが主人を守ろうと寄り集まる。
「手出し無用! オレ一人の敵である!」
その間にも次々に邪魔者を打倒す長政。
誰何のひとりが彼に向けて発砲した。弾が当たった反動で半歩ほど後退する。
「市! 俺は、幸せだった。楽しかったぞ!」
「な、な、ナニ言ってんの! 暴れちゃダメだって!」
五、六人をもってしても取り押さえられなかった長政が、市の一言でついに静止した。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
自室で寝転がりゲームに興じていた信長が、ふと視線を感じ、カオを上げた。
そこにお市が立っていた。
声が出ないほど驚き、跳ね起きた信長に対し、市は、
「ただいま」
とかすれ気味の挨拶をした。




