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91話 織田信忠の野望⑩


 屋根の上で(我慢強く)静観していたお市は、石田佐吉と目が合うと、ゆっくりと立ち上がった。声が震え気味なのは怒りを抑え込んでいるせいだろう。


「一部始終、聞かせてもらったよ。よーするに木下秀吉と石田佐吉は、お兄ちゃんを差し置いて織田家を壟断しようとしてるんだね? そーゆーコトなんだね?」

「な、なぜそう思われるのですか?」


 反問した佐吉を凝視したお市は、手にしていたスマホを自分の耳を当てた。


「あっ、そのスマホ……!?」


 いつの間に彼女の手に渡ったのか、さきほど半兵衛に(はた)かれて落とした、地面に転がっていたはずの、彼のスマホだった。


「わたしのスマホさー、誰かさんたちのおかげで電波が通じなくなってたからねぇ。久しぶりに《ウーチューブ》とか見ちゃったよ。何、この『織田家を乗っ取ってみた』って? それとこれ、『朝倉家を滅ぼしてみた』って。……ナニ、コレ? なんなの!」


「さ、さあ。存じ上げぬことで」

「マジメな質問に対してキミの答え、実に不真面目だねぇ」


 五メートルはある高さから飛び降り、着地したお市、ついと佐吉に近寄り、いきなり左頬をビンタした。そして返す手の甲で、よろめく彼の右頬を追いかけてグーパンチした。


「ぐっ! は……!」


「石田佐吉くんさぁ」

「は、……はいぃ」


「遊びで! 弱いモンいじめしてんじゃねーよっ!」


「……う」


「――浅井も。朝倉も。伊勢の一向一揆衆も。三好の連中だって。死に物狂いで戦い、生きてんだよ! 殺るか、殺られるかの毎日なんだよ! 安易に動画ってんじゃねーよっ!」

「……は、はい」


 お市は矛先を安藤社長に転じた。


「安藤社長。社長。アナタも動画でずいぶんと儲けましたか?」

「あ。い、いや……」


「社長。安藤社長。わたし、あなたを告発します。殺人未遂罪で訴えます」

「なにっ?!」


 啖呵を切ったが首をかしげ、ポリポリと頭をかく、お市。


「……は、ムリがあるのかな? ……なんにせよ、強引なあなたのやり方をわたしは赦しません」


 その騒動の間にも万福丸ひとりを乗せた宇宙船が飛び立とうとしている。


「ああっ、佐吉! しまったっ! あの船をいったん下ろしてよ!」


「いや、それは出来ません、すみません」

「なんでよっ、久政(おじいちゃん)がまだ乗ってないでしょうが!」

「幾らチャーター機でも、わたしの一存では船は戻せません」


 ニ、三押し問答しているうちに宇宙船は上空で掻き消えてしまった。


「んもっ!」


 パッ!

 と、あたりが急にやかましくなった。


 お市のわずか数メートル横で斬り合いが始まった。

 宇宙船が去り秘匿モードが解除され、隔離していた世界が復帰したのである。


 ちなみに京極丸の敷地では、トマトとキュウリを全面で栽培していた。昨日収穫を終えていた畑は、今日、誰何乱れ踏む苛烈な戦場と化していた。


 抜刀した竹中半兵衛はお市の護衛に回った。

 お市も後ずさりしたが気を持ち直し、剣を抜き構えた。


「分が悪い! 本丸に引け! お市もだ!」


 いずこからか、浅井(あざい)長政(ながまさ)の指示が飛んだ。


「ナガマサ! 石田(いしだ)佐吉(さきち)安藤(あんどう)守就(もりなり)を生け捕りにして!」

「今はムリだ、ヤツらに構うな! いったん下がれ!」


 歯噛みしたお市だが指揮を執っているのは長政だ。彼女は大人しく従った。


 そのとき鉄砲音が数発鳴った。


 長政の元に駆け寄ったお市が見たのは、血まみれの半兵衛だった。


「半兵衛ちゃん!」


 狙撃点にいたのは織田(おだ)信忠(のぶただ)と鉄砲足軽の隊。

 銃口の煙を立て、こちらを睨んでいる。サッと手を挙げた彼の合図でさらに数発の弾が撃ち込まれた。


 その弾のひとつが長政の腹部に命中した。


「ナガマサあ!」


 お市と共にクーとモンモンさらに数名の兵らが、長政と半兵衛を抱えて本丸に撤退した。


「京極丸を制圧しろッ! 秀吉! 小丸に潜んだ久政(ろうじん)にとどめを刺せ」


 信忠少年の甲高い怒声が背中に届く。お市はナガマサに寄り添うと、耳をふさいだ。




  ◇    ◇ ― ◆◆ ―  ◇     ◇



「オレは心配ない。弾は貫通しているし内蔵の損傷はなさそうだ。それより、竹中半兵衛は?」


 半兵衛の呼吸はか細かった。

 血が止まらない。


 泣きじゃくるクー、頭が追いつかなくなると眠気を催すモンモン。彼女は半べそでウトウトしている。


 長政の包帯を巻き終えたお市は、城中の兵を確認した。

 ざっと三十名と言ったところか。


「……お市、さま」

「しゃべっちゃダメだよ! もうすぐイカスルメルの救急隊が来るから。心配ないからね、静かに我慢しててね」


「お市さま。織田信長さまは、……吉乃さまを失って、廃人のような刻を過ごされています。……それを見た信忠さまがお市さまを逆恨みしているのです。……あの子はまっすぐで良い子です。決して恨まないでください」

「しゃべっちゃダメだって」


 さっき巻いたばかりの包帯がもう赤に染まっている。お市は身震いするのを必死に抑え、半兵衛を励ました。


「分かってるよ。みんなそれぞれ想いを持って生きてるんだもの、ぶつかり合うことだってあるよ。……わたし、嬉しいんだよ? 半兵衛ちゃんがもう一度会いに来てくれたこと。ホント、嬉しいよ。そうだ、今度半兵衛ちゃんのパフォーマンスライブ見せてもらうよ、生でちゃんと見たことないんだもの! タノシミ!」


 まっ白になった半兵衛の唇がぱくぱくと動いた。

 そのまま動かなくなった。



「……息はある。眠ったのだ」


 長政の見立てに、お市は全身の弛緩を覚えた。

 だが、本丸入口の扉が突然「ドオン!」と激しく叩かれたので再びこわばった。





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