09話 元康くんが清須本丸に危険物を持ち込んでアヘる
出た。元斎藤道三の帰蝶だ。見つかっちまった。
「聞いたぞー。わたしのお城を建てくれるんだそうじゃの? こりゃあ殊勝な心掛けじゃあ!」
「また出たな、ロリババア」
「で、いつじゃ? いつ愛の巣は完成するんじゃ?」
「ダレとダレの愛の巣だ! 確かに城建てようとしてんのは事実だが、いったいどこで聞きつけやがった?!」
《小牧山城築城プロジェクト》。
丹羽くんが超機密事項って言ってた割に情報ダダ洩れじゃねーか。
「林と佐久間じゃが? 大声でグチ大会を開催しておったぞ? 百回くらいクシャミ出たろ? オマエ?」
「くっ。またアイツらか、まだまだ教育が足りないようだな」
「あ奴らは根っからのクズリーマンじゃ。人材ならぬ人罪じゃ。当主たるもの、気にしたら負けじゃぞ。文句があれば社長になれってんだと居直れ。そんで閑職与えて追い詰めろ」
「アンタが言うか、それを」
ヤレヤレ。気を取り直すとしよう。
縁側に退避してあらためて日向ぼっこ。まったりとスマホいじり。なかなか落ち着くなー。……ロリが背中にぶら下がってなけりゃなー。
「ふわぁぁぁ。よく寝た。あーっ、お兄ちゃん、背中に悪霊がくっついてるよ? お祓いしたげるね」
フトン叩きを持ち出す市。いいぞ、存分にやってくれい!
「わあっ、ワシャ悪霊やないわっ。美濃国の当主、マムシの道三じゃいっ!」
「お兄ちゃーん、気味の悪いロリっ子の声が聞こえるよー。このお城、呪われてるよ」
「ああ分かっる。でもな、市。城の造営って時間も手間も掛かるそうだし、丹羽くん、目を三角にして頑張ってるからなー。イジメすぎて病んじゃったら可哀そうだろ?」
「うーん。そうだね。オバケなロリっ子と早くバイバイしたいのになー」
「うわーん、ロリロリ言うな―。だったら稲葉山城を陥としたらいいだけの話しではないか、あの城は山城で、天守まで行くのに攻める側の兵の消耗は半端ないがな。守側は隠れる所だらけで、攻める側は守る側の兵を全滅させなければならない、それでも天守に上る価値はあるのじゃ、天守からの景色は絶景じゃぞ! うむ、天下の中心の景色だからの。でも、そこにも………フフフフ……」
「ロリっ子、ゴチャゴチャうるさいの。めっ!」
「いい。ボクの代わりに長ゼリフの説明をアリガトよ。たしかに稲葉山はいいところだな。ハイキングするのには。でもよ、帰蝶。城を攻めろって、アンタの息子の義龍? 龍興? どっちでもいーや……はどうするんだよ? まだ一応そこに住んでんだろ?」
「ああ、アヤツか。あれなら大丈夫じゃ。きっちり殺ろうとするからダメなんじゃ、罠にはめて捕まえてからあらためて処刑にするか、宇宙に追放するか、どちらかが最適じゃな」
帰蝶よ。自分の息子を処刑などとは。溺愛してんのか、やみくもに冷徹なのか。ロリとは言えマムシだな。というか、完全に性格破綻してるな。
ともあれ、稲葉山城攻略は有りっちゃーアリか。ベトナム戦とか、二百三高地とかみたいな大消耗戦の末、手ひどいしっぺ返しを受けて織田家の屋台骨が傾く。金無し、兵無しで身の破滅! これはいいね!
「ヒドーイ。お兄ちゃん、その発言はイエローカードだよ?」
心の声にもツッコんでくれる市。お、すまんな。
「殿。松平元康殿がお越しです」
「あーなんだって? 丹羽くん。仕事さぼってどうしたの?」
「鬼のお兄ちゃん、パワハラ全開。気にしなくていいからね、左な五郎ちゃん」
「いちいち気にしませんよ。……五郎左です。せっかく言うなら正しく言ってください」
「であるか。でも今正直ボクらにイラッとしてるだろ? 言ってみ?」
「は。ではわたしはこれにて、失礼。外道さま、いやノブなんとかさま、それと奇々怪々姫君」
丹羽くん、いいねぇ。さりげにザクッと胸をえぐってくるね―。
「松平くん? どーぞー」
「はっ、お久しぶりでございます」
「あおーっ!? もう目の前にいたの?」
状況描写が少ないせいでいっつも慌てるぞ。
「松平元康、久しぶりの再会、恐悦至極にございます!」
久しぶり? ってコトは、ボクが成りすます前の《織田信長くん》と面識があったってコトっすか。
「ねーお兄ちゃん。この人、お兄ちゃんに成り代わられた人の事を言ってるんじゃない? まだ性格がマトモで勤勉で、純真無垢だった、とっても善良な織田信長さんだった頃の?」
市、もうそれ以上言ってくれるな。イヤミ饅頭喰いすぎてオナカいっぱいだ。
「苦しゅうない。オモテを上げい」
松平元康くんは、ゆっくりカオを上げボクをジッと見つめた。一回だけ瞬きをしたが、表情自体は変えなかった。ちょっと探りを入れてみるか。
「久しぶりだけど、あれから何年経ったのかな?」
「月日は分かりませんが、私が幼少の頃、人質だったわたしのお相手をしていただいた事、今でも深く感謝しております。孤独だった私にとても優しくしてくださいました」
……やっぱり。明らかにボクじゃないよね?
「でもお兄ちゃんの事、バレてないみたいだよ?」
フーム。互いに幼い頃だったから、別人だと気付かないのか?
「お兄ちゃん。この人には催眠術かける必要ないね」
「……そーだな。まーまー面倒だし結構お金かかるもんな、アレすんの」
そんで。何しに来たんだっけ? この人。
「同盟?」
「はい、そうです。……もし受け入れられなければ、これを使って爆死します」
コト。と、黒くて丸い、いかにもな《爆発物》を畳に置いた。
「これ、ホンモノ?」
「左様でございます。大昔に蒙古軍が置き忘れていったものだそうで」
不発弾!?
フハツダンじゃねーのそれ?
「どっひゃ!」
「わたしに任せろ! どうさーんキィィィック! えいっ」
帰蝶が蹴り、庭に舞い上がったところで爆発。
「うわーっ」
「きゃー」
不発弾持ち歩いてるとか、平気で衝撃与えるとか、まったくアホだ! こいつらっ!
すまし顔の元康くん。
今度は、黒くて長い物をヒザの前に置き、ガバッと上半身裸になった。
「ま、まさかのジャパニーズ・ハラキリか?」
「それって、いいね! が増えるよね!」
注釈するが、市は、ハラキリをヲタ芸の一つだと思っている。それ違うからな、市。ヤバくて危険な行為だからな、ハラキリは。
「うっはー。切腹とはさすがストーカーの極みじゃのう。なかなか見どころのある奴じゃ」
と言いつつ帰蝶は、実は若い男の半裸に興味しんしんなだけの様子だった。
「いえ。これは」
ヒザの前の黒い物を広げて見せる。
「ムチーっ!」
ついボクと市の声がそろった。
「うっ。……どうか、このムチでシバいてくだされ。わたしめは、……うっ。……ハアハア、おホメ頂きたくて桶狭間でも傍観しておりました! ご褒美をぜひ! ハァッ」
興奮しているのは分かった。しかも大興奮だ! だが何を伝えたいのかがサッパリ分からん。てか分かりたくない。
背中じゅうにムチの跡がびっしり。キッショー!
ギョッとした。
「《だいばーしてぃ》ってヤツ? 織田家も人材の宝庫になったね。地下牢なら空いてるよ? お兄ちゃん」
こんなのはダイバーシティって言わないっ! ただのヘンタイだ!
「今川家でのご褒美が忘れられないのでございまするぅ!! いや、治部大輔殿(=今川義元さんの事らしい)では物足りなかったのだ。ハァッ、ハァッ! あひっあひっ。信長どのっ。想像したら、……あひい」
「……これはもうダメだよ。ホント可哀そう」
「ああ。かなり進行してて末期だな」
「藤吉郎に与える?」
「うーん、でもアイツんち、ペットなんて飼うゆとり無いだろ? なんせアイツ自体がペットだからな」
「五郎ちゃんは?」
「即、庭に埋めて供養しちまうよ」
帰蝶だけが普通にムチを手にして、相手にし始めた。
「承知した。これからお前はワシの奴隷じゃ! 今川のあまーい褒美との違いを心行くまで味わうがいい!!」
パッシーーン!!
「ハウーッ」
パッシーーン!!
「ハウーッ」
じつに幸せそうな悲鳴だな。
「行け。行け。イケー! タマシイごと極楽まで飛んで行っちまえー!」
「アッヒーッ! 堪忍してえ」
「……ま。これはこれで。本人が幸せなら」
市とボクはそっと別室に移動した。
「兄上」
「……追いかけてくんなよ。元公。ムチで永遠にしばかれてろよ? 帰蝶もいい加減にしろ。ソイツは馬じゃねぇ。馬乗りになるな。ヒンヒン泣いてるじゃねーか」
「嬉し涙じゃ」
「左様です、兄上」
「頼む。身内宣言だけは止めてくれ」
「いえ、兄上と呼ばせてくだされ! これからは、兄上の為ならば、わたくしは盾にもなり、兜にもなりましょうぞ」
「勝手に言ってろよ」
ご機嫌な帰蝶が「もっと走り回れー」とムチをしならせ、尻たぼをおもっいっきり打った。
「あっひいいい! ウレ〇ョン出るウ」
「同盟成立じゃあ。走れ、走れー。キャハ」
「松平元康……か。只者ではないな。まこと恐ろしいヤツが味方に付いたものだ」
「お兄ちゃん。何をムリヤリ締めようとしてるの?」
ああ。日向ぼっこに戻ろ。