89話 織田信忠の野望⑧
「繰り返してるって何が?」
「この時代を。戦国時代を。ナガマサは分からないと思うけど、タイムスリップ物にはありがちなの」
AIコペルは織田信長が日本を平和にすると予見した。彼の言動と織田家の動向に対し、静観する姿勢をとった。だからその間、地球人に手出ししなかった。
しかし期待に反して信長は、顕著な実績を顕さなかった。
「コペルくんの計算じゃ、織田信長は数々の課題をクリアし、日本を統一して天下泰平の世を築くらしいんだけど、すでにもう何回も失敗してるんだって」
当初、過去二回、元々の織田信長にやらせたが、桶狭間の戦いで戦死、もしくは籠城の末降参して処刑された。そして今川義元の勝利によって、戦乱が収まるということはなかった。
三巡目にはお市の兄が信長に成りすましたが、お市を失ったショックで廃人になり、行方知れずになったと言う。牢屋に入っている謎の老人の正体がそれだった。
「今回は四巡目。でもお兄ちゃん、岐阜城で引きこもりになってるって……」
「だが、織田軍は隆盛だぞ? あの大軍を見ろ。オレらを滅ぼす気満々だ」
「あれはお兄ちゃんの子供の織田信忠くんが指揮してる《ネオ織田軍》だって」
「ねおおだぐん?」
「織田信長《役》のお兄ちゃんは、引きこもり。いまわたしたちが相手にしているのは、織田信忠くんってわけ」
「な、なんだと……! と、いうことは、朝倉の兄は、信長でなく子の信忠に殺されたのか?」
「まぁ……そうだね」
お市は片頭痛気味の頭をおさえた。
「もし本当にお兄ちゃんの子供なら、まだまだ年端も行かない年齢のはず。そんな子が独りで大所帯の織田家を采配できるわけがない。ダレか後ろで糸を引く黒幕が居るのかもしれない。……だとしたら。……小谷のひとたちは……」
絶望的な想像が頭をかすめる。
一族皆殺し。
現に朝倉はそうなった。
自分は仕方ない。……だが。
「ナガマサ。イカスルメルに逃げよう。家族全員で」
そう言いたい。
もうちょっとで口から出かかった。しかし市は言い出せなかった。
渡航費用は莫大な額だろうし、そんな大金を短時間で準備できるはずもない。あまりに多人数の地球人を母星に連れ出す許可も、簡単には下りないだろう。
それに第一、家族以外の人たちはどうするのか。
浅井に殉じてくれた人々は?
その人たちを見捨てて、自分たちだけ逃げ去るのか?
信忠に土下座してでも命乞いするしかない。
それでも非情な仕打ちをするのなら――。
「その、牢屋の信長は解放してやったのか?」
ナガマサの問い掛けに我に返ったお市、首を振り、困ったように答えた。
「それが……。『四巡目の世界に紛れ込んじゃって、迷惑かけた』って、コペルくんがどこかに連れて行っちゃったんだ」
「……つまり逃がした、と?」
「ううん。消えちゃったの。牢屋の中から……」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
天正元年(千五百七十三年)九月二十六日。
織田軍の総攻撃が始まった。
浅井方の鉄砲弾はすでに尽き、残り少ない矢の他、石ころや木片など、何でもかんでもを投げつけて、眼下に群がり登ってくる織田軍兵を食い止めている。
織田の方はと言うと、上空に無数のドローンを飛ばし、投降を促すビラを撒いて士気を低下させたり、カメラで手薄な箇所を探り、その地点を重点的に襲撃したりしている。幾ら追い落とされても替えがあるため、惜しみない投入を行った。
「おじいちゃん! 支度が出来ました。万福丸と一緒にこの者に付いて行ってください」
お市の横に礼儀正しい姿勢で若者が控えていた。
木下藤吉郎秀吉の配下、石田佐吉である。
だが、浅井久政は緩慢な動作で鎧兜を脱ぐと、静かにお市に頭を下げた。
「実に楽しかった。お市、ワシは実に楽しかったぞ。ありがとう」
「な、ナニ言ってんのよ、おじいちゃん。いまはそんな雑談してるヒマないんだって」
「雑談などと申すな。ワシは挨拶をしておるのじゃ。末期の老人の挨拶くらい、丁寧に耳を傾けんか」
握って来た手を、市は握り返した。
逃げる気が無いな、と瞬時に悟ったからである。そしてその気持ちを、お市は受け入れてしまったのである。恐らく予期していたのだろう。
「おじいちゃん。気持ち、よく分かります。でもおじいちゃんには頼みたいことがあります。万福丸の事です。あの子には、おじいちゃんが付いてあげてて欲しいんです」
「……万福丸、か」
「方々探しましたが今のところ結局、華子さんは見つかっていません。これからも引き続き、彼と探し続けてください。お願いします」
まさかこの期に及んで説得されるとは思っていなかった久政は、つい怒りがこみあげてお市を小突いた。だが倒れそうになった彼女を、今度は慌てて支えた。
「済まぬ。じゃがワシはワシなりの責任を取らねばならんと思っておる。浅井家を、そなたらをこのような目にあわせた責任を、の」
「それなら余計にわたしの言うことを聞いてください。わたしの最初で最後のお願いですよ? 聞かなきゃ、きっと後悔しますよ? ホントですよ?」
「あ、あ。そんなに睨むでない。ワシはそなたと長政が困っているのを見聞きするのが一番嫌なんじゃ。……分かった。言うとおりにしよう」
それまで置物みたいにジッとしていた石田佐吉が、ふたりに頭を下げた。
「浅井久政さまと浅井万福丸さまを伴い、先にお暇いたします。では」




