80話 兄・信長包囲網⑪ 択一か一択か
前回は堅田の戦いでした。織田軍は中入り作戦に失敗し、さらに窮地に立たされます。
決戦を避け持久戦の構えをとる朝倉・浅井連合軍に苦戦を強いられます。
― 兄・信長 ―
◇元亀元年(1570年)11月27日
通話を切きれたのを待って、オレも切った。
「岐阜の吉乃からか?」
「ああ。帰蝶が居ないって寂しがってたぞ?」
「たわけえ。その言葉、そっくりそのまま信長に返してやるわいっ」
珍しく照れてやがんの。
「ま、近ごろだいぶ寒くなったしな。オレもぼちぼち岐阜に帰りたいよ。こんなコトになって本当スマンな」
「信長よ。お主らしくもない。……それで? 五徳のお遊戯会とやらは首尾よく行ったのか? どーじゃ可愛かったか? ワシにも動画っての、見せろよ?」
岐阜城内で吉乃が企画・実行したイベントだ。武家の子弟が集まり、たいそう盛り上がったらしい。
「フフン。ただじゃイヤだな。帰蝶も、五徳の動画に合わせて同じダンスをしてくれんならオーケーだ」
「なんだ、それ」
「なんせ帰蝶は我が軍の貴重な幼女要員だからよ」
「あのな」
くくくと、肩を揺すって帰蝶が笑いを見せた。その彼女の漏らす息が白かった。「そーか。もう冬だもんな」とあらためて思った。そんな他愛ない気付きに、オレは安堵を覚えた。
あらためて仰ぎ眺める山麓。
比叡の山系だ。浅井と朝倉、そしてそれを擁護する僧兵集団が陣取り、オレたちと睨みあいを続けている。
あのどこかに市がいるのかな。なんて。
寒そうに身を縮める市の姿が頭をかすめたが、その想像図は鮮明ではなく、霧がかかったようにぼやけている。
「帰蝶。長い時間付き合ってくれてアリガトよ」
「おいおい、えらく感傷的じゃのう。吉乃の具合がよくないのか?」
「いーや。さっきもスマホ越しに五徳とふたり、流行りの歌を熱唱してるとこを披露してくれた。……そーじゃない。この滞陣だ。オレの予測では」
「……ああ。じゃのう。この戦、完全に我らの負けじゃな。しかも壊滅的敗北を喫するのう。織田家の快進撃は、どうやらここまでのようだの」
「ああ」
大坂では本願寺勢が三好と連携して、伊賀、大和では六角の蠢動が、伊勢では一向一揆が、岐阜、尾張では武田が、それぞれ圧迫を強めていた。そのどれもが脅威的で、いつ雪崩れを打って押し寄せてくるのか、織田家瓦解の引き金になるのか、まったく予測がつかなかった。
かといって、織田の主力がこの地に足止めされている以上、手の打ちようもないし。
「で、どーする? 浅井朝倉に決戦を挑んで綺麗に散るか?」
もう何年前だろう?
やみくもに今川に突っ込んでいった戦を思い出した。そーゆー最期もいいがな。
でもあのときのような暴走はもう出来ん。
「いや……。吉乃が助言してくれたんだ」
「へー。なんと?」
「『わたしはもう充分幸せです』」
「……ほー。……で?」
「『でもケンカは悲しい』と、な。……それではっきり決心ついたよ。オレが……」
サッと手を突き出す帰蝶。語尾を止められた。
「待て。松永弾正が戻ってきおった。ヤツらと一緒に話を聞かせてもらおう」
敵情視察に出張っていた松永弾正が、帰って来るなり呆れた声を出した。一緒についていた丹羽くんも頭を垂れている。
「浅井も朝倉も、まるで穴蔵で冬眠してる熊ね。幾らエサで釣っても何の反応もありゃしない」
「朝倉は国に帰らず、このまま越冬する覚悟なのでしょうか。ガマン比べですね」
オレは三人を円座に囲ませた。
「聞いてくれ。織田が生き残る唯一の方法だ。オレはもうこれしかないと思ってる」
「ちょっと」
ダンジョーがオレの口をふさいだ。
「聞きたくも無いわよ。和議を結ぶって言うのね? この期に及んでまさかそんな話?」
「ぷは。……ああ。そーだよ。詫び入れて、振り上げたコブシを下ろしてもらう。本願寺にも。朝倉にも」
あからさまにしかめっ面を作るダンジョー。
しかし帰蝶は前向きのようだ。
「じゃが、どーやって?」
「丹羽くん。将軍を呼んでくれ」
すぐに義昭将軍が来た。
「将軍。天皇に頼んで仲裁状を書かせてくれ。出来るよな?」
「……仲裁状? ボクが? 天上に?」
いつもなら二つ返事で承知するのに、今日はどういうわけか気乗りの無さげに感じた。いや、分かってるさ。よーはコイツもビミョーな空気を感じ取ってやがるんだ、オレらの凋落ぶりを。
落ち目のオレらに手を貸すのが果たして得策なのか、どーかってな。
「だから、ちょっと待ってよ、ノブ。アンタ、戦意喪失しちゃったの? 投げ出しちゃったわけ、この戦を?」
「オレの心持ちなんて、どーでもいいんだよ。肝心なのは織田の連中だ。コイツらがヤバいことになるのを防ぎたいだけだ。みんな家族や兄弟、親がいる。このまま手をこまねいて、滅びを待って殺され行くなんて出来ねーだろ?」
「いやいや、要はやりようよ、多少強引でもまだまだ打開策はあるわ。しっかりしなさいよ!」
「オレが頭ひとつ下げて、人が大勢助かるんなら、御の字だ」
「そりゃアンタは……」
「気にすんな。言ったらいい」
「じゃ、遠慮なく。そりゃアンタは、地球での出来事を全部ゲーム感覚で片付けようとしてるからね。でもね、『謝って済む』なら、ケーサツはいらねーんだよ。失敗したからシッポ巻いて帰るとか、どんだけ無責任だって話よ」
そーとられても仕方ないよな。
ゲーム感覚か。……そーだな。それは確かに真実だし。ここまで上手くやってこれたのは、むしろそのおかげかも知れんがな。この場では言えんけど。丹羽ちゃんあたりは言わんでもそー思ってるだろーが。
「あー。そーだな。そういうダンジョーも《レスキュー特約》くらい入ってるんだろ? それって死にたくないからだろ?」
《いざという時、あなたの命をお守りします》
イカスルメルのレジャー保険特約だ。
無思慮で無謀な遊びに興じる者が急増し、多数の死者も出ていることから俄かに脚光を浴びた保険特約だ。先日の安藤の息子も、これで死なずに済んでいる。もっともお役所に目をつけられて帰郷しちまったが。
「あなた相当無知ね」
「なんだと?」
「そんなのまもなく廃止されるわよ。《法治圏外における危急的危害を被る恐れのある状況に、故意または自発的に関わる場合の当事者の生命保障に関する法律》、通称《自己責任法》の施行に基づいてね」
「なんだ、それ?」
「要はバカな行いを仕出かした始末は自分でつけろという新法よ」
もともと特約には入っていないオレだったが。その方が受けがいいとディレクターに言われたからだが。……ということは、この世界の者だけでなく、ここに居るイカスルメル人だって。……市だって!
「命に危険が迫った時、イカスルメル人はどーなるんだ?」
「どーもならないわよ。地球人に紛れてただ死ぬだけよ」
6日間、更新が出来ずにおりました。
駆け足で進めながらも章の締めに入る煩わしさに遅々として作業が進みませんでした。
結局まとめきれずに2話構成となりました。
次回はさらに収拾のつかない文章になりますよ。有難うございました。




