79話 兄・信長包囲網⑩ 喜べない勝利
― 妹・お市 ―
◇元亀元年11月21日
『なにもかも思い通りに進んでるねぇ、マイリトルハニー』
「……いい加減、通信切ってくんないかな。シショーの有難さはよーく分かったから」
『え? 寂しいんでしょ? 長政くんは長期出張中だし、ダイスキなお兄ちゃんにだってフラれたわけだし。話し相手欲しいでしょ?』
「シショーの一人合点で話進めないでよっ」
――さて、わたし市は、ここんところ自室におコモリしてる。
だってだって、どーも体調がすぐれんのだもの。
さらにここ一ヶ月ばかり、ナガマサはずっと不在状態。近江坂本方面に朝倉さんと一緒に兵を繰り出していて、お兄ちゃんの軍勢と睨みあいを続けてる。
わたしだってその場に居たいよ!
ってコトで、師匠のスケカセ武田信玄さんはほんとヒマなのか、ずっーとわたしのパソコンと回線つなぎっぱなし。昼夜を問わず、ネチネチとセクハラを仕掛けてくる。
通信切りたいけど切れないのは、何でか知んないけど、シショーの方でわたしのパソコンを乗っ取ってるせいらしい。……そんな技能技術があんだったら、母星でちゃんとそれなりの職に就きなよ。
……もっとも、ひとのコト言えないけど。
せめてもの抵抗でパソコン画面はいっつも壁向きにさせてる。それでも音量調整すらも出来ないから、思い出したように話しかけてくるの。ってコトは相手もわたしの声が丸聞こえってコトなのよね、サイテー。ああサイテー。プライバシーゼロだよ。唯一せめてもの救いはスマホ。もしこれが乗っ取られたらわたしは死ぬ。不快指数100になって死ぬ。思ってるよりずっと早めに死ぬ!
「蜂起した伊勢一向門徒が織田の一門衆を撃退したそうだよ。コレ、ナガマサからの情報。共有しとくよ」
『とっくに知ってるゾ、小木江城だろ。撃退じゃなくて撃滅だ。そこの城主の織田信興が死んだ』
「信興さんって……わたしらと兄弟設定の……そんな」
『そんなもこんなもねえよ。戦国の習いなんだからしょーがねぇ。とにかくこれでますます織田は滅亡に向けて一歩前進したわけだ、ウキキキ』
「……」
『さーて。堅田の釣り餌、どーなるかねぇ』
「頭のいいお兄ちゃんだもの、そんな見え見えのワナには掛からないよ」
堅田の……って言ってんのは、わたしが織田軍を誘いだすために仕掛けた罠。のこのこ現れた織田軍を一気に叩く作戦計画。
にしてもわたし、どっちの味方なんだろう。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
― 兄・信長 ―
◇元亀元年11月23日
「おそらくワナだ。のこのこ出向いてったらトンデモナイ損害を受けると思う」
「でも堅田の連中は救援を望んでるんでしょ? このまま孤立させてちゃ、今後の信頼関係にも影響するんじゃない? いいの、それで?」
松永弾正の言うのもいちいち尤も。だが、前にも後ろにも敵だらけの現状だ。だいたい動きが取れんのだ。
オレ、いま最高に不幸だな。
なんてふと、ウーチューバーのことを思い出した。
「安藤社長は?」
「さあ? 知りません」
丹羽ちゃんは関心なし。ウーチューブなんて戦国人はダレも知らんからな。
「信長よぉ、ワシが代表して出張ってやろうか?」
「うーん」
有難い、帰蝶の申し出。だがコイツにはブレーン役を務めてもらいたい。ちょっとでも留守にされると正直、けっこう不安だ。
そのときオレとそう年の違わない青年が手を挙げた。
「はいっ。ボクが行きます!」
「あ、たしかオマエ、安藤社長んトコの?」
「ええ。息子の右衛門佐です。父にいい画を撮って来いと言われました」
……ああ、オマエら。親子揃って生粋のウーチューバーなんだな。
「親父はどーした?」
「今日は有休です」
「ゆうきゅう……、この時代にそんなモンあるかっ!」
「殿、ハラスメント発言ですぞ」
丹羽ちゃん、そんな知識持たなくたっていいんだぞ?
敵旗が乱立する比叡山の山々を眺めまわしたオレは、戦上手の坂井政尚をリーダーに任命し、右衛門佐をつけて、1千の兵で派遣することに決めた。お茶を濁すとはこのことだが、それでいい。堅田衆に誠意を見せるだけでいいんだ。
「ゼッタイにムリすんなよ? マジヤバかったらすぐに引き返せ。いいな?」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
― 妹・お市 ―
◇元亀元年11月26日
『ケッケッケ! まあ、最終的には警戒されて小勢の皆殺しで終わっちまったが、これで織田軍はジ・エンドだ』
「人がいっぱい死んだんだよ? なんでそんなに楽しそうに出来んの?」
堅田の戦いは連合軍側の大勝利に終わった。
朝倉軍の強襲の前に、織田は衆寡敵せず、全滅した。完全にワナにハマった形になった。
そう。ぜんぶ、わたしが仕掛けたことだ。
『お市よ。オマエ、どっちの味方なんだ? 長政よりもお兄ちゃんが心配なのか?』
「うるさいよ」
『ケッケッケ。お兄ちゃんが心配なのって言ってみな。アンタの正直な望みを聞かせてみな?』
「だまってよ」
『お市よ。アンタがどっちつかずの態度だから、この戦争がズルズル長引いてんだぜ? いい加減自覚しろよな』
ナニ都合よく思想誘導しようとしてんのさ!
わたしは前々から一貫して宣言してるし。
「人の痛みや苦しみがわかってない勉強不足の信長に、そのことを分からせてあげたいの、わたしは!」
『へえ。そのためには手段を選ばんと?』
「……そーよ!」
そう怒鳴りながら、わたしの心は、どこか寒空の中を漂う風船みたいに、宛所の無い感じだった。
なんでこんな時にナガマサが居ないのか、ムショーにムカついた。
『たまにはカオ見せろよ』
「ヤだ」
『オレ、何人もカノジョできたしさ、もうアンタはあきらめたよ』
はー。それはそれはキモチわるい。
◇◆ お兄ちゃん好感度 ◆◇
元亀元年9月20日現在
▶浅井御市 ♡♡♡♡
▶織田吉乃 ♡♡♡♡♡
▶織田帰蝶 ♡♡♡♡♡
▶竹中半兵衛 ♡
▶竹中重矩 ♡
▶竹中重門 ♡
▶木下寧々 ♡♡♡
▶前田まつ ♡♡
▶松永弾正 ♡♡♡♡
▶明智光秀 ♡♡♡
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