75話 兄・信長包囲網⑥ 師匠の悪辣
― 妹・お市 ―
夜中、おフトンから抜け出し、ノートパソコンを開く。今夜はナガマサがいない。
「……何の用デスカ?」
「そんな機械音みたいな声出すなよ。朗報だ。徳川家康がオレらの側についたぞ」
「ほ、ホントウなのっ? どうやって……!」
現在の愛知県東部、三河の国と、静岡県西部の遠江にまたがる勢力、徳川家が反織田連合に加わったって、そりゃ一大事だよっ。
「だ、だってあの人、お兄……信長の大の味方だったじゃん? そんなカンタンに豹変するとは思えないよ!」
武田信玄、別名スケルトンカセット師匠が、ケタケタ気味悪く笑った。
「そりゃあな。いろいろ説得工作したさ。ただし条件を出されてな。その相談でアンタに連絡したってワケだ」
「へぇ……。わざわざ、ナガマサ居ない時に?」
「その方が好都合だからだよ」
不快で不吉な気分を催したわたしがカメラ機能を切ろうとすると、
「待てよ。家康が味方になる影響力をよーく考えてみろよ? オマエ、先日も張り切って会議まわしてたけどよ、あそこまでの事ができたのは一体誰のおかげだと思う? それともアンタひとりだけで成し遂げたとでも思ってんのか? 今回の家康の件もそーだぜ?」
「……分かってるよ。師匠の手助けが無かったら今頃、この小谷城はとっくにお兄ちゃんの物になってたと思う。それに」
「それに?」
「ナガマサだって。姉川の戦いでどーなってた分かんないし」
ひゃっひゃっひゃっ。
耳に響くヤな声。
「分かってんじゃねーか。……で、アンタはどーしたいんだ? このままオレのことをムシしたいんか?」
「いいよ。分かったよ。……で、どーすりゃいーの?」
「家康の希望は、伊勢国と美濃国の割譲……」
「バッカじゃないの? まだ手にしてもない、他人の領地をおねだりなんて」
「……割譲、なんてもんじゃなくて。要求はまったく別。つまりは、《アンタ》の共有」
ん? なんて? アンタ? わたし?
「師匠。よくイミ分かんないよ。もっかい言って。なんて?」
「理解悪いな。もう一度言うぞ? オレと家康は、お市、オマエを共有したいんだよ」
「き、共有? ……は、はあぁぁぁああ? なにゆっちゃってんのかなあっ!? それこそバッカじゃない?」
――ダメだ。この人と組むべきじゃなかった。わたし、浅はかだった! ゴメンね、ナガマサ!
パソコン電源オフしちゃえ!
――って、なんでっ! 切れない!?
「オレとメールのやり取りした時点でアンタのパソコンはオレのモンになってんだ。……って、おっとっと。待てよ、パソコン叩き壊そうとしてもムダだ。ただアンタが後悔するだけだぜ?」
「はん? どーゆーコトよっ?」
「今夜のやり取りは、既にオレの方で映像付きで記録済みだ。きょうび編集機能つかって幾らでもこっちの都合よく加工できるしな。そーゆー《ヘン》なのが、ナガマサの目に触れんとも限らんぜ?」
な。
言葉を無くして、そっとパソコンを置く。
イヤでも師匠と繋がっておくしかないってスグに理解できたから。悔しいけどね。
「わたしよか何枚も上手だね、師匠。でもわたし、あんまり尻軽女じゃないんだー」
「だからこそ、いいんだよ」
ううっ。いくないっ。
「わたしのどこがいいんだか。……で、コレってさ、そっちにイニシアチブがあるつもりかも知んないけど、それは思い上がりだからね?」
「ほー?」
「だってわたし、ナガマサに速攻で告げ口するもん」
「すればいいさ。さっきも言ったろ、浅井が苦しくなるだけだって」
「武田だってそーでしょ!」
師匠は動じず、
「そもそもオレと浅井は、置かれた状況が違う。オレはいざとなったらイカスルメルに帰りゃあいい。でも、浅井はどうだ?」
悔しい。
ホント、痛いとこ衝くよ、このオジサン。
「……師匠。もういいじゃない。だったら師匠も一緒にイカスルメル星に帰ろうよ。これまでにどれだけ地球の人たちに迷惑かけたか知れないでしょ? しょーぶない勝負して、いがみ合ってる限度、思いっきり超えちゃってるよ。だから、ね?」
「がはははっ。大いに結構。地球人に迷惑? バカ言え。地球人にとってオレたちは神のような存在じゃね? だってアイツら低能な野蛮人は、殺し合いでしか物事を解決できねーんだし、もし仮にオレたちがこの星から居なくなっても、ゼッタイに殺し合いを続けてるって。それならいっそオレたちが、オレたちの手で、戦争を終わらしてやるしかねーだろ? ヤツらが自分たちで平和に出来ねーんなら、オレたちが平和を与えてやるしかねーんじゃねーの? そー思わねー?」
この人、何だかお兄ちゃんとダブって見えてきた。
「………もうわかったよ。……いいよ、わたしは。でも、ナガマサと浅井の人たちは、どーにかしてあげてよ。それを約束してくれるんなら、なんでもゆーコト聞くよ」
「うっひょー、よしよし。じゃあ、イイことを教えてやろう。実は織田の重臣の中にもな、オレの仲間が居るんだ」
「えっ? 足利将軍、じゃなくって?」
「ちげーよ、信長の直臣だよ。ソイツが逐一情報を漏らしてくれてるおかげで、オレは手に取るように信長の挙動が分かるんだぜ」
この人のお兄ちゃんを陥れる根性、本気すぎる……。でも、いったいダレ?
「あ! 分かった! 安藤社長!」
「ん? ま、確かにソイツも居たな」
「えーっ、ちがうの!?」
「違うね」
師匠のドヤ顔、イヤすぎ!
「信長のヤツ、大坂の三好征伐に出てるぞ。本願寺が織田軍を襲う絶好の機会だ。顕如にはオレから連絡しておく。……ところでアンタ、将軍には手ずから同人誌渡したか?」
「渡したよ。メッチャ重かったよ」
「それでいい。信長は将軍の行動に疑問を持ち始めていく。信長が疑念を深めてくれればますますオレの思い通りにいく」
これで良かったのかと頭に疑問符が浮かんだものの、スケカセ師匠は悩むヒマも与えてくれず、指示してきた。
「南近江の観音寺にお忍びで家康が現れる。会いに行け」
一方的な命令。
でも従うしかないの。
ナガマサ。わたし……。




