07話 ダチの丹羽に森のくまさん勝家!
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」
「ああ。おはよう、市。今日もカワイイな」
フトンの上からドスドス乗っかられて完全に目の開いたボクは外に飛び出て、すがすがしい小鳥たちに向かい「おっはよー」と呼び掛けた。
すると額にフンを落とされた。ねとつくなー。
「うわあ、お兄ちゃん。思いっきり不幸だね」
「う、うん。そーだな。このサイアク顔、しっかり撮ってくれたか?」
「もちろんだよっ。PV数、タノシミだね」
急にドンヨリした気分になるボク。それを言うな、妹よ。
ボクはこないだの桶狭間のショックからまだ立ち直れないでいる。
「信長旦那、一大事でございまする!」
「毎度思うけどさ、アンタらいっつも一大事ってゆーじゃん? ちっともそんなことないワケ。たった四万程度の兵が攻めて来るとか、なんちゃら将軍が会いたがってるとか」
「ノブカツお兄ちゃんが裏切ったとかね。でもあの時はビックリしちゃったよ? わたしは」
行儀よく正座している家臣は畳をバンバン叩いた。彼も相当イラ立っているようだ。そろそろ名前で呼んであげよう。
「あー丹羽くんだっけ? キミは結構若いのに大変だねぇ、もっとありのままに生きた方がいいかもね」
「殿がありのまま過ぎると存じまするが」
「ズバリと鋭いこというなぁ。ま、否定はしないけどね」
ボクは少し年下のこの少年が気に入った。友達になりたいとさえ思った。それはいつもの思いつきだった。彼なら不幸事を一緒に探してくれそうだと脈絡のない期待を抱いてしまったのだ。
その想いを素直な言葉で彼にぶつけた。
そしたら丹羽くん。
「さっき一大事と申しましたが、信長旦那にとってはそうではないのだと理解できました。次からはシカと念じてご注進申し上げまする」
「ちなみに何だったの? 丹羽くんが伝えようとした一大事って?」
「ああ。松平元康が和議を図りたいと密書をしたためて参ったのです」
「もう少し平易な日本語で頼む」
丹羽くんはタメ息ひとつつき、言い直した。
「隣の国の松平元康くんが、仲直りしたいって手紙書いてよこしたんですよ。旦那に」
「丹羽くん日本語じょうず!」
「あ。いえ。始めからずっと日本語でしたが。こないだまで旦那のそばで小姓……付き人をしてましたので勉強させて頂きました」
「えらい! 家来の鏡!」
「おさる君には負けたくないので」
「ああ。藤吉郎のことな」
「むろん」
「で、松平? うーん、おぼえてない……。あ、今川さんとこの!」
「思い出しましたか」
アイツが肝心なシーンで手抜きしたから、ボクたちの突撃が成功しちゃったんだよ。もしも横から妨害してくれてたら今川義元は、いまごろこの清須に……。
「手紙とか回りくどいな。友達になりたいんだったらボクらの前でひざまづいて許しを乞え。だいたいそんな感じの返事書いて送って」
「ついでに爆発して死ねと書いておきます。ではこれで」
丁寧におじぎをして消えた。なかなか見どころのあるヤツだ。ツボを心得ている。
数秒後、足音けたたましく廊下を振動させて、柴田権六が訪ねて来た。
「わあ、来た。サンタクロース! わたしあの人好きー」
「ち、ちょっと待て市。うかつな発言すんな。成敗したくなる、アイツを」
障子が開いたとたん、市がヤツに飛びついた。
権六は慌てふためいて畳に伏した。
「旦那! こたびはにっくき今川に対し、お見事なるご戦勝……。うわっ、い、市さまっ!」
「おヒゲ、ふわふわー。オナカ、おっきいー。まっかなお鼻の、トナカイサンタ~」
市。テンションアゲアゲで歌い出すな。ますます権六を斬りたくなる。それに《トナカイサンタ》なんて歌詞は存在せんぞ。
「権六。今日からお前は千人の部隊の切り込み隊長だ。常に最前線で敵どもを粉砕撃破せよ。勝つまで帰ってくるな。勝ったら家に帰って良し。《勝家》と呼ぶことにする」
「はあはー! 恐悦至極に存じ奉りまするー」
感涙にむせび泣いている勝家。マジメなんだよなぁ。妹がなついてなけりゃ、友達扱いしてやんだけどなぁ。残念なヤツだ。
コラ、妹。今度は《森のくまさん》歌ってんのか。いい加減にしろよ。