57話 兄も、妹も。⑩ 希望のふたり
― 妹・お市 ―
ヒビの入ったスマホを見下ろして、放心状態のわたし。お兄ちゃんにナガマサの居場所を聞かれ、とっさに、もうこうするしかないって覚悟を決めた。
「お兄ちゃん……」
わたしは、ナガマサの住む本屋敷の奥御殿に、半兵衛ちゃん、重矩、重門の四人で軟禁されている。軟禁……ってったら聞こえが悪いけど、これは彼なりの配慮でもある。浅井と織田の決裂が明らかになった今、わたしたちにとって城外がどれだけ危険なのか想像がつかない。わたしたち織田方の人間なんて、即刻捕らえて処刑だってされかねないかも知れない。
「お兄ちゃん、無事逃げられたかなぁ」
「自分の身でさえ心もとないってのに、本当に兄想いなんですね」
「敦賀の陣中の映像じゃ、しっかり作戦立てて撤退しようとしてる様子だったですから、だいじょうぶですよ」
クーと半兵衛ちゃんは親身に相手してくれる。モンモンは壁にもたれて睡眠。三人の中で一番の心配症だから自己防衛モードに入ったのかも。
「こんなことならナガマサにもウーチューバーになってもらってたら良かったな。浅井軍の動きが実況中継で見れたかも知んないし」
でもそれってどーなんだろ……。
実況中継が仮に見れたとして、だからどーだってゆーのか、わたしは。お兄ちゃんが無事逃げおおせたのを見て安心したいのか、それともナガマサのカッコイイ姿を見て応援したいのか。その両方のような気もするし、ゼンゼン違う気もするし。
「オトコってやたら戦争したがるよね? いっつも何かしら戦ってるよね? なんでだろ?」
「さぁ? 狩りの延長、なんですかね」
とりあえず答えた感じの半兵衛ちゃん。部屋のあちこちに気を配ってるのは盗聴器みたいなのを気にしてるせい? それは考えすぎだよ。でもあなたもすっかり戦国人になってるね。
ふと思い立ってナガマサにLINE。
瞬時に電話が掛かって来た。
『いまは仕事中だが? なんだ?』
「…あ、ううん、別に。声が聞きたかっただけ。結構あたり騒がしいね?」
『そうか? ……大丈夫だ。信長なら朽木谷に着いたようだぞ?』
ナガマサにはどうしてわたしが電話をしたのか分かったみたい。
「ナガマサ」
『どうした?』
「ありがとう」
『久政が朝倉勢と共に必死に追撃している。まだ油断はできんが』
「……ウン」
『オレはまだあきらめんぞ。信長は、話せば、浅井の事情をきっと分かってくれる』
「ウン」
『オレの予想では信長は今日明日中に京にたどり着く。オレはタイミングを見計らって手紙を書くよ。首尾よく行けば、京でもう一度ヤツと話し合いが出来ると思う』
半兵衛ちゃんが聞き耳を立てていた。スピーカーにする。
「そうだね。そうしよう」
『小谷の者どもの心すら一つにまとめられずにスマン』
「そんなコトないよ。わたしはナガマサと同じ考えだよ? これからふたりで頑張っていこうよ」
『ああ』
電話が切れた後、半兵衛ちゃんは妹ふたりを並ばせて、わたしに深々と頭を下げた。
「今回の件、発端はスマホが原因だったとも言えます。幾ら市さまが望まれたからと言っても、信長さまに無断で持ち出したのは良くなかったです。本当に申し訳ありません」
「やめてよ。後悔しないのがわたしの信条なんだよ? おかげで別れる前にお兄ちゃんと話せたし、わたしは大満足なんだから、謝ったりされたら反対に怒っちゃうよ?」
半兵衛ちゃんらは声なく再度一礼し、落ち込んだカオを上げた。
―冗長劇場―
お市 「あのね、しつもーん。どーして戦国なのにスマホが使えるの?」
半兵衛「イカスルメル星の超小型通信アンテナが各地に設置されてるからですよ」
お市 「お兄ちゃんの四輪駆動車はどうやって運び込んだの?」
半兵衛「そりゃ、コスモエアラインで空輸ですよ。地球人からしたらイワユルUFOですね」
お市 「わたしのチケットはどーなったの?」
半兵衛「え? まだ覚えてたんですか? もう必要なくなったのかなと……」
お市 「わたしたちは年取らないの?」
半兵衛「コナソドリンクのおかげですね。完全ご都合主義です」
お市 「――以上、余談でした! バイバーイ、またねっ! ……キラッ!」




