51話 兄も、妹も。④ 狼藉者
前回の続きです。
妹・お市
「お市さま。浅井家に出陣命令が出ました」
「……出陣? 戦争なの?」
携帯が震えた。また、ナガマサから。
うちに着いたよとヒトコトだけ伝える。『安心した』と彼が答え、切れた。
「……京都でまた何かが起こったの?」
「ではないですが。ただ秀吉殿から、お市さまを守るようにとご指示を受けました」
暮色に深まった奥間になだれ込むや、半兵衛ちゃんは、ガッチリ体型の数人の男の人たちに短く指示を与えて散らせた。また彼らとは別個に、珍しく半兵衛ちゃんの妹さんらが後ろに控えている。
「重矩です」
「重門です」
「重矩! 重門! 久しぶりだね―っ」
半兵衛ちゃんを筆頭に、TAKE-NAKA三姉妹そろい踏みだ。スラッと背が高く茶色がかったショートウエーブヘアの次女、クーちゃんと、褐色肌で元気印なメガネっ娘の三女、モンモンちゃん。そして一番小柄ながら、二人の頼りになる長女の半兵衛ちゃん。
近頃は、半兵衛ちゃんはともかく次女と三女は、秀吉とその側近にくっついて京の都で執務に追われてるって聞いてたから、会えるって思ってなかったよ。ここんところ、ちっとも動画投稿もしてなかったし。
「お市さま。当分外に出ない方がいいです。万福丸さまが退屈しないように、わたしたちがエンタメ担当頑張りますから」
「そっか、だから三人揃ってくれたんだね」
「今夜にでもさっそくミニコンサートを開きましょう」
「衣装合わせするですー」
クーもモンモンもノリノリだ。
それはそれで楽しみだけど。
「半兵衛ちゃん。コトの詳細を知りたいんだけどダメなの?」
「軍事作戦に関わりますので、うーん」
わたしにずっとしがみ付いていた万福丸が、存在を主張するかのように服を引っ張りヒソヒソと耳打ちしてきた。庭の方から怒鳴り声が聞こえるって言う。
竹中三姉妹も同様に感知したみたい。寄り固まって身体をこわばらせた。さっきまでのアイドルスマイルから闘士のそれに相貌を変容させた彼女らは、それぞれ護身用の武器を取り出し、わたしと万福丸を防囲した。
バンッ! と部屋の戸が蹴り倒され、五、六人の男たちが押し入って来る。この人たち、前に見たことがある!
「市殿と万福丸殿。我々にご同行を」
「……あ、あなたたち、久政さんのご家来衆だよね?! 久政さんが命じたの?」
でも、彼らはわたしの問いに答えないばかりか、数の力に物を言わせて半兵衛ちゃんらに無言の圧をかけ、にじり寄ってきた。
「あなた方の思惑はお見通しです。お市さまと万福丸さまを手中に収めて浅井家を意のままにしようって魂胆ですね? よってこの狼藉、ダレの差し金かすぐに察せますよ?」
「だったらむしろ話が早い。邪魔立てせずふたりを差し出せ」
おたがいに、さらに一歩踏み込んだら刀身が届く距離まで近づいた。修羅場だ! しかもわたし、当事者! わたしを巡って殺し合いしようとしてる!
どーにかしなきゃダメだ! 襟元から携帯を抜いて設定をいじる。
「あなたたちっ、ひかえ、ひかえいっ! このスマホが目に入らぬかっ!」
「――はあっ? なんじゃあ、それは?!」
「だから、スマホだ! はい、チーズ! カシャカシャ」
薄暗い部屋にフラッシュが閃く。
「わっ!」
「おっ!」
目をシバシバさせる彼らに画面を突き付ける。そこには、撮られた男どもの慌てたヘン顔がはっきりと映り出されている。
「アンタらの所業はぜーんぶ、えーと……この、《異形の箱》に封じ込めたのである! ここのボタンに触れたら、悪事は余すことなくナガマサの殿に伝わっちゃう仕組みなのさよ! それ以上、ちょっとでも近づいたら遠慮なく触れちゃうよ?」
「なっ?!」
ついつられて画面をのぞき込む連中。「おお」と感嘆詞をあげた輩もいた。
「ホラここ。触れちゃうよ、ホントに触れちゃうよ? 押しちゃうよ!」
「ぐぬぬぬ!」
狼藉者めらが。どーだまいったか!
「珍妙な物言いで我らを愚弄しておるだけじゃ! よく考えい、あのような物でどーやって殿に報せるっちゅうんじゃい! ただのコケ脅しじゃ! 怯むな!」
リーダー的な年配のお侍が叱咤した。ちょっとナニ言ってんのさ、怯んでたらいーのに! 今も昔も流行りの便利グッズは、シニアな人には通用しないのかも?! 再びじわじわと包囲の輪を狭めだした。
「この無礼者どもっ! 刀を収めて下がれいっ!」
またもや一同、静止する。
「キエモン!」
万福丸が叫んだ。
庭先にあらわれた遠藤さん。額に青筋を立てて連中を睨みつけている。その迫力にビクッと身体を震わせた侵入者たちは、あわてて刀を引いた。
ところがあわてたのはわたしも同様だった。
つい、ナガマサへ写真を送ってしまった。
すると。
ドドドドド!
廊下の床が割れそうなほどの轟音が、地響きとともに急接近して、ナガマサが登場した。登場するや否や、侵入者たちは一人残らず彼のタックルを受けて吹っ飛んだ。
「市ィっ! 無事か?!」
「……う、うん。……わたしは……」
竹中三姉妹の膝は例外なくガクガク震えてた。キエモンのレアなビックリ顔に、わたしは吹き出しそうになった。




