46話 兄も、妹も。② 不幸の増長
―信長サイド―
「こりゃ、愉快だ! オマエの人生、ブレブレにブレまくりだなぁ!」
「うるせーよ? 師匠、アンタ、人のコト笑えるほど立派なのか?」
「ああ、そーだよ。今やオレもこの世界では、いっぱしの戦国大名だしな。なんせ武田信玄なんだぞ? 《甲斐の虎》って二つ名くらい、幾ら世間知らずのオマエでも聞いたことあるだろう? 日ノ本一の最弱集団と言えば織田軍団、対して武田と言えば、泣く子も黙る最恐最強軍団だ!」
……ああ。嫌でも耳に入ってくるよ、武田のサディスティックな強さは古今無双だと、浜松の徳川家康からな。イジメられてアヒ面でよがっているアイツの半裸姿、実際に見んでもアリアリと目に浮かぶわっ!
家康、はっきり言いやがったからな。「武田に寝返っちゃったら、しばいてくれる相手が居なくなってしまうんで」って。なんだ? ソレ?! なんなんだ、ソレ! そんな理由で織田家にくっついてるのって、全くなんなの?
「オレはなぁ、信長に協力してやろうって思ってんだぜ? いまさら勝ち逃げなんて許さねぇよ」
「はあ? なにが言いたいんだ、ししょーよ?」
「だからよ、織田家を全員、不幸のどん底に叩き落してあげようってんだよ、理解しろよ? ええ?」
「なんだと!」
武田信玄は指折り数え始めた。
「えーと、オレの手引きで、《毛利》、《今川》、《本願寺》、《三好》、《朝倉》、《一向宗》……他にもさまざまなヤツらが、お前ら織田家を滅多打ちにして滅ぼしてやろうと暗躍をはじめた。極めつけは……」
「……足利義昭か?」
「ご名答。だいぶお利口さんになったねぇ。でも、もう手遅れだよ? オレの号令ひとつでヤツらは一斉に蜂起しやがるからな」
「……てめえ。あのゲーム通りにうまく話が進むと思うなよ?」
――あのゲームってのは《信長の野心》。
ボクは以前、信玄とこのゲームで対決し、コイツのその戦略で、見事に滅ぼされて負けちゃった苦い経験があるのだ。
くっ。
カンゼンに同じ作戦を取ってやがるんだな。
あのときはゲームだったが、今回は、この世界のリアルだ。ゼッタイに負けられねぇ。
「フハハハ! あがいてあがいて、あがきたおして、泣きっ面さらしながら滅びろ! 母星に尻尾を巻いて逃げ帰って、ぞんぶんにリスナーに不幸自慢したれ!」
「てめえが包囲網敷く前に、ボクが各個撃破してやんよ! てーか、いまオマエをこの場で殺ればいいんじゃね?」
「ゲーマーの風上にも置けんヤツ! プロデューサー、コイツ、こんなコト言ってますぜ?」
ゲーマーだと? 笑わせんなっ!
「これはゲームじゃねぇ、リアルだ! キメエ言い方すんな」
「ふたりとも仲良くしてよぉ、ゲームは一日、一時間! 目を大切にね?」
プロデューサーのヤツ、完全に仲介役を放棄したな。むしろ、ボクらのいざこざを面白がっているようにも見えるが?
「とにかくふたりで一致協力して、ウーチューブをもっともっと盛り上げていきましょうねー! イエー。フー!」
そうか。やっぱりか。
「信長よォ。せいぜい、ただでさえ少ない味方を無くさないように頑張るんだな。相手には誠意を尽くしてねぇ。ワガママばっか言ってちゃダメって言ってんだよー? 徳川くんは特殊として、浅井くんとかね?」
「余計なお世話だ!」
「フヒヒ。……あ、それともうひとつ。アンタんトコの妹、お市ちゃん、ホントかわいいねぇ。……でも最近、行方知れずなんだって?」
なんだと?
「いま、何か言ったか? ……テメエ、まさか妹に……」
気が付くと、プロデューサーに後ろから羽交い絞めにされていた。足元に武田がノックアウトされて転がっている。……アレ、ボク?
「信長ちゃん、やりすぎ、やりすぎィィ!」
「……あ。コレ、ボクがやったの?」
「ええ。物も言わずにいきなり。ダメよぉ、室内だからオフレコだけど、公開されてたら大騒ぎどころか警察沙汰よぉ」
ああ、ま、そうだな、さすがに申し訳ないか。――と思ったら、武田のヤツ、ムクリと起き上がりやがった。
「いやー。バーチャルキャラ使ってて良かったぜぇ。粗暴なクズヤローに半殺しにされるところだった。やれやれ」
「お、おまえ?」
「こんな敵中にノコノコ出ていくわけ無いだろ? 幾らプロデューサーの依頼でもよ。本当にオマエ、バカだな? オレは昔っから信長ちゃんの性格は知り尽くしてんだよ?」
一瞬ホッとしたが。……とことんムカつくヤローだな。
「バーチャル……ねぇ。便利なグッズがあるもんだな、世の中には」
「そーだろ? 信長くんの負け惜しみな言い方に可愛げを感じたぜい。フハハ」
「で、おまえさっき、市の話、しかけてたな? 何が言いたかった? アイツはいま実家に帰ってるだけだ。ヘンな憶測でモノ言ってんじゃねぇぞ?」
「へえ? 実家ね。そーなんだ、実家なんだ? へー?」
ズクズクと胸が痛くなる。何か引っかかるものがある。何なんだ、くそっ。
「プロデューサーさん。これからますます見ものになりますよォ。織田家が勝つか、反織田勢力が勝つか。ウーチューブ的に、実にタノシミでしょう?」
「あー……まー。そ、そーねぇ。じゃあ信長ちゃん、新しい契約書はここに置いて行くねぇ。前の三倍の額にしといたから、前回打ち切ったこと、水に流して許してね? よろしく~」
武田は高笑いしながら。
そしてプロデューサーはヘラヘラしながら、ボクの前からいなくなった。
残されたボクは天井を仰ぎ、これからどうすべきか、混乱した頭で必死に考えようとした。
……といって、答えなんて早々に出るものじゃなかった。




