42話 番外 藤吉郎と寧々
[寧々ちゃま視点]
サイゼリ〇でアルバイトしてたらいつかタイムマシンだってレンタルできるかも。そんなバカみたいな望みも近頃じゃすっかりしなくなって。
我が《こねこノワール》も開店休業状態が続いてる。メンバー第一号になってくれた篠原まつちゃんだって、会っても又左くんの話ばっかでちっとも面白くない。
そのすべての原因は、お市さまが居なくなっちゃった事。なんでも体調を崩してイカスルメルに一時帰星したそうなので。
「――いらっしゃいませ。一名さまですか。こちらすべて禁煙席となりますがよろしいですか。こちらの席にどうぞ」
「定型対応。冷たいキキねー、忙しい中こうして毎日通ってるってのにィ、キッキ」
「……おサルに慕われてもまったくトキメカないの! イヤだったらミショーさまと一緒に来店しなさいよ!」
「信長旦那は気がおかしくなるほどハラスメントで忙しいんでござる。こんな場末のコスパ最高の、現金取引しかしない店には来ないキキ」
「はいはい、うちはペーペー無いですよー。で、注文はナニすんのよ」
「おう! いつもので頼むっキ」
……このサルめぇ。だからバナナは無いって毎回いってるでしょう!
「はい。グラスワインの白とエスカルゴのオーブン焼きと、あとプチフォカッチャですね。少々お待ちくださいー」
「そ、そんな注文してないでごザルぅ」
ウルウルの涙目で訴えるから、ついガマンしてた笑いを解放しちゃう。これもわたしたちの日課だ。
「今晩はゴハン作りに行ったげるけど、そもそも家にいるの?」
「明日から京の都に向かうでござるが、それでも店には毎日通うつもりでキッキ」
出来もしないこと言うなっ。どこでもドアでもあるって言うの? ったく。
「出張ってコト? どれくらいの期間行くのよ?」
「寧々ちゃまー、寂しいでござるか? そーいや拙者、部将に取り立てられたんでござるよ? ホメて欲しいでキキよォ」
「アンタ、人の話聞いてる?」
「あ、えーと、出張期間は数か月くらいでする」
「フーン。……で部将? ってエライんだ? 部長くらい?」
「あ、え、えーと……、課長?」
課長? よく分かんないけど、島耕作みたいなカンジ?
「課長程度でイバっちゃダメ! だって藤吉郎はとっても優秀なんだもの、もっともっと活躍できちゃうって! わたし信じてる。誰よりも一番応援してるから! 思い切ってやっちゃいなよ!」
「ね、寧々ちゃまぁ!」
どさくさに紛れて胸に飛び込み、スリスリしだす藤吉郎。……う、ま、いいか。よしよし。
「じゃ、わたしアルバイト中だから」
「寧々ちゃま!」
「なによ」
「拙者、もうひとつ報告がござる! この度、拙者、藤吉郎あらため、秀吉を称してござる」
「秀吉?」
「……で、お願いでござる! 寧々ちゃまも、拙者と同じく《木下》の姓を名乗って欲しいのでござる!」
前代未聞! わたし、おサルさんにプロポーズされたわけ? ……ってのは考えすぎか。
「フーン? それって飼い主になってくれっていう話?」
「飼い主?」
そ、そーだった。藤吉郎、じゃなかった改め秀吉は、おサルさんの自覚が薄かったんだっけ。うーん、どーしょっかなぁ。イヌかネコは飼いたかったけど、まさかおサルを飼うなんて発想、無かったからなぁ。でもま、いっか。
「だ、ダメでござるか?」
「ううん、いーよ。分かった。アナタの小屋にエサやりに行くの、少しメンドーだったし、今日からうちに来なよ?」
「あ、いや。拙者新しく屋敷を建てたでござるから、そちらへ」
「えー、でもぉ、ドーブツ園なんてわたし住めないよ」
「動物園? ナニをイミ不明な?」
「違うの?」
「違うに決まっとりましょう」
バイトが終わったら見に行ってみよ。おサルさんの建てたお屋敷とやらを。
人とちょっと違う暮らしも面白いかもしれない。おサルをペットにしてる独身女。思った以上に刺激的かも。
「わたし今日限りでバイト辞める。秀吉に食べさせてもらうよ、いいよね? 出世頭さん?」
「おう、いいってコトよー! 寧々ちゃまぁ!」
――こうして、わたしの人生の新たな一歩は踏み出されたのでした。




