41話 お市サイド⑨ 吉乃さんへ(後編)
久々のリアルタイムお兄ちゃん声。もっと遠い存在に感じるのかと思ったのに。
忘れていた《わたしの日常》が戻って来た、そんな気がした。しかも「あっかんべー」付きで。背を向けようって頑張ってるのに、どーしてあなたはそんなにイジワルなの?! でもでも! それ以上に、なんでこんなに嬉しーのよォ!
……お兄ちゃん、やっぱいいな。
はぁあ。ふー。
しばしの悦楽。
なのにナガマサったら、イミなくお兄ちゃんにが突っかかっていっちゃって! アホチンッ! 急にハラハラしだした。ケンカなんて、して欲しくないからっ!
「いい加減にしなよっ、ナガマサ! そのへんで止めなさいっ」
『分かってるよ。ついカッカきちまった』
「早く吉乃さんを呼び出してよ」
上手く話を誘導して吉乃さんを呼び出して欲しかったの。オレに任せろなんてゆーものだから、つい頼っちゃったら、ホラ、何故かふたりがケンカを始めてるし。数パーセントくらい不安だったのが見通し甘かったぁ。
半ば諦めムード漂わせてたら、何と! 吉乃さんが登場した!
結果オーライってやつ? ヨカッタぁ。
そうこうするうちに人の出ていく音。ツイてることに、吉乃さんの方から「ナガマサとふたりで話がしたい」って言ってくれたので。渋々のお兄ちゃんと帰蝶ちゃんが退室したとうかがえた。
『市。いいか?』
あっ、ナガマサ。吉乃さんにわたしの存在がバレちゃうよ、いちいち問い合わせしないで。
『……お市ちゃん? わたしです。吉乃です』
「はあぁぁぁ?」
吉乃さん?!
なんでナガマサ、電話代わってんの?!
『わたし、うすうす気付いてました。長政さまが陰で遣り取りされておられるの』
「うう」
『お市ちゃん、どうか返事してください』
「……」
あまりに唐突だったんで、どーしていいか分かんない。
『……お市ちゃん』
「あ」
『……はい』
「あの」
『はい。ゆっくりでいいですよ』
なんでだろ? 鼻がヒクヒクする。目がジーンってする。
「わたし」
『……はい。……はい。どうしましたか』
「あ、あのね、わたし、吉乃さんは地味だって思うんだ」
『えー? そーですかぁ?』
「地味! 地味すぎ! だからさ、派手でバカバカしい服、プレゼントしたの!」
『それって、どうしてですか?』
うーん。口に出したくないよォ。……でも。
電話の向こうの吉乃さんは気が長いのか単に優しいのか、根気強くわたしの次の言葉を待っている。見えなくてもニコニコ顔が伝わってくる。
うう。
「あのさぁ、吉乃さんにはいつも楽しく元気で居て欲しいんだ。そうしたらお兄ちゃんだって嬉しいし楽しくなるでしょ?」
『ああっ。……そういうつもりだったんですね』
「し」
『し?』
息苦しい。胸が、痛い……。
でも。ちょっぴりだけ、嬉しい。
だって、考えようによっては、お兄ちゃんの笑顔を運んでくれた人だから、とってもいい人だって確信できたから。ちょっぴりだけ、そう思えるから。
だから。
さぁ、口を開け! わたし!
「幸せになってね! 吉乃さん!」
『……』
? 聞こえなかったかな? もっかい言うね。
「吉乃さん、おめでとう! お幸せにね!」
『……』
――アレ?
まさかの無反応? ……そんなー。
「ち、ちょっとぉ。ここはカンドーして『ありがとう』を連呼するところでしょー?」
『……』
「……あ」
ひぃぃぃぃ!
わたし、道化! ピエロってるぅ!
『オイ、市。オレだ!』
「オトコになってるぅ!」
『オレだ、オレ! ナガマサだ!』
「な、ナガマサ?」
『吉乃さんな、お前の臭いセリフにカンドーして言葉を詰まらせて泣いてるぞ』
はー……。
臭いは言わなくていい!
「と、とにかく良かったよ。じゃ、よろしく言っといて」
予定外だったけど、直接話できて結果的に良かったかも。
『あ、お市ちゃん!』
「ん? 吉乃さん?」
『わたしです、吉乃です。ありがとう、本当にありがとう、お市ちゃん』
「あ、今更ヤメて。恥ずかしーよ」
『お市ちゃん、イカスルメル星には帰ってなかったんですね?』
「うん。……って、うわ! たばかられた?!」
『そんなつもりじゃありませんが、まだ近くに居るんでしたら、帰ってあげてくださいな。お兄さんのところへ』
今度はわたしが沈黙する番のよう。考えがまとまらないんじゃなくって、返事すらしたくないだけ。吉乃さん。わたしって女のことをまったく分かってないよ。
「吉乃さん。わたし、いまイカスルメル星にいますから。ゼッタイに岐阜城には戻りません。そーゆーセリフは有難迷惑ですから」
『……お市ちゃん』
「じゃ、これで切りますね」
『お市ちゃん! わたし分かってますから!』
「……何を?」
『お市ちゃんのキモチを分かってて、その上で信長さまを愛していますから! これからはお市ちゃんに気兼ねはしませんから!』
吉乃さんはホントに良い人だ。
わたし、大負けだ。
今日こうして、この人とお話が出来て。
よかった。
「吉乃さん。わたし、あなたが大大大キライ! だから、わたしもしあわせ探しちゃるからね!」
『わたしはお市ちゃんが大大大スキです、だからずっと負けません』
「わたしもだ! 次は勝つから!」
『はい!』
離れたところでナガマサの男泣きする声が聞こえた。
もーっ。ウザイ!




