40話 信長サイド⑧ 吉乃さんへ(中編)
その夜、少々酒が入ったのもあり、一波乱生じた。
浅井長政の挑戦的な眼差しを受け、おもわず困惑したのである。なんでオマエ、いきなりケンカ腰なんだよ? と。
「前々から話したいと思ってたんすよ。信長殿には妹さんがいますよね?」
「あ? ああ。……いるよ?」
「名前は市。そーっすよね?」
「……ま、そーだが? それがどーした?」
オマエが持参したコスプレ衣装にうつつを抜かしていたから怒ってるのか? けどなんでここで唐突に妹の話を持ち出すんだ? 脈絡もなく。
――あ!
さては……!
「きさまっ! ウワサを聞いたんだな?! 京都で吉乃に会って、彼女ソックリだってウワサの我が妹にキョーミを持った……、恐らくそーゆーコトだな?!」
「……ナニ言ってんだ、アホかオマエ。ちげーよ。オレの聞きたいのは、妹を大切に思っているのかってゆーことだ。……で、その回答はどーなんすよ? 信長殿?」
「……」
「なんとか言って欲しいんだがね。それとももう、妹のコトはどーでもいいと?」
「……テメー。マジでやたらケンカ腰だなぁ。とりあえずその態度の理由を聞かせろや? それによってこっちの態度にも色つけんとならんからなー」
久々に緊張感のあるシーンに遭遇したぜ。この筋肉ダルマ相手に本気で勝てるとは思えんが、負ける気もしねぇ。腕の一本や二本折れられても構わん気分だしな。それほどカリカリ度が良い具合に高まってるってわけだ。
「はぁ理由? そーっすねぇ。ただ、妹さんが可哀想でないかって、気になって気になって。それだけだな」
「ほー。赤の他人のオマエに我が妹の心情を気にして頂いて大変恐縮だ。……あのな、言っとくが。ボクはな、アイツのコトを気にかけなかった日なんて一日たりとも無いんだよ!」
「だったら」
「だったら何だ? シスコンヤロウってか? だから、妹と似た娘を好きになったのかって言いたいんか?! そんなのは分かんねーよ! ただはっきりしてんのは、ボクはキツノンをホンキで愛してるってコトだ! それにモンクがあっか?!」
長政の眼光にまっすぐ対峙したボクは、コイツが何を言わんとしているのか正直測りかねながらも、ただ、自分の想いのありったけを吐き出した。そうしたかったからなのかも知れない。吐き出して、自身の心を整理したかったのだけなのかと。とにかく長政を使って鬱積していたモヤモヤを一気呵成に処分したいと念じてしまった。
「文句? あるぜ。聞くところによると、アンタの娘さん、行方不明なんだってな? それなのに、アンタは真剣に探そうともせず、毎日ノホホンと別の女と暮らしてる。そりゃいったいどーゆーこった? ずっと質問したかったんだよ」
「行方不明じゃない! いまアイツは故郷に帰ってんだ! 確かに少し構ってあげれてなかった時があったかも知れない。でもな、妹はテメーが言うような不満なんてこれっぽっちも抱えてねぇんだよ!」
高笑いするのか……と思いきや、長政はいきなりボクの襟首を掴み上げ、ギャーギャー怒鳴った。
「とにかくこれだけは言わせてもらう! アンタの想い上がった一人合点の気持ちが、どんだけ周りを混乱させているのか、アンタにとって大事な人が、どんだけ悩んでいるのか、よーく考えろや!」
「あー、分かった分かった。たいそうリッパな説教だ。さぞかし心を打ったよ。……でもな、今日はもうオナカいっぱいだ。……琵琶湖に帰れや」
「なんだと?」
「帰れっつってんだ!」
本気で腹が立ってきた。睨んでやるとさすがに長政は逆に冷静さを取り戻したのか、ボクから手をを離した。
「おーい。バカ殿同士ぃ。和ましてやろーかと、吉乃とふたりでコスプレにチャレンジしてやったぞー。よろこべ、よろこべー」
アイウォンチューなアイドル・帰蝶ちゃまと、清楚淫靡なセーラー服妊婦の吉乃が、ボクらの間に割り込んで来た。
「あ、あなたぁ。じゃなかった、ご主人サマ。ケンカはいけませんよ?」
ブッフウー!!
わが妻ながら鼻血ブーものなエロティックさを感じる。なんて健気、なんて素直。ボクらの「たあいない」ケンカを止めるためにそこまでしてくれたか!
いつの間にか長政は居住まいを正し、床にどっしりと胡坐をかいている。よーよーオマエ、その唐突な豹変ぶりは何なんだ? だが違ってた。ただフリーズしてるだけだ。オーイ、帰って来ーい。それとも前回に続いて今度はボクの方がビンタしてやるとしようか?
「あなた。長政さまを追い出さないでください。じつはこの御方にわたくし、話があるのです」
「話し?」
「はい。ちょっとの間で構いませんので、ふたりきりにして頂けませんか?」
「な、なんだと?」
ボクは思わず長政を見た。キヤツは鼻を押さえていた。
分かるがな。旦那としてはこんな無遠慮な野獣と二人きりにするなんて、不安だらけだぞ? いや、不安しかねぇぞ?




