35話 お市サイド⑦ 父と子と、それ以外
大きなお寺の一角、人目に付かないお堂内で改めてナガマサと向かい合った。彼、狭いところにムリヤリ身体を押し込んでるからかなり苦しそう。ろうそくの灯が近すぎて服に燃え移らないか心配になるくらいだよ。
「もう。はい、コレ使お。モバイルバッテリー型のLED電灯」
「市。オマエはいつも不便じゃない道具を持っているなぁ。まったく頼りないと思えないぞ」
「その、いっつも分かりにくいしゃべり方するの、ヤメてよ。あなたはさ、思ったコトを素直に口に出せばいいの。ホントはまっすぐで優しい性格の持ち主なんだから」
ううって唸ったナガマサは一瞬ほっぺたを緩めたけど、すぐに元通りの怖いカオに戻った。そうして、わたしの言葉を待ち構えるがこどく腕を組み始めたので、こっちもそんなつっけんどんな態度に少なからず反感を覚え、語気を強めた。
「華子さんの話、まだ途中だったよね? ちゃんとした説明、わたし聞いてないんだけど?」
ボールを投げつけられた、ナガマサ。
「その話ならもう終わった。これ以上、何の説明が居る?」
「はぁっ? ゼンゼン終わってないじゃない! ナガマサ、あなた、わたしに子供が居るってコト黙ってたんだよ? なんで正直に言ってくれなかったの? 結婚してたんだよね?」
「それは……」
「さいっていだよ! それにさ、肝心の華子さんのコトにしても、縁が切れたとか、もうカンケーないだとか、オトコとして、……うんん、人間として、サイッテーーーだ!」
口走ってから我に返る。ナガマサの反応をジッとうかがった。言い返せるものなら、言い返しなさいっ。
「市。なんでオマエ、そんなにムキになる? 実際オレたちはどういうカンケーなんだ? 市はいったいオレにとっての何様のつもりなんだ?」
……え?
「な、何様って」
「偉そうに説教するほどの仲なのか? オマエはオレに、何の言葉もくれてないじゃないか」
「な、ナガマサはっ。わ、わたしのコトを、……す、すきってゆったでしょっ? そ、それになのに、べ、別の女の人と……、そ、その、だ、だからっ」
「もう小谷に戻ってろ」
「え?」
「もしくは、信長の所に帰れ」
「!」
わたしの中の何かが急激に膨らみ、はげしく弾けた。
「だ、だって! ナガマサ、わたしのコトをスキってゆったもんっ!! それなのに、なんでそんなヒドイ言葉で仕打ちできんのよっ! さいってい、もう、ホント、さいってい! ナガマサなんて、大っ嫌い! お兄ちゃんより嫌い! ああ!」
「落ち着け、市!」
「黙っててよっ、もう何もしゃべんないでよっ!」
最低っ。オトコなんて、全員最低っ! みんなみんな、居なくなっちゃう方が世の中のためだ!
「御免!」
「謝んなっ! 許す気なんてサラサラないしっ!」
「お、オレじゃない。親父だ」
「久政じゃ。大声で女子が。教育が足りとらんぞ、長政」
なんですと?!
女が大声上げちゃダメってダレが決めたのよっ! 親子そろって何なのよっ!
「ピィピィ、わめくな。万福丸の親はワシじゃ」
「お、オヤジ?!」
……いま、なんて言ったの?
「あの女子に万福丸を生ませたのはワシだ。アヤツは長政の子ではなく、兄弟である」
「……き、兄弟……」
あ、アタマが追いつかないよ。
「浅井家にとって六角家は脅威でもあり、頼りにせざるを得ない相手じゃった。それに長政が奥手なばかりに跡取りも生まれず……」
「ペラペラしゃべんな、クソ親父! さっさとどっか失せやがれ」
「長政。ヌシはとことん人が良すぎる。この戦国の世を生き抜くには向いておらぬ」
「うるせぇよ!」
「今から手下を連れ、ワシは信長を強殺する。このままでは足利はヤツの傀儡になるだけじゃ」
「な、なんだと?」
刀を抜き放った久政さん、一歩踏み出しわたしに斬りかかった。
素早く護身刀を抜いたナガマサがそれを止め、足蹴りで跳ね退ける。お父さんの刀を叩き落とし、胸ぐらをつかんでお堂から追い出した。
「お、おぬし、実の父に向って……」
「なんで、市を斬ろうとした? 言ってみろ!」
「なっ」
「言えってんだ! あと、信長を殺すだと? どういう了見だ」
「浅井家は近い将来、織田家の足元に屈することになろう。オマエがそのような体たらくではな」
ナガマサがまた掴みかかろうとしたのを後ろから羽交い絞めして必死に抑える。
「浅井家は越前朝倉家に随分助けられたが、織田家はその朝倉家をないがしろにしているばかりか、浅井家に縁切りを迫っておる。じゃが、浅井は織田の臣下ではない。三河の徳川を見よ。ヤツはすっかり織田の下僕じゃ。オヌシは浅井があのような笑い者になっても平気じゃと申すか?」
ナガマサは唇を噛みしめ、「問題をすり替えるんじゃねぇ」と低く唸った。そして、お父さんに向かって、
「浅井家は絶対に織田家には屈せぬ。浅井家の存在を織田家に示すことが一番大事だろう」
と強い口調で告げた。お父さんはそんな息子をしばらく睨んでいたけど、あきらめたようにその場を去った。どこに潜んでいたのか、フラリと姿を現して彼の背にぞろぞろ付いて行く無言の集団が不気味だった。




