34話 お市サイド⑥ 来ちゃった。
「もしもし。ナガマサ。ねぇ……ナガマサ、聞いてる?」
『……ああ。聞こえてないなどということは無い』
「どーしてそんなにヒソヒソしゃべるの?」
『いま、ヒマでは無い状況なのだ。用なのか?」
冷たい言い草よね。出発前の《あの》出来事、忘れたとは言わさないんだから!
「用ね。大アリだよ。三秒待ったげるから、小谷城に飛んで帰って来て」
『ムチャ言うな。オレはいま京の都に居るんだぞ?』
「分かってるよ。じゃ、どーしても帰れないってんだ? ホントー、冷たいオトコ。いいよ。わたしがそっちに行くよ。んじゃ」
「はぁっ? いったいナニ言って……!」
ナガマサの言葉半ばで「プッ」と電話を切り、渡されたお膳を奥座敷の間に運ぶ。お目当ての地点で竹中半兵衛ちゃんと落ち合い、目配せ。コクリと無言の「オッケー」合図をもらい、そそくさと中に侵入。
一方の半兵衛ちゃんは妹たちと舞台の方へ。衆目の集まる中、今をときめくアイドルウーチューバーのショーが始まる。
無骨なオトコたちの大きくてひっくい歓声に紛れて、わたしはまっすぐ目標の人物に接近した。そして、岩山のような背中にツンツンする。
振り返ってわたしを見た瞬間のナガマサのカオ。もっと驚くのかと思ったのに、「ムスッ」と不機嫌そうに首を傾げた。……え? なんでよっ!
「吉乃殿か。何用でござる? ここはビジネスシーン。接待とか言う世にもツマラン仕事の真っ最中だ。アンタの旦那はホラ、白塗り将軍のとなりでオレ以上に不機嫌そうに愛想笑いしてんだろ? アンタの席はあっちだ」
「ちがーう! わたしは市! 織田のお市! 吉乃じゃないよォ! アホ! 見分けもつかないって、レベルお兄ちゃんクラスの最低ダメオトコ認定だよ! それに分かってるよ、あの上座で苦虫かみつぶしてんのは、久々の生お兄ちゃんってのはさ!」
そしたらナガマサ、しばらくボーゼンと固まってから我に返り、「まごうことなき市なのか?!」と、絶叫しかけたのを、あわてて自分で大口を押さえて、じろじろ視認した。だからそー言ってんじゃん。ムリやり宴会場から彼を引っ張り出したわたしは、せっつくように質問した。
「華子さんをどこに隠したのっ? 白状してよね! ナガマサが犯人だって知ってんだからね、わたし!」
「華子? 華子がどうかしたか? それよりオマエ、わざわざ小谷から京までやって来たのか?」
「居なくなっちゃったの! 万福丸を残して、どこかに行っちゃったの! ナガマサがどっかにやっちゃったって言ってんだからね! 犯人はあなたなんだからね!」
「犯人犯人って、ち、ちょっと待て! 白じゃ無いって、なんで言い切れんだ? というか、ダレがオレの仕業だって言ってんだ?!」
「わたしだよ! わたしがナガマサが犯人だって言ってんの! だってあなた、犯罪者だもん。子供まで産ませといて、用済みになったらポイするサイテーオトコなんだもん。酷すぎだよ。アクマだよ。鬼だよ。地獄行きだよ! 女の敵だよっ!」
通りかかった給仕の人がジロジロ見てくるのを気にしてか、ナガマサはわたしの口をムリヤリふさごうとした。そうはいかないもん! スルリとそれをかわす。
「……そんなコトを黙らないようにするために、わざわざ京まで? 兄貴とニアミスするのを覚悟で? ……オマエって女は……」
「なによう。わたしはちゃんとナガマサには詫びてもらって、あの人と真剣に向き合って欲しいのよー!」
「あの人?」
「だからぁ! 華子さんと!」
ナガマサ、額に手を当てて、眉をゆがめた。会話を躊躇してしまうくらい相当怖いカオして。そんな彼の様子に、わたしは、すごくイヤな気持ちになった。何か言い過ぎたのかな? って後悔した。
「……市。今夜、もう一度訪ねてこい。妙覚寺って寺だ。ここからは北の方角だ。この木札を持ってたら番士にも見とがめられずに門をくぐれる。そこで話しよう」
手のひらサイズの板片を押し付けたナガマサは足早に宴会場に戻っていった。入れ替わって半兵衛ちゃんが横に付いた。
「半兵衛ちゃんはいい汗かいてるね」
「あ、有難うございます。おかげさまで《チームTAKE-NAKA》大盛況でした。市さまの方は首尾よくナガマサさまと話しできましたか?」
カワイカッコイイ、素敵なユニットなのに、名前がちょっと……。なんて言えない。
「――うん。あなたと藤吉郎が便宜を図ってくれたからナガマサに会えたよ。こっちこそ、ムリ言っちゃったね、本当にアリガトウ」
「いえいえ、そんな。……ところで市さま、そろそろ休憩時間が終わりますが、このままもうここから抜け出しますか?」
「うーんと。ウウン。ちょっぴりだけ労働するよ」
「そ、そうですか。くれぐれも織田家の方々にバレないようにしてくださいよ?」
給仕のアルバイト名目で潜り込んでたし。せっかくなのでこの状況を利用したい。じっさい生活もあるし。
「ナガマサから慰謝料とるまで頑張るよ!」
「慰謝料! いや。それはどーなんでしょう」
「いーの! そーなの!」
でもホントはね。
正直に言うと、久しぶりに、お兄ちゃん成分を補給したいなぁって思ったの! 遠くからコソッと覗き見するだけしかできないだろうけど。
そんなのさ、半兵衛ちゃんには言えないでしょ? なんか恥ずかしいしね。そんなコトでわざわざ京まで? とか言われちゃったらサイアクだし。
未練?
違う、違う! そんなんじゃないからっ。ただちょっと眺めたかっただけだからっ。それにそれが、京に来たかった一番の理由じゃないからねっ!
――この日わたしは結局、織田家からお給金として現代の価値に換算して約一万円の収入を得た。ごっつあんです。でも疲れたよー。




