32話 お市サイド④ 小谷城本丸の直上にて
お兄ちゃんのウーチューバー更新動画を眺めてたら、竹中の半兵衛ちゃんが後ろからしがみ付いてきた。
「危ないですよおっ、お市さまっ! こんなところでゴロゴロしちゃって。落っこちたらどーするんですかっ?」
「わっ、わたし? ゼンゼンヘーキだよ? バカと煙突は高いところが好きって言うでしょ?」
危ないって言うより怖いんだね? 半兵衛ちゃんは。だって足元がブルブル震えちゃってるよ?
「正直に打ち明けますが、わたしは高いところが苦手なんです! なんでこんな、お城の屋根なんかに登ってんですか……。いえ、それよりも。自分を卑下する発言はヤメてください!」
「半兵衛ちゃんさー。藤吉郎に言われてわたしに付き合ってんの? だったら別に構うことなんて無いんだよ? わたしさー、今までの人生で一番自分がキライになっちゃってるタイミングだからぁ、すごーく投げやりなの。それに比べてお兄ちゃんはさ、とってもキラキラしまくってるじゃない? 《飛ぶ鳥落ちる勢い》ってまさにこのコトだよね」
「いえ、それを言うなら《飛ぶ鳥を落とす勢い》です。……あ、いえ、そんなのはどーでも良くって。お市さま、もう信長さまの動画は見ない方がいいです。お市さまはお市さまなんですから。比べる理由なんてどこにもありませんし、その必要もありません」
雲間からお陽さまがゆっくりとカオをのぞかせた。もー、暑いんだから出てこなくってもいいのに。なんだかイジワルされた気分になっちゃった。そんな精神状態なもんだから、半兵衛ちゃんのせっかくの慰めもイライラ要因の一つに加えられたに過ぎなくなって。怯える彼女をわざと突き放して、屋根の棟沿いに歩いてった。
「わーん! お市さまぁ!」
「半兵衛ちゃん。わたしさ、前に使ってたスマホ、お兄ちゃんの宛先入りの。捨てらんないんだけど、コレってヘンかな? やっぱ捨てちゃった方がいいと思う?」
「それより! それより! 戻ってきてくださいよーっ。ふぇーん!」
「おおきく振りかぶって。ピッチャーの市、第一球を……」
当のスマホ。本当に投げる寸前で。投げようとはして。投げられずに。結局、さも大事そうに元のフトコロにしまった。
「いーちーさーまあぁぁー」
「ねぇ。岐阜城ってどっちの方角? 琵琶湖の反対側だよね? えーと、こっちかなー?」
「戻ってくださぁぁい」
ここ小谷城からお兄ちゃんの住む岐阜城まで約五十キロメートルほどあるそうだけども、わたしがここからナガマサの悪事を叫んだら大急ぎで駆け付けてくれるでしょうか?
半兵衛ちゃんがふたたび抱きついて来た。もう足だけじゃなくって腰までガクガクに震わせている。今度はわたしの方からも抱き締め返した。
「半兵衛ちゃん。ナガマサさ、妻子持ちだったんだよ。ヒドイでしょ?」
「お会いになられたんですね? 万福丸殿に?」
「……知ってたんだ?」
どうして黙ってたのかって聞く前に、彼女の方から理由を話し出した。わたしが鬱な原因を察したらしい。
「華子殿はもうとっくの昔に離縁されてます。小谷城には立ち入れないはずです」
わたしは半兵衛ちゃんに抱きついたまま、悲鳴付きで、鐘丸とか呼んでる二階建ての本丸屋敷の屋根から飛び降りた。騒ぎ立てる浅井のご家来さんたちを尻目に桜馬場の横を半兵衛ちゃんと共に走り抜け、番所まで来たところでさすがに止められた。
「華子さんのお屋敷はどこ?」
番士のお侍らは知らないって返事。
「この時代って長男生んだら即勝ち組じゃないの? なんでみんな華子さんに無関心なの?」
「御方なら麓の寺ですよ。いったん敵方とみなされたら惨めなものなんです」
半兵衛ちゃん、息を上げながら教えてくれた。……敵方?




