30話 信長サイド③ 京都上洛新婚旅行(前編)
六角さんから奪い取った箕作城に腰を据え、周辺の抵抗勢力の一掃を図ろうとしたボクは、その面倒くさい仕事を勝家にぜーんぶ丸投げした。
「ここが死に場所と心得ろ!」
「ははぁっ。仰せのままに」
「……じ、冗談なんだけど」
「ははあぁっ! 命に代えて仰せを遂行いたしまする! この勝家、ここを死に場所と定め、死ぬ所存でする! ううっ!」
「聞けよ! 泣くなよ! 大声出すなよ! 悪かったよ!」
――さて。新婚旅行の続きだ。細川藤孝が、白塗りの足利将軍を連れてくる前に少しでも甘々イチャイチャ新婚っぷりを味わっとかなきゃ。
「おーい吉乃。帰ったゾ」
「お帰りなさいませ、ご主人さま」
うむ。嬉しい。……その和装で三つ指つくの、中年オヤジ垂涎の究極シチュだよな。まったく男心をよく心得てる。《オカエリナサイマセ・ゴシュジンサマ》なんてセリフ、ダレの入れ知恵なんだ? こんなのメイド喫茶か某国の飲み屋でしか聞かんぞ? マジ興奮して全身震えが止まらんわ!
「サルッ! サルッ! どこだ?! 直ぐ来い! 直ちに来い! 全力で来い!」
「うきーぃ! なんでっしゃろ? まだ昼飯の最中なんすが?」
「サル。いったんバナナを置いて聞け。オマエが吉乃を教育したのか?」
「《旦那さま》より《ご主人さま》の方が喜ばれると申しただけですが。うき?」
うむ。ツボにはまった答え。人間でないのが残念だ、でかした!
「信長さま、また何かお気に障りましたか? わたしのせいでいつも申し訳ございません!」
「へ? いやいや、吉乃、オマエ何を謝ってんだ? カン違いだぞ? これでも心底喜んでんだからな、ボクは。それよりもだ、ぼちぼち本格的に新婚旅行を楽しむとしような」
「新婚旅行……ええ。はい」
「じゃなくって。『おーっ』だ」
「……お、おー」
「もっと元気に、『おーっ!』」
「……っふ。はっはい」
「おーっ!」
「おーっ」
頬を染めつつ必死にボクに合わせる吉乃。実に可愛いな。
「もっかーい! 新婚旅行、やったんぜい!」
「お~う!! や、やったんぜー」
吉乃、笑顔で拳を高々上げた。やっとノッテくれたか。
いつの間に来訪してたのか、細川藤孝が仰々しくお膳を運んであらわれた。聞けばボクたちのお祝いだと言う。なかなかのお気遣いである。
「琵琶湖でとれた新鮮な魚を調理しました。お口に合いますかどうか」
琵琶湖の新鮮な魚かぁ、こりゃ期待できるかな……って、? え?
「うっ!」
クッサ! オウエッ!?
なんか酸っぱい!?
なんっ! じゃあぁぁぁ、コリャー!! こんなモン、食わせよーってか! ボクをバカにしやがって! 死にたいんかっ! 死にたいんだなっ! じゃあ、一歩前に出ろや! フジタカぁ!
「藤孝!! オドリャア、なんちゅうもん出してくれてけつかんねん! この魚腐ってるんちがうか! オオ?」
関西弁で《丁寧に、念入りに》叱る。
いつも白塗りに振り回されて気の毒に、なんて思っていたが、それとこれとは別だ。ボクは藤孝の首根っこを掴んで人気の無い所に連れて行った。
「ええ確かにクセのある匂いがする魚ですな。しかしこれは、《鮒寿司》と申しまして、何年も発酵させた、当地近江の名物でございますれば」
「発酵? やっぱ、腐ってんじゃねーのかよ! それともヨーグルトか納豆と同系だとでも言うのか」
ある有名芸能人の息子が救急車で運ばれたとかどーとかテレビで言ってたが、どーもそれと同じ代物らしい。あくまですまし顔を通す藤孝を締め上げてたら、横から明智光秀が止めに入った。
「殿っ! ご乱心召さるるなっ!」
「ジャマすんな、どけっ!」
つい優しく足蹴りしたら光秀は吹っ飛んで欄干の角に頭をぶつけた。「はうん」と面白い悲鳴を上げたので、申し訳ないがつい調子に乗ってその頭を再度欄干にグリグリと押し付けてやった。
「あううんっ」
数人の家臣にどう見られたかわからないが、なんとかそれで気が済んだ。
吉乃のところに戻ると、えっ? 食べてる? 腐り寿司を? 大丈夫なの?
「ええ。まるで梅干しみたいにすっぱくて。クセになる感じです。お茶漬けに合いそうですよ? はい、あなた様も。どーぞ?」
これがウワサの「あーん」か! 震えるぜ!
勇気を出して食べてみる。
「酸っぱいぞ。……でもお茶漬けだと? なるほど。……こりゃいけそうだな」
藤孝と光秀め。ボク、本気でイヤガラセされたと思っちゃった。
二人に悪いことしたな。でも謝るの、苦手なんだよな。




