29話 織田お市サイド③ ジェラシーストーム。心の貧しい女だね、わたし。
「市っ! 頻繁にブルブルすなっ!」
ムーッ。だってさー。音鳴らしたら周りに気付かれちゃうじゃん? だから設定したんだよ? バイブ機能。
「おかげでお前の兄貴にナイスガイじゃないと思われたぞ!」
「送る相手がナガマサしかいないんだから仕方ないんだもん!」
「オレ以外の登録者はすべて葬り去ってやったからな」
ゆってるだけですよー、みなさーん。他に登録者なんていないからねー? ナガマサは案外内気で気弱だからぁ……。
「だからぁ、ブルブルすなっって!」
ね? 怒んないでしょ? 逆に若干ウレシそうだったりして。実はでしょ? でしょ?
「嬉しくないことこの上なし!」
呆れたって言い残して大股で行っちゃった? ちょっと待ってよー。また独りぼっちにするの?
留守番ってホントーに辛いんだよねー。お兄ちゃんもしょっちゅうお出掛けしてたからさー、ヒマヒマすぎていっつも死にかけてたよー?
――ってスネ気味になったら、またドスドスって振動! 帰って来た。
「市っ! 呼び出しだ! 将軍に随行して京の都に行ってくる。今度は十日は帰ってこれんぞ」
「はーい。いってらっしゃーい。二度と戻ってこなくてもいーからねー」
「歓喜できんわ! んなコト申すな! 胸に穴が開いちまう!」
なんかゆってるー。ムシしたわたし、庭に出て塀によじ登って織田軍を探した。
「おーい。市は元気だよーっ! お兄ちぁぁぁゃん! 織田方の人、ダレかお兄ちゃんを呼んでくれませんかーっ」
「うわあ! 冗談でも止めてくれーっ!」
そ。冗談。じっさい織田軍は小谷にはいないんだよ?
もっとずーっと南の方で将軍さんが合流してくんのを待ってんだって。ナガマサは「将軍を護衛します」なーんて口実をこじつけて、小谷の町に一時帰宅したところ。
なんで詳しいのかってったら、ぜーんぶスマホから得た情報なの。ウーチューブ見てたらお兄ちゃんの行動がほぼリアルタイムで追えるんだもん。
今も毎日更新してるんだなぁって思う。わたしが居なくても全然ヘーキで頑張ってるよね。
「ナガマサー」
「おぉ?」
横目でナガマサの立ち位置をカクニンしてと。あーオロオロしてるしてる。ニンマリ笑ってジャーンプ! 見事に両腕でキャッチしてもらった。すっごい太い腕で重さ感じてないみたい。まったく感心だよ。
「……ナガマサー。わたしがここに居るコト、お兄ちゃんにはぜったいナイショにしててね?」
「バレるなんて、こちらが願い下げだ」
「わたし、そろそろ本気でイカスルメル星に帰りたいんだけど?」
「それこそまさに願い下げだ」
「どーしてよー? わたしみたいなこんな役立たずのお荷物、預かってるだけで損だよー? わたしですらそー思ってるんだよ? ナガマサ、鈍感すぎんじゃない? きっと身体が大きいから細かいところに神経が届かなくなってるんだよ? きっとそーだよ?」
抱えていたわたしを地面に下ろしたナガマサは、「ゴチッ」といきなりわたしの頭をこづいた。
「うぎゃ」
な、な、な、なにするだー?! アホなのー?!
「役立たずとか聞かせるな」
じゃ耳ふさいどけば? ムッとして無言のゼスチャーでアピる。
「耳をふさぐなよ? オレはオマエのことはブ〇女とは思ってない」
「そりゃどーも。んじゃなんて思ってるの?」
「あ。いや。そのな。キライじゃないヤツだと思ってる」
「キライじゃない……? よーするに、ナニ?」
デッカイなりの男の人が小っちゃくなって真っ赤になってる。……照れんなよー。わたしもヘンな気分になるじゃんか。
「あー。その、アレだ。……す、スキだ」
「は……そ、……えーと。……割とあっさり言っちゃうんだ、そーゆーコト」
こっちもやりにくくなっちゃったよー。自業自得ってもんだけど。
「市が織田軍の動きを報告してくれたから、迅速に参陣できた。市のおかげだ。だからこれからは役立たずなんて言って自分を卑下するな。自信持て。オレにはオマエが必要なんだ」
カオを手で覆い隠したナガマサ。ドカドカと大きな音を立ててまたまたどっか行っちゃった。ちょっとォ、自己完結しないでよーっ。
「もーっ」
「……――あのう。市さまぁ?」
廊下の曲がり角からひょっこり覗いている女の子。実はさっきから気付いてて気になってたんだけど……ヘンなとこ見られちゃったね。
「今日も半兵衛ちゃんなんだ?」
「は。藤吉郎殿はあれでも近頃めっぽう忙しくなられて。もはや動物の域を超えています。お市さまにはとても会いたがってましたが」
織田家の人が将軍のお迎えに加わってて、小谷に立ち寄ってるのは聞いてた。でも藤吉郎って思ってたから違ってて少し驚いちゃった。
「へぇ。藤吉郎も大活躍してるんだね。そーいや寧々ちゃんとはあれからどうなの?」
「すっかり手なずけられています」
「へー……手なずけ……」
言い得て妙だ。そもそも飼いザルだったしね。
「コレ、どーぞ。ご依頼の物です」
半兵衛ちゃんが届けてくれたのは前に使ってたスマホ。ほとぼりが冷めるのを待って持ち出してくれたんだ。アドレスとか写真データ、移したかったんだよね、だからお願いしてたの。
「GPS機能、散々試してましたよ、信長殿。でも岐阜城に置き忘れて行ってんのを知って、ずーっとうらめしそうにボンヤリそれを眺めてました」
「……そう」
「置き手紙の件は覚えてますか?」
「置き手紙? 覚えてなーい」
「『自分探しの旅に出ます。お土産はフランスパンです』市さまの手紙の内容です。城中片っ端から読み聞かされて全員丸暗記してますよ。もういい加減、旅は終わりにしたらどうですか?」
笑い誤魔化すしかない。
「覚えてないなー、正直。あのときは高熱で意識朦朧だったし」
それはホントウ。自分探しも実はホントウ。でもなにか口実作って逃げたかったのも……。
「いっそ、お兄ちゃんのオトモダチ登録を削除すれば!」
……。
……で、できない。
「せ、せめてブロックを!」
……。
……なんで? なんで出来ないの―っ!!
魔法にかかったみたいに指がブルブル震えちまうよー! 激しく呪いだよー!
旧のスマホ、存在感スゴすぎる! アホッ、バカッ、オタンチ! 向こう行けぇ!
「あー。気晴らしだ―、町に行く!」
「あ。そ、それじゃあ、わたしも同行します。いついかなるところで危ない目に遭うか分かりませんから」
藤吉郎の教育の成果? とってもいい子だねー、半兵衛ちゃん。
「あーっ! おんなー! 人質のおんなー! 黙って屋敷を抜け出そうとしてるー!」
玄関出たところで男の子と鉢合わせ。おんなって言うな―! ダレよアンタ!
「こらーダメでしょ? 万福丸」
万福丸? 庶民ぽくない名前だねぇ? 多分ええところの御曹司? お母さんらしき、キレイな着物を着た若い女性が走り寄って男の子を抱きしめた。そしてわたしを見るなり、
「あら? あなたがウワサの大食い女さん? 申し遅れましたがわたくし、《浅井長政の妻》、華子と申します。そしてこの子は長政の子、万福丸です。お見知りおきを」
「へっ?」
そこへホント絶妙のタイミングでナガマサが。
「市? なんでこんなところに……」
「父上ーっ!」
「おわっ。万福丸!? オマエもどうしてここに?!」
嬉しそうでいて、引きつったナガマサのカオ。
……。
いったい、どーゆーコト、なのかなぁ! ナーガーマーサぁ?




