28話 織田信長サイド② ところで観音寺城って寺なの? 城なの? って市が聞いてきそう
上洛の出発に先立ち、浅井の長政くんからは全面協力してくれる旨の手紙が届いていたが、六角承禎ってゆーオッサンからは何の返事もなかった。
「ただの筆不精なんでしょう、きっと」
「てか、同意、同意。恐らくサプライズで大歓迎パーティを企画してくれてますって、きっと」
「知らんけど」
「てか、知らんけど」
林ィィィ。佐久間ァァァ。テメーら!
イライライライライラ!
筆不精? あげくにサプライズパーティだとぉ?
んなワケあるかぁ! ボケッ!
家臣共、特に林や佐久間の楽観主義には毎度アタマが下がりまくるわ! 現に、細川藤孝くんからの手紙によると、「六角が信長の暗殺計画を立ててるよ」なーんて書いてあったからな。そうらしいからな。丹羽くんがそう書いてありますって言ってたからな。
のこのこ出向いてったら、それこそ大歓迎・皆殺しパーティの主賓にされちまうって!
「殿? いかがなされました? 殿も同意でしょ?」
「ああ、そうだな。それじゃボクもかくし芸を考えとかなくちゃな。……って何でやねん!」
「ツマンネー」
「……てか、しらー」
……アレ? スベった? って「しらー」って。口にまで出すな!
ここで市がいてくれれば、例えばすかさず「お兄ちゃん、ツッコミうま下手ーい」なーんてホメてフォローしてくれて、場が盛り上がるのに。そうすりゃボクだって気分が晴れ晴れするのに。
調子狂うな。
「御免!!」
うん? ああ藤孝のおっさんか。足利義昭・白塗り将軍のお使いだろ? 毎日毎日大変だよなあ。
「義昭公からの書状でござる」
「知ってるよ」
読む必要ない。もうウンザリだ。毎日よく同じ文面が書けるなぁって感心するよ。
「出発は、いつからか?」
「だから、読むなって」
「は?」
「いや、独り言だ。優秀な部下を観音寺城の偵察に向かわせてる。状況次第で日取りを決めるからって返事しといてくれる?」
「解りました」
昨日も同じ会話をした気がするが、明らかにしたが、いいや。藤孝のおっさんも大変なんだろ。
「ウッキー!」
「おおっサル。どうだった」
「六角の連中は武装してござるキキ」
「ほお?」
「兵を和田山城と箕作城と観音寺城に三分割してるキキ。観音寺城に千人、和田山城が六千人、箕作城は二千人というところで」
「えらく冴えてるが、どうやって調べた? って答えんでいい。サルの軍団作戦だな。でかした。下がっていいぞ」
「はいっ、実はサルの軍団……って、言っちゃわないで良いんですかぁ。……チッ」
チッとか言うんじゃない。
――《サルの軍団作戦》とは、山猿(※藤吉郎は《誇り高き山の民》って言い張ってる)に、やっすいバナナ与えて協力してもらって敵を攪乱、教唆扇動などを行う、藤吉郎ご自慢の得意戦法……だそうだが。稲葉山城攻略の折りの成功体験に味をしめて、毎回この手段を使いやがる。かなーり調子に乗ってる。
「藤吉郎。でもね。油断大敵火の用心だよ?」
なーんて市ならうまくたしなめてくれるんだが。
ぐうう。なんかハラ立ってくるな。
よし。つぶそ。八尺さま。ごめん、間違った。六角さま!
「サルよ。まずは柴田の権六勝家およびに森可成に伝えろ。和田山城を落とせってな」
「はっ。御意!」
「待て早まるな、まだある。六角の本拠地、観音寺城表には稲葉一徹を配置し、厳重警戒に当たらせよ。それとな、佐久間信盛と滝川一益、そして丹羽くんとお前らサル軍団は、ボクの本隊とともに箕作城を攻めるとしよう。あとは浅井のニイチャンにもちゃんと援軍要請しとけよ」
「まるで別人のような指示命令、まったく面白味ゼロでござるな、キキ」
黙れ。こっちだって調子狂いまくってんだよ。したい事と正反対の行動を取っちまうんだ!
「おいっ、我が同志! 信長旦那の命令だ! 活躍すれば今日はドールのプレミアムバナナも夢じゃないぞ! 骨身を惜しむなー」
「ウッキー!」
おわっ! サルが一斉に群がり出た! いままで何処に隠れてやがった?!
「浅井長政。ここに見参」
「わっ! 秒速で駆け付けやがったな。いや、ご苦労さんだなあ!」
「ヘタレ兄貴……もとい! 信長殿のためなら火の中、水の中……げほげほ。」
「そうだったなお前、たいそう口下手だったよなぁ? 別にいいぞ、まったく気にしやしないぞー? 機嫌の良い時限定だけどな?」
長政くん、返し言葉に詰まって滝の汗をかき出した。だいぶムリしてやがるな。和まそうと思ってわざと言ってるだけだよ、そー緊張するなって。
こんな時に市が居たら、上手いツッコミで一気に空気を柔らかにしてくれるのに……。
「あー。市が居てくれたらなぁ」
「は?」
「いや、市だよ。早く帰ってきて欲しいんだがな」
「お市殿……。ブ〇女がトンズラでも? ……あ、なんもないっす!」
「オマエ、いまなんつった? 〇タ女?」
フルフル首を振る長政くん。
が、急に胸元を押さえ。
「おわっ! はうっ! ……あ、いや! なんもないっす!」
「ヘンな声出すなよー。市が現れたかと思ったじゃないかー。こんなところに居るわけ無いのにさ。つい探しちまうんだ。アイツはいま故郷のイカスルメル星に帰っててさ。いやはや、ちょーかわいーんだぞ? 長政くんにも会わせてあげたかったよ」
「あ、い、いや……。――おっ!?」
またもや胸元に手をやる。あー? 心臓発作かぁ? それとも携帯のバイブかぁ?
「どーした? さては浮気相手から着信でもあったか? なーんてな。戦国人のオマエが携帯なんて持ってるワケねーか。あ、これは独り言だ、気にすんな」
「はうっ! はうはうはうっ」
「だから。そんなにキョドるなよ。どーした? やましいことでもあるのかよー?」
「はうーん!」
「そーだ。ついでに長政くんの小谷城に寄ってあげるよ。琵琶湖が一望できるんでしょ? 吉乃もスゴク喜ぶと思うし」
わーっと喚き声をあげて長政くんがひっくり返った。まさに奇怪なり。
「う、う、うちゃ、その、あの、根っからのゴミ屋敷だ。臭くて入れたモンじゃねえっすわ。死にたかったら死ねばいいけど、止めとけや」
……。呆然自失。
「あ、あぁ。分かったよ、止めとくよ」
いいヤツなんだろうが、ザンネンな事に言語での意思疎通が苦手らしい。いいぞ、ムリにしゃべらなくていい。人間色々だ。
「殿。箕作城に到着です。そろそろ我に返ってください」
「わーってるよ、丹羽ちゃん」
「ちゃん?」
「丹羽くんでした」
と眼前に、うっそうとした山みたいな箕作城が出現した。
「よーし、はじめちゃろーか!!」
藤吉郎が統率するサル軍団をはじめ、丹羽くんと滝川一益が戦闘の火蓋を切る。目指す箕作城の城門は森の中をさまよい行かなければならなかったので、想定以上に疲労困憊する戦いになった。
「陽が落ちましたが」
「このまま夜襲を敢行しよう。ありったけ松明を持ってこい」
敵はまさか間髪入れずに攻め寄せるとは思ってなかったようだ。深夜遅くには箕作城は落ち、その後まもなくして和田山城と、主城の観音寺城も落城したとの報せが入った。
箕作城の苦戦を見てまず和田山城の兵が離散、次いで観音寺城も和田山城の狼狽ぶりを見て抵抗を諦めた。六角承禎とその息子の義治は、早々に甲賀方面に逃亡したらしい。
疲れ切ったボクらは、足軽兵らと肩を並べて箕作城に入り、そこで仮眠をとることにした。ボコスコに叩きのめされた敵兵らがそこここに転がっている。
「介抱してやれ」
本陣に加わっていた安藤社長が「祝勝会しよう」と張り切り出したが、頼むから今日だけはヤメテくれ。




