25話 織田市サイド① 腹が減ったら百勝する
「まったく〇タのように良く喰う女だ」
となりの部屋でしゃべってるからって、ちゃんと聞こえてるよー(怒怒っ)。だってオナカ、メッチャクッチャ減ってんだもん、仕方ないよね!
――どうやらわたし、かくれんぼしてたはずが、そのままシンドクなって寝ちゃってて。……寝てる間に、この琵琶湖のほとりの《小谷城》って所に連れてこられたみたい。
……にしてもこの御香々(おこうこう)、ポリポリ感ハンパないぃ、超おいしぃよォ。炊き立てごはんも、それにお味噌汁だって、サイコーだよォ。
京の都に近いからかなぁ、薄口なんだけど尾張や美濃には無い味だぁ! うむうむ、これはこれでメッチャいい!
「オイ、女! たっぷり喰ったら、つぎは風呂入れよな。臭くて汚い身体をしっかり洗いやがれ」
「臭い、かな、わたし?」
「んなワケあるか、ブ〇女!」
「じゃあ汚い?」
「んなワケあるか、〇タ女! そら、これも喰え、たんと喰え」
「……ありがとう。キミ、名前は?」
「得体の知れんブ〇女に名乗る名は無い!」
「フゥン。わたしは市。織田市だよ? これで得体は知れたよね?」
さっきからわたしのお膳の前で胡坐をかいて《ののしって》来る男の人。森のクマさん(=勝家のコトだよ)みたいにおっきな身体なのに、窮屈そうに必死に縮めてサイズ違いの着物に合わせてる。可哀そうに思えるくらい。
「お市……? あ、お市? お市! ア、アンタ、お市さまか!?」
「はん? ウン、そーだよ? 市だよ。はぐはぐ」
《おっきな人・仮称ビックマン》さんは、ギチギチな服にジャマされながら大急ぎの様子で部屋から出て行っちゃった。……ウーン。イミ分かんない。気にせず食事を終わらせて、お風呂に入らせてもらう。だって勧められたしね。遠慮なしってコトで。
「あー。ほわほわしたー」
さっぱり気分でさっきのお部屋に戻ったら、ちゃあんとお布団が敷いてあって。
「うっわあ、温泉りょかーん! わーいっ! お布団サイコーっ!」
ゴロゴロゴローッ!
「テレビっ、テレビっ……」
ザンネンっ! あるわけない!
「ちぇーっ。そりゃあ、無いよねぇ。旅館じゃないもんねぇ」
あと若干の不満は景色かなぁ。このお部屋からはお庭と山すそしか見えなーい!
「……市さま? 市さまですよね?」
「はん? ダレ? そこにいるの? 入って来たら?」
「お邪魔します。竹中半兵衛です」
竹中半兵衛ちゃん? あーあの《TAKE-NAKA》だ?! お兄ちゃんのライバルウーチューバーの! 遠慮がちにちょびっとだけ、ふすまが開いた。
「……市さま、どうしてここに?」
「さあ? 理解不能なんだけど、きっと神さまの計らいなんだよ。わたしの日ごろのご愛顧に感謝してくれたんだよ」
「……おっしゃってるコトが半分くらいしか頭に入ってきませんが、ナルホドですね。つまり、現在はご機嫌麗しいのですか。それなら良いのですが」
「藤吉郎の差し金でここに?」
「いえ。小谷城の浅井長政にあいさつにお伺いしたのです。そしたら廊下でたまたま浴衣姿のお市さまを見かけたもので……」
半兵衛ちゃん、カワイイ顔してなかなか観察眼鋭いね、他勢力の城中ジロジロ眺めてたんだね? 女子供に至るまで余すことなくガン見だね? 危ない橋でも叩きまくって渡るよねー。何でも自分の物にしちゃおうってするんだからぁ。お兄ちゃんとか藤吉郎に近づいたのも、その性格のせいじゃないの?
「わたしに妙な人格与えないでくださいっ。ここはお城とはいっても城下の清水谷。浅井のお屋敷です。同盟を結んだからっと言ってシャッシャとお城になんか入れてくれるもんですか」
「はーん。そーなんだー。琵琶湖が見えないって思ったら、ここ麓だったんだ」
「それより! 早く帰りませんと! 織田のみなさん騒いでましたよ!?」
まーねー。家出になるよね、コレって。
「半兵衛ちゃん、お願いがあります!」
「は、はい。何ですか?」
「わたしさ、いったんイカスルメル星に帰るよ。おばあちゃんに久しぶりに会いたいし、それに」
――お兄ちゃんには、今は会いたくないし。
「はあっ? イカスルメルに、ですか?」
「うん。みんなに言っといて。市は元気だよーって。気が向いたらまた戻りますわーって」
「はい。つまり家出ではないと? ただの里帰りだと?」
「そーしといて」
「あと、銀河航空のチケットを手配しとけば良いんですね?」
「なるべく早くね」
「は。……立て替え払いしときます。ゼッタイに返してくださいよ?」
「倍返しするから」
「それは結構です」
半兵衛ちゃん、行っちゃった。去り際良すぎ。急に独りにされてテンション地面に着いちゃったよ。
「女!」
「今度はダレ? 長政?」
ガッ! ってふすまが開いた。
「女! なんでオレの名が分かった?! ビックリして刀ブッ刺しそうになったぞ!」
「やっぱしキミ、長政なんだね。こんにちは、浅井長政くん」
「お、おう」
カオ赤い。照れてるー。
「ゴハン、おいしかったぁ! それにね、お風呂とっても温まれたよ。アリガトね!」
「お、おう! こっちこそ、クソマズ飯で大喜びする女に会えたぜ」
「長政」
「お、おう?」
「……でもね。女の子の部屋にノック無しで入ったら、相手に嫌われちゃうかもね? 気を付けるんだよ?」
「おーっ! あーっ! ……スンマセン」
慌てふためいて大っきい身体を急に動かすから、ビリビリ服が破けちゃってる!
「長政ー、それとね、わたしは《女ー》じゃないよ? 市だよ」
「あっ、おっ、おぃっ……市!」
「はーい」
うーん。
一宿一飯のお礼だし、この人の服でも宇宙船のついでに注文してあげるか。
「こっちで長政の服もポチ買いしといてあげるね。好きな色は何? ……あ! そ、そーだった」
「どーした? 好きな色?」
「うん、でもゴメンね。スマホ、岐阜城において来ちゃった。いまは一文無しさんなんだー」
◇ ◇ ◇ ◇
「ごめんなさい。お市さま」
「お金が足りない?!」
「はい。昨今、燃油サーチャージ値上げとか、円安傾向とかでチャーター便が高騰しまくりでして……恐らくあと三ヶ月くらいは今の状況が続くと思われまして」
結構申し訳なさそうにしてるんで、これじゃあ咎められないよねー、わたしの思い付きに付き合ってくれたわけだしね。でも三ヶ月ってそんな……。
諦めるしかないか。お兄ちゃんに会いたくないけどなぁ。
「……半兵衛ちゃんさ」
「は」
「お兄ちゃんさ、わたしのコトなんか言ってた?」
「えーと……最近は直接お会いしてないんで。……でも新婚旅行とかで忙しくしている様子です。現にわたしはその先遣隊としてここに参りましたから」
新婚旅行。……へー。
「……半兵衛ちゃん、お願い。お兄ちゃんには、わたしは予定通り、イカスルメルに帰ったってコトにしておいて?」
「えっ! なんでですか?」
「藤吉郎とかには本当の事をしゃべってくれててもいいから。でもね、ゼッタイにお兄ちゃんにはわたしがまだ小谷に居るってコト、ナイショにしといて? お願い!」
クニクニって、しばらく首を左右に傾けてた半兵衛ちゃんは、「分かりました。信長殿にはお市さまの所在は伏せておきます」と答えてくれた。
またサッと消えようとしたから、手を握り引き留める。
「スマホが欲しい」
「新規でですか?」
「……うん」
今度は首の代わりに、口をモゴモゴさせた半兵衛ちゃん。でも、「いいですよ」ってうなづいてくれた。
「あっ。あの……」
「何ですか? この際、何でも言ってください」
「二台お願いします、スマホ」
「承知しましたよ。お市ちゃん」
「……アリガト。半兵衛ちゃん」




