23話 お兄ちゃんのバカ……
わたしは市。織田市。イカスルメル星から日本の平和を守るためにやって来た正義と愛の聖天使、織田市だよーっ! キラッ!
「そう言え」って、お兄ちゃんにはしょっちゅう言われてる。でも最近のわたし、反抗期なんだよねー。なんかつい逆らっちゃうの。
お兄ちゃんがダイスキすぎてアタマがおかしくなっちゃったのかなー? どう思う?
「はー。どうやったらお兄ちゃんの気を引くことができるんだろー?」
トボトボとお城の廊下を歩いてたら、とっても美味しそうな匂いが。――クンクン。クンクン。……こ、これはっ?! カレー!! (注意。戦国時代にカレーはございません)
カレーなの?! カレーだぁ! カレーに相違ないっ!
きゃーっ、きゃーっ!
「これはダッシュだーっ! だってわたし、カレー大好物なのーっ!」
急いで走りたいときはつい四つ足になっちゃう! だってその方が速く走れるんだもん。
「ゴーゴー!」
トタトタトタトタッ! トタトター!
ドタバタ、ドタバタッ。
「あははは」
「うふふふ」
――うっ!
……なんだかイヤな予感がする。
とってもツライ思いをする予感がする。
炊事場の手前で急ブレーキ、そおっと中の様子をうかがったら……。
なあああっ! やっぱり! お兄ちゃんと、最近住み込みで働きだした生駒吉乃さん。
「いやですわ、旦那さま。このような食べ物、わたくし作ったことがありません。でも何だかとても美味しそうな匂いが確かにしますね?」
「カレーって言うんだ。ボクの故郷では一般的な家庭料理のひとつだ。メッチャうまいんだからな! いいから味見してみろって、ホラ」
恐る恐る口を付けた吉乃さん、「まあ! 辛くっておいしい!」なんて言って、お兄ちゃんに満面の笑みをふりまいた。
「コラーッ! お兄ちゃああんっ! なにニヤけてんのさぁっ!?」
「い、市っ!」
吉乃さんがあわててお辞儀する。お兄ちゃんは変顔になって吉乃さんから飛びのいた。
「き、聞いてくれ、市。市が最近元気ないから元気づけてあげたくて、市の大好きなカレーを作ってあげようと……」
「ふーん!? でもさー、なんで吉乃さんに作り方をわざわざ教えてあげてるのー? お兄ちゃんが作ってくれたらいいじゃない?」
そしたらお兄ちゃんは「二人で作った方が助け合いが出来てより美味しいものが作れる」だとか、「戦国時代の食材はワケが分からなくて」とか、四の五の言い訳のオンパレード。
「もーいーもん! ベーだ!」
「い、市さまっ! 待ってください、市さま! 信長さまは悪くありません! わたくしが信長さまにお願いしたのです! 『市さまの好きな食べ物が知りたい』と!」
むーっ。なんであなたが知らなきゃなんないのよっ! わたしの事を知ってくれるのは、お兄ちゃんだけで十分なのっ!
「吉乃さんっ」
「は、はい!」
「なんでお兄ちゃんの事、殿って呼ばずに『信長さま』なんて呼ぶのよっ! えーん! 気に入らないよーっ」
犬走りを再開したわたしは、廊下をだだ走って自分の部屋も駆け抜けて、気がついたら水路っ?!
どっぼーん!
「わっぷ、わっぷ」
「だいじょうぶでござるか、お市さまっ?」
「藤吉郎。――もおっ、散々だよーっ」
◇ ◇ ◇ ◇
「ナルホド。信長旦那がそないな破廉恥な」
「最近山頂のお城に戻ってこないと思ったら、こーゆーコトなんだ? なんだかんだ理由つけてさ。ずっと麓のお屋敷に居るからおかしいって思ったんだ」
藤吉郎とふたり、お池を眺めた。お池の奥側にはきれいな滝が流れてる。
「って、ちっともきれいじゃないよ!」
「ど、どーしたでござるか、突然?」
「どーせ吉乃さんに見せたくてこんな贅沢なお庭を造ったんだよ、お兄ちゃん」
「うーん。どーでござろーか、サルにはとんと分からんでござるが」
この子、どっちの味方なのよー!
「ねぇ、藤吉郎。タイムマシン、レンタルしたい」
「タイムマシンでござるかー、うーん。でも拙者のお給料じゃ、ちと足りないでごさるよ、キキ……」
たっかいのなんて分かってるよっ。イカスルメル星に帰る費用の千倍はかかるからね!
「わたしはお兄ちゃんが吉乃さんと出会う前に戻りたいの!」
「だ、だからそれは、ちと……」
「分かったよォ、だったらわたし、イカスルメル星に帰る! 帰してよー!」
「そ、それでは信長旦那が可哀そうでする」
もぉーっ! 鼻がヒクヒクする!
「びえっくしゅん! ぴえーくしっ! 藤吉郎、あなた最近わたしに冷たくない?」
「め、滅相もございませぬよ?!」
「寧々ちゃんひとすじだモンね」
「そ、そーゆーワケでは……!」
そーゆーワケじゃないって、どーゆーコト?! オナカのワタが煮えくり返って、ゾクゾク寒気がするよ。
「ってコトは、浮気ざんまいだーっ! イヤーっ! キライキライすぎーっ! いーってやろー、いってやろー、寧ー々ちゃんにいってやろー」
「あっ、それはそーでするー、ひとすじでするー! お市さまへの愛が不滅なだけなのでするよー!」
ウキウキうるさいー。おサルさんの言葉なんて聞きたくないー! もうペット失格!
「あ。お市さま」
「フンだ」
「本日の自動配信、PVがなかなかの好調さですよ?」
前まではわたしが直接お兄ちゃん動画を撮影して編集して投稿してたんだけど、近頃はわたしがヤル気をなくしちゃったから、自動撮影・配信機能を使って投稿してる。
それで今日はわたしの不幸が大ウケしてるみたい。
みんなよく見てるなー。
ゼッタイに「キラッ」しないモン。
調子に乗らせてたまるか! だもん!
「……藤吉郎。わたしそんなに吉乃さんに似てるかな?」
「ゼンゼン似てないでござるよ」
「ほんとう?」
「本当でござる!」
「わたしはわたし、だよね?」
「そーでござる。市さまは、市さまでござる!」
「わたしは、わたし。市は市! だよね!」
そこへ通りすがりの帰蝶ちゃんが。
「よー、市! 信長がお前を探してたぞ?」
「え?」
「探してたって。信長が。何度も言わせるなよー、このイチャラブっ子めー」
「……イチャラブっ子? ちょっとキモ語句だけど、まあいいか。嬉しーし! マジでー? わぁ、お兄ちゃん! 心配してくれてるのかなあ?」
「お市さま。よかったでするな。早くお行きくだされ」
「うん。ありがとうね、藤吉郎!」
よおおし、四つ足スタンバイ!
ダアアアッシュ!!
わたしは、お兄ちゃんレーダーを最大限に働かせて、居宅に戻った。
「あ、吉乃さん! 探したよ! ちょっと町まで買い物に行かないか」
ズッコケー!
「お、お、お、おにいちゃああああああん」
「い、市?! 市なのか、ご、ごめん間違えた。ちょうど良かった。お前『も』探してたんだ。一緒に町に行こう」
う、う、う、……。
「うわあああああん。うわああああん! お兄ちゃんのアホっ! なんだよっ、吉乃、吉乃って!」
「仕方ないだろ。幾らラブラブでも、お前は妹なんだから」
……はー。
はらり。
ほろり。
……お兄ちゃんの、バカ。




