22話 過ぎ去りし夏の夜の、たいして怖くもない怪談話
これはボクが中学二年だった夏の頃の出来事である。
その当時ボクは田舎のある小さな町に住んでいたが、イカスルメル星の人々は他人の子供にあまり関心が無く、危ないことをしていても、見て見ぬふりってゆーか、注意や怒鳴りつけるなんててことはしなかった。
その代わりにスマホでその悪事の一部始終を隠し撮りして、ウーチューブで拡散して、社会的制裁を受けさせるってゆーのが一般的常識だった。だって、直接躾けようとして反発されて、あげくに殴り殺されでもしたらイヤでしょ? その子の親に訴えられたらそれこそシャレになんないし。だから匿名でいきなり制裁するっていう。
話を戻すが、学校への往復はそこそこ大きな山を越えなけりゃならなかった。だから帰り道は少しでも近道がしたくて、まずは電車が行き交う線路を通ってそのすぐ脇にあるお寺から山道に抜け入るのが、最短コースだったのでボクはいつもコッソリそうしていた。
この時期は小学生らが友達同士でつるんで昆虫取りに寺の墓地付近まで探検に現れるので、カブトムシやらクワガタムシやらを先取りして売買を持ち掛け、ソイツらのなけなしの小遣いをせしめるといった、あくどい事も行っていた。
その日もまるで日課のように、そんな行動を取る予定だった。
夏休み明けの二学期、始業式が終わってひとりでブラブラと例の帰宅ルートを辿っていると、ポツンと男の子が草むらにうずくまっていた。
小学生が独りだけで珍しいな。そう思いながらチラ見しつつ近づくと、足や手が傷だらけで、ただ転んだだけじゃないってのがはっきりと分かった。
ああ、いやだな、ヘンだなと思ったとたんに、男の子がモソモソと動き出した。
その動きがまるで羽根をもがれたトンボみたいだったので、とても恐ろしくなった。急いで通り抜けようとしたら、男の子が後ろから突進するみたいにボクの足首にしがみついた。
「うわっ」
よろめいたボクは前のめりに倒れ、必死に立ち上がった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なっ、なんだよ」
「カブトムシ、見つからないの」
うつろで遠い声だった。
……カブトムシ?
だったらそんな草むらの中にいるわけねーじゃん。ボクは気味が悪かったし、さっき転んだときに肘をぶつけて痛かったので男の子に対して腹も立っていたので、とっとと見捨てて立ち去ろうとした。
そのときにふと。《ある事》を思い出し、ゾクッとした。
十年以上前、ちょうどこのあたりで遺体が見つかった事。
……そしてその遺体は、車にひき逃げされて捨て置かれた、男の子だったって事。
「うっ。ひっ……!」
瞬時に全身が総毛立つ。
さらにもうひとつ、気付いた事がある。
さっき、足にしがみつかれた時、男の子の手の平は《上を向いていて》、かつ《親指は内側にあった》。なのに顔を見あわせた彼は、《地面側を向いていた》。
つまり、体と首が逆方向になっていた?!
仰向けだったのか、うつぶせで飛びついてきたのかは知らない。そんなのはこの際どーでもよかった。
ボクはとっさに、近くにある朽ちた立て看板を見た。
『〇年〇月〇日夕方ごろ、この付近で白いセダン車を見かけた方は……』
『ひき逃げされた男の子を見かけた方は……』
文字の横に、ボヤけすすけて不鮮明になった男の子の写真とイラスト。当時の着衣だと説明文がついている……。
背中越しに「ハァーハァー」と、呻くような絶息したような息遣いを感じた。
「うわあああ」
ボクは我を忘れ、必死でダッシュした。
ここで、この場所で、過去に事件があったことはもちろん親から聞いて知っていたし、最初にこの道を通り始めた時はおそらく怖々しながらの通り抜けだったように思う。
それまで他人事の事件だったのが、いきなり我が事として降りかかってきたのがとてつもなく恐ろしかった。
「わあっ、うわああ」
無我夢中で走る。
トトトト。
トトトトト。
トトトトトトトトト!
杖のようなものを小刻みに地面に突き立てるような短い音が追いついて来る。半分は好奇心だったと思うが、勇気をふりしぼって振り返った。
――首と下半身がもぎ取れかけた男の子が、器用に両の肩ひじをついてすぐ後ろについていて、今にもボクの足に絡みつきそうになっていた。
「わあああっ」
とにかく必死で逃げた。でも、もつれた足が路傍の石コロにぶつかり、道からはみ出したボクの身体は横転。ゴロゴロと斜面を下り落ちた。昼なお暗い、真っ黒に塗りつぶした穴ぼこのような溝に、ズボッとはまった。
それでもまだボクは、気力のカタマリになって溝をはい出た。ただもう恐怖しかなかった。逃れたい一心だった。
ブウン! とカブトムシが顔面に当たり、ソイツの爪が髪の毛に噛み込んだ。
「いたたたっ」
引きはがしたカブトムシを奪い取る、ひんやりした手。
蝋人形みたいに白い肌をした男の子が、目玉の削がれた眼孔を近づけ、うっすらと口元をゆがめた。そしてこう言った。
「ありがとう」
スッと消えたとたん、正面からハイビームの車両が迫った。陽の落ちた暗闇に、けたたましい警笛が響く。
「うわっ!」
激しく衝突されたボクの身体は、十メートル以上跳ね飛ばされた後、レールと、軋む車輪の間に巻き込まれた。
……ああ。そうか。
ボクもあの男の子と同様、このあたりに漂う地縛霊だったんだ。やっと自覚できた。
たまにそれを忘れると男の子が現れて教えてくれるんだよなぁ。「お兄ちゃんもオバケなんだよ」って。あれだけ酷く衝撃を受けたのに全然痛くないのはこういうことだったんだ。
緊急停車した列車から懐中電灯を持った運転手がこわごわ、近づいてくる。ライトの当たったボクに一瞬、「わっ」と悲鳴を上げるがすぐに「アレ?」と気を取り直し、何事もなかったかのように真横を過ぎていく。
そうだ。ボクはこの場所で死に、そして同じこの場所で、ときどき列車を止めては愉快がっていたんだな……。
◇ ◇ ◇ ◇
「――ということだ。そしてまさにこの場所が、その男の子がいたところなんだぞ? こんな物騒な道、無くした方がいいだろ?」
咳払いをした丹羽くんが面倒くさそうに頭を掻き、
「……はーそれで? 今の話を整理しますと、語り部である殿ご自身も死んでしまってますが? ということは殿も地縛霊だと? この世には居ない存在なんだと?」
「あ、いや、別にそういうわけじゃ……。そこまでは言っとらんし。……言ってたか」
「信長旦那グッジョブ。怪談堪能したでござる! 即席にしてはなかなか真に迫っておりました。しかしながら余りに矛盾だらけで、むしろ漫談でしたぞ、キキイ」
なんだよ、サルまで。イチャモンつけんなよ! 考えるの大変なんだぞ?
「なんすか、その目は? いや、だいたい信長旦那が中二の時分は、母星イカスルメルに在住だったでござろ? ここは地球、日本国ですぞ? 岐阜城のある稲葉山ですぞっ! このあたりのご説明はいかに? ウッキ?」
「うっとおしー! サルに理論攻めされるなんて一生の恥だな」
あーもー。なんやかんやで山麓にロープウェイかエスカレーター設置させる指示は却下されそうだ。失敗だあ。
「あたりまえです! そんなの作ったら間違いなく破産ですよ、織田家は! それでもいいんですかっ」
いやいいんだが、いいって言っちゃったらホントにここで殺されそう。ちっ、しゃーなしだ。
「諦めて帰るか」
「わざわざこのような場所に連れて来て、何を考えておられるのか。ブツブツブツ……」
帰りかけた時、血相を変えてぶつかってきやがった林がワナワナ声で訴えた。
「ひいっひいっ……。さっきあの木の陰で男の子が!」
「なんだよ、地縛霊でも見たってか?」
……もういいよ。夏は終わりだ。
また来年にでもよろしくな。今度はもう少し上手に演出せねばな。
◇ ◇ ◇ ◇
ところでこの話には尾ひれがある。
このときのバカな遣り取りをウーチューブに投稿した翌日、視聴者から心霊現象が映っているなどとと多数のコメントがあった。「林の後ろに、カブトムシを掲げた血だらけの男の子が立っている」というものだった。
そんなはずは無いのだ。現にボクたちはそんな少年見てもないし、林のすぐ後ろは切り立った急斜面になっていたんだから。




