21話 それは反則、吉乃さん。妹な彼女がカノジョなのってアブなくね?
「あにうえぇぇー!!」
「ウァッ!! 近っ!」
部屋でノンビリくつろいでいると、旅に出ていた織田信勝(ボクの弟。信行とも言われてる)が、いきなり出現した。うわーっ、うわーっ。耳元で叫ばんでも聞こえるわいっ。
丸坊主にしてるせいで、せっかくのイケメンが……。あーまったくブサイクだー。悪いな。似合ってないぞっ! やたらとこわいぞっ!
「ああっ、驚かれましたか? これは誠に失礼しました」
「落ち着け、久しぶりの対面で嬉しいのは分かるがな」
「は? 嬉しい、とは?」
「……いや、ごめん。いいや。口走ったボクがハズイ。何でもない」
信勝はきちんと正座して話しを始めた。
「やはり兄上が織田家当主になられたのは正解でした。尾張、美濃領国の民らの表情がみるからに明るくなっておりますぞ。口々に兄上の善政を褒めたたえておりますぞ」
総じて不幸顔していると言ってくれ! 頼む。
「そんな訳ないじゃん。いつもワガママし放題さ。民なんて散々泣かせまくりだし」
「違いますって。まぁ、直接ご覧になれば判ります」
信勝はボクを引きずるように城下町に引きずり出した。
「――なんじゃあ、こりゃあ!」
眼前に広がった光景。ほんのひと月前まで原野だった荒れ地が一変していた。新しい店舗が軒を連ねるチョー大きな市場に集まる大勢の人の渦ができていたのである。
「目を覆いたくなる、酸鼻をきわめるえげつなさだ」
闊達に飛び交う売り買いの声。日用品から新鮮な生鮮食品、着物ではあるが、カジュアルな若者着から高級ブランド服飾店まで。令和に例えると平屋建ての専門店街が立ち並ぶモール街の様相が展開されていた。さらにはその奥には二期、三期と敷地の拡張工事が急ピッチで進められていたのであった。
「死にたくねーよとつぶやきてぇ」
そんな中、信勝はだまって饅頭を二つ持ってきて、一つをくれた。
「ああ。すまんな」
うん。こりゃ《鬼まん》な。これは後に人気の土産物一位に輝く和菓子で、正式名は「鬼饅頭」と言う。シンプル・イズ・ベストな蒸しまんじゅうだ。ボクらは鬼まん、鬼まんと呼んでいる。その黄色な饅頭を頬張る。うん。うまい。やっぱボクはサツマイモ派だな。
「兄上。どうすれば、こんなにも町が発展するのでしようか、……兄上は、何を、どう、なされたのですか? 向後の勉強にお教えいただきたいのですが! お願いいたします」
知らんし!
「……えー、あー、そういえば、サルといっしょに町をブラブラ、甘いもの探してタモってたら」
「ブラタモってたら?」
な〜〜〜〜んも無え!
ぽっつん、ぽっつんと店はあるにはあったが、味噌とか、ミソとか、みそォォォ! 味噌は甘くね〜んだよぉぉ!
で、町長の家に怒鳴り込んで。よくよく話を聞いたら、組合に払う税金がどうとか、通行料金とか。
「面倒だから、そんなのぜーんぶ無しにしてやった。おいしいモン、ドンドン持ってこいと」
「それで座とか、関所とかを撤廃なされたと?!」
それな。ざ? とか、せきしょ? とかな。そーそー。多分、それ。
「さすが、兄上! 古いしがらみを取り去り、自由な流通が行える環境を整えた訳ですね」
「ま、そうだな」
そうなのか?
「道理で町が発展するはずです。……素晴らしい。わたしも励まなければならないですね! では。敵も多いでしょうが、御身にお気をつけて」
信勝は、深々と頭をさげると、足早に去っていった。
「慌ただしいヤツだな。結局何がしたかったのかイマイチ分からんかったが、いいか。……うまっ。うまっ。……んぐ?」
――あれ?
ボクを無視して素通りしてった女の子……。
今のって、市だったよな……?
ボクがにやけてたら、女の子に見とれてるんだといっつもカン違いして、とりあえずストレートパンチを放って来るか、地獄突きをかまして、不意打ちで存在をアピってくるんだがな。
らしくない!
市らしくねぇ!
うわあああ! 市ッ! まさかの市ィ! まさか無視ィ?! 無視なの? これってガンムシなんですかぁ?
「アレ? 殿? このようなところで奇遇ですなぁ。佐久間でござる。てか、いかがなされました?」
「ジャマだ、消えちまえ!」
ムシまん食べてる場合じゃないぞっ!
「おや? 信長旦那! ウッキー! 昨日の寧々ちゃんのインタビュー動画どうでした? かっわいいでしょ?」
「どけっ、サル公!」
待て、待ってくれっ! 市ぃぃ!
しかし妹は血相変えてるはずのボクを《気色の悪い、おぞましい汚物でも見るように》チラッと振り向いたかと思ったら、急ぎ足で一軒の屋敷に入っていった。
「兄さん、ただいまー」
「ああ。お帰り。早かったね」
若いオトコ。
……これってナニ?
にーさん? お兄ちゃん? お兄ちゃんはボク。ボクがもうひとり? 別のお兄ちゃん? 他のラブラブお兄ちゃんのおうちに、ウキウキお出掛け?
えーと。
よーく考え、整理してみる。
1.ボクの事を無視
2.お兄さん、ただいまーと言った。
3.城じゃなく、別の屋敷に入っていった。
4.中にいたのは若いお兄さん。
5.お兄さんは、ボク一人のはず。
6.でも、知らないお兄さんがもう一人。
……そろそろ頭の中をまとめようか。
つまり。
我が愛する妹の市が、変な男に騙されて、お兄さんプレイをさせられている。
――謎は全て解けた! 犯人はオマエだ! 小さな頭脳で大きな事件をとことん解決!
「急いで助けなきゃならん!」
取り敢えず、土足で上がり戸を開ける。
「市、助けに来てやったぞー」
中には、二人がポカンと口を開けてこちらを見ている。
使用人ぽい者もニ、三人、ポカンとした顔をしている。
「あの〜。なにか?」
「今ならまだ死刑で許してやる。十秒だけ待ってやる」
お兄さんと呼ばれていた男が刀を拾い上げて、NPCみたいに「何者だ?」と定型文で口答えした。
「この場の空気を読め。分かるだろ? ボクは主人公でオマエはゲストの脇役だ。難しい事を言って済まんが」
ボクは頭の中で名作映画「卒業」の曲、サイモン&ガーファンクルの《サウンド・オブ・サイレンス》をリフレインさせながら、(ボクはいったい幾つなんだ?) 妹には申し訳ないが、自分の行動を正当化することに成功し、市の手を引きつつ、なんとかお城まで連れ帰ることができた。
市はその間ずっと大人しくしていた。いつになく、しおらしかった。あのような如何わしいプレイをしているところをお兄ちゃんに見られて、やっぱり恥ずかしいんだな。うんうん、心配するな。お兄ちゃんは分かってるぞ。オマエはちっとも悪くない! 悪いのは、市の可愛さに目のくらんだ、お兄ちゃん以外の世の中の、すべての男だ。
全員あの世送りだ! 任せろ!
「ケガは無いか? オナカが減ってないか?」
部屋の前まで来たとき、「ガコッ」と側頭部に激痛が走った。
「ぐえっ!」
息が止まるような痛みを堪えて見てみると。
――市が立っている。
あれ?
確かこっちに。
市が立っている。市だよな。
で、こっち側に。
おお。市だよね。
「え、市が二人になってるじゃあん!」
「分身じゃないもん、市はひとりだもん! 誰なの? あなた」
「はい? わたしは、生駒吉乃と申します」
「生駒? キツノ? さん?」
人違い?
「たいそうアホなお兄ちゃんだけど、けっこうヤバミなクレイジーなんだー。あなたとわたしの区別がつかなかったみたいなの。許してね」
「いいえー。楽しいお兄さんですね」
ズッギューゥン。
ああ、良い子だぁ。
「君も今日から我が城の住人だ」
こういうのを一目ぼれって言うんだろうか。まさに運命の出会いなのか?
市のコークスクリューパンチでダウンを喫しても、ちっとも苦では無かった。むしろ気持ちよかった。元康くんの快楽を垣間見た気がした。
「そりゃ、気を失っちゃえばね! アホ兄ちゃんっ! 意識ごとどっか行っちゃえ! ベーだ!」
「あの。わたし、このお城に住めるんですか?」
「なあっ。それは、その、お兄ちゃんが勝手に言っちゃったけどォ……!」
「ちょうど住み込みのお仕事を探しておりましたので助かります。……その、ありがとうございます! 炊事でも、お洗濯でも、お掃除でも、なんでも精一杯頑張ります! どうかお願いします」
「あ、そっち? うーん。ポリポリ」




