17話 白塗り将軍アゲインですう
「ねーお兄ちゃん。なんちゃら将軍さんが、お兄ちゃんに会いたいってアポとりしてきたって。林さんが『どうしましょうか』ってオロオロしてるよ?」
我が愛妹の可愛い声。それでもボクは上の空。先日のスケカセ師匠の件がすごく気になっているからだ。勝ち誇った師匠は、別れ際にこう言いやがったんだ。
「ではオレの勝ちっちゅーコトで。賭けの対象だったお市ちゃんを後日もらい受けに行くからね―。精々今のうちに名残を惜しんでねー。でっへっへ」
「死ね。去ね。消えろ」
罵倒しまくってやってるのにもかかわらず、激しく肩をゆすって笑う師匠。ムカつくー!
ちっくしょー。つい織田家が滅びるようにコマンド選択しちゃったー。ボクのアホッ。バカッ。市ー、許せー。
「……ん? どーしたの? お兄ちゃん、聞いてる?」
「ああ。スマン。マンセー将軍がなんだって?」
「わー。それダメ、ピー音入れなきゃ」
「ああっ、スマン。なんだっけ? えっとォ、……え?」
市が頬に「チュ」してくれた。
「お兄ちゃん。こないだのコトだったら気にしないで。現にわたしの身には別になーんにも起こってないでしょ? 大丈夫だよっ」
「そ、そーだな。……気にしすぎだな」
「そーだよー。あのさ、お兄ちゃん。わたし思うんだけど」
「なんだ?」
市は少し躊躇いの表情を浮かべ、やがて遠慮気味に、
「不幸探しってムリがあるんじゃない? 別に幸せ探しでもいいと思うよ?」
「わーっ。市ッ、めったな事を言うんじゃないッ。ファンが万単位で消えるだろ!」
「お兄ちゃん、大げさ―。わたしこの星に来てから思うんだけどねー、幸せの方が楽しいなぁって」
市。オマエ、地球人に洗脳されてるぞ? 一度イカスルメル星に帰るべきか? もしくはこの企画、やめちまうか。うーむ。
「お兄ちゃんってば。将軍さんに謁見するんでしょ?」
「お、おう。そーだった」
市、とにかく有難うな。よしっ気を取り直すぞ。
……にしても将軍、ねぇ。
何でも琵琶湖のほとりの何とかっちゅー城から、わざわざ担ぎ手に駄賃払って駕籠でワサワサ山道越えて来たそうだから、邪険にしたらアカンわなぁ?
「映える場所なら、やはり当地でしょう! 稲葉山城改め岐阜城! ……まだ改築中でするが」
「掘っ立て小屋でどー接待しろってんだ! 林! お前は金の心配だけしてろ」
「ひどっ」
藤吉郎サルが縁側に登場した。
「数話ぶりの登場、木下藤吉郎秀吉でするう! ファンの皆様、お待たせしたでござるなー。キッキー」
「サル。立政寺まで案内しろ。林、お前は留守番だ。別にヒマな連中を見繕え。四十秒で支度させろ」
「キキ。サルめは承知」
「殿ー。なんでわたくしめは留守番なんですかぁ。会合の場所をあらかじめ予約してたなんてズールーイー」
「オマエはキーモーイーかーらー。この辺りでいっちゃん安く借りれる会場押さえただけだ。ワーワー言うと宴会費全額払わすぞ!」
イケズの殿、どうぞ行ってらっしゃいませ。と、林はうやうやしく頭を下げた。言われんでも行くわい。
「久々にビシッと決めるか」
「えー。いいなー。わたしも付いて行きたいなー」
「市ぃ。遠足じゃないんだがな」
と言ってはみたものの、結局ぞろぞろと、団体さんご一行になっちまった。和装可愛い市。撮影役のサルと賑やかし組の半兵衛ちゃん一同。あと護衛役の丹羽五郎左くんと柴田勝家、さらに滝川一益なる初登場の男。
「ワシも来てやったゾォ」
はー。
だろうと思ったが、やっぱり駄々っ子の帰蝶もか。コイツはゴスロリ(しかも甘ロリ)だが、ずいぶんなドヤ顔をしているのは気のせいだろうか? ……チッ、言うよ。言ってやるよ。……似合ってるぞ。
「で? なんでオマエがここにいんだよ?」
「お主らが、変に粧し込んでるので、サルをシバき倒して白状させたんじゃ」
「しゃーなしだね、お兄ちゃん。まーひとりくらい増えても別にいいんじゃない?」
「な? 市も申しておろう。別にいいじゃろう? ワシも足利将軍の面を見てみたいんじゃ」
じゃ、この仕事譲ってやろうか? とノドまで出かかった。ボクはむしろ将軍なんかどうでもいいんだがなあ。
などとウダウダ会話してる間に、謁見会場の寺に到着。下座に就いていると将軍さんがあらわれた。中年のオッサンとオバサンが後ろに付き従っている。
座るなり、オッサンの方が口を開いた。
「かのお方こそ、前将軍、足利義輝公の弟君であらせられる、足利義昭公でござあーる」
いやいや、抑揚付けなくたって見りゃわかってるって。オッサン、いちいちウザイぞ。
「義昭公は命を狙われているため、暫時御言葉は発さぬ所存。我々が代わりにお伝え申すので、そう心得よ!」
ダメだ、これはメンドくせーヤツだ! もうすでに帰りてぇ!
「えーっ。申し遅れたが、わたしは細川藤孝。あちらは明智光秀と申します」
「明智光秀でござる」
オバサンのごあいさつ。はいはいっ光っちゃんさんね。結構美人ではあるがな。どーでもいいよ。
ん? 光秀オバサンの少し後ろに少年がいた。まずまずのイケメンだな。言いたくないがな。これも同じくどーでもいい、と。
「あの子、ひざの上に棒を載せてるよ?」
棒? 布が被っててよく分からんな。
ひとつ気になったことだが、さっきから光秀オバサンと帰蝶が見つめ合っては視線を逸らし、また見つめ合っては、を繰り返している。テメエら気になりすぎるからヤメロ、それ。
正座が辛くなったころ、義昭将軍がサラッと和紙に筆をふるって藤孝に渡した。
「えーと。わたしは京の都に上洛して幕府を建て直し、この日ノ本を平和にしたいと考えておる。力を貸して欲しい」
うーん? これって何? ボクに人助けしろとか言ってる?
ウーチューバー的にはどーなんだ?
義昭は白塗り顔面だが、明らかな出オチ狙いしてくれても、イカスルメル星人にはすぐに飽きられるぞ? もうちょっと一ひねりするか、体張るかなんかしないと。(帰蝶が後ろで必死に笑いを我慢している。コイツにはメッチャ受けてるみたいだが……ジェネレーションギャップ満開だな)
それともコイツ、ボクの弟子志望か? でもこっちは弟子なんて取らんし、だいたい男なんてキモイだけだし、二番煎じはだいたいクソだし。第一、将軍なんて役職、知らんし。だから味方になんてならねーもーん。
ここは無理難題を突き付けて現実を見てもらって、故郷で静かに余生を送ってもらおう。そうしよう。それがこの将軍とやらのためでもあるっしょ。
「お兄ちゃん、ここは引き受けた方が良いと思うよ? だって琵琶湖、わたし見たいモン。ロケ地だって広がるし、京の町っておいしいお団子いっぱいありそうだから」
うわぁ。市に先を越されたぁ。ズバリ言われちまったあ。
「キキ。拙者も賛成でござる。寧々ちゃまにカワイイ洋服を買って帰ってあげたいのでござる」
「わたしも、わたしも。京の入り口に我が二頭立波を立てるのじゃ!」
あ~あ。反対しにくい雰囲気になったじゃん?
「ははっ! この信長がしかと承りました!」
どうせだ。大げさにしてやった。
義昭公はすんごく喜び、安心から腹が減ったらしく、宴を始める事になった。
で、ここは、このボクのポケットマネーで飯をおごれと……?
ああいーよ、適当に料理人にお任せで。
にしても図々しいヤツらだな、みっちゃんと……フジ……、それと白塗りのオバケの……。あー興味無エ!
「お任せ、と申されてもせめてアドバイスのひとつやふたつ」
えーっ? お前ら料理人だろうが。うまそうに見えりゃそれでいいから!
「いつも出してるので良いから。フツーでいいから」
丹羽くんがボソボソと料理人に指示を伝える。
「この場合のフツーというのは、カップメンやハンバーグとかで無くていいからな。無難に美濃の料理を出しておけ」
「ははっ」
ええーっ? ボクと丹羽くんの《普通》に致命的な齟齬が生じてるぞ? ま、気にしないけど。




