124話 本能寺は大火で⑧
帰蝶は意外そうな顔をしやがったが、オレはフザけてなんてない。
つまりだ、一言で片づけりゃ、「金がない」。
「……始めは金を儲けるだけ儲けて、後は秀吉に全部投げ渡してやろうと思ってた」
「堂々と宣言しとったよな?」
「儲けた金でタイムマシン使って、市とキツノンに再会してちゃっちゃとやり直そうってな。……そう思ってたんだ。だがな。それは考えが甘かった」
強い信念を持ち、死ぬ気でぶつかって来る敵。
並大抵の心構えじゃ勝てない敵。
自分の汚さや醜さを気にせずに、がむしゃらに突き進んで己が夢を実現しようとするヤツらも大勢いた。
「オレは本気出して挑みかかって来る連中に対し、自分も本気になんねーと対等に渡り合えないことが分かったんだ。でなきゃ生き延びられないってよーく分かった。……当たり前の話なんだけどな。オレはそこに辿り着いて、やっとこさ、世のために自分がどうすべきなのか真剣に考えだした。オレ自身の信念ってやつだ。市やキツノンのため……、そんな適当な思考はまったく通用しなかったんだよ」
ふたりの笑顔が見たいなら、ここにいるみんなの笑顔をまずは手に入れろ。
単純だけどそんなような結論に達したわけだ。そしてその気持ちは誰にも負けねえって思い込んだ。
――オレはここに生きる人らの、安穏とした日々を保障する。
全力で尽くす。
それが全国統一であり、世界進出、世界統一、そしてキツノン、お市の笑顔だと。
「日本程度の平和で満足しねぇ。次は唐天竺を目指してやるってな」
だけど竹中半兵衛ちゃんが現れた。
コペルくんを連れて。
イカスルメル星と地球の類似点がどうの、未来と過去が繋がってるのがどうの、イカスルメルの現状を保つにはオレの行動がキーになるとか、どーとか。
淡々と話すコペルくんにちっとも反論も弁護もせず、「そうなんです」と繰り返す半兵衛ちゃん。
「オレ、悪者なの? なんかマズイことしたの? 平和を築いちゃダメなの?」
そう言いたくなっちゃったんだよ。
「……いや、口に出しちゃってるが。まぁ、ノブの気持ちは伝わっとるよ、充分に」
「タイムマシンはいーんだが、儲けよりも人々の安心とか平和に興味が移っちゃったんだよな。諦めたんじゃなくって、過去じゃなくって未来を変えてやる! ってな」
帰蝶が半泣きになった。
光秀が綺麗な相貌をうつむかせている。
「大殿さま。帰蝶さまは以前、大殿さまから命じられた通り、懸命に蓄財に励み、今や傾国適うほどの富を得ております」
「は?」
「ノブよ。儂はオマエが軽い気持ちで下命したのを真に受けて、一心に富を集めたのだ。コペルに見てもらったが【たいむましん】なぞ思いのままだそうじゃぞ?」
後方で正座しているコペルくんが肯定している。
半兵衛ちゃんが代弁した。
「コペルくんは信長さんの過去行きを認めています。しかし、これまでのあなたの功績を労いたい、報いたい……という理由ではありません」
「……どういうことだ?」
半兵衛ちゃんはコペルくんに許可を求める仕草をした。
発言していいか? と確認しているらしい。
ちょっとイラついたが、よくよく考えりゃ、可哀そうな立ち位置なのは彼女だ。成り行きでこんな役を引き受けてちまって……。
「コペルくんの未来予想ですが、イカスルメル星では数年後に某大国同士が小競り合いし、仲介と称して割り込んだ大国との間で深刻なトラブルが起こるようです。彼の計算によると、それらを回避するために、もう一度信長さんに戦国統一を再トライしてもらえたら有難いそうです」
「……なんだって?」
「あ、いえ、今回の【上り】でも十分に素晴らしい結果を残しておられます。……だからもう止めたいとおっしゃるのなら、誰も止めませんし、そんな権利はありません」
……混乱状態だ。
ついさっきまではオレに「花道を飾れ」とぬかしてやがった。
ところが今耳にしたのはまったく反対の話。
「……じゃあ、何か? つまりオレにもう一度歴史を再構築して欲しいと? そう言ってんのか?」
「はい、そうです。今回はここで幕を引いてもらって構わないので、次回も引き受けて欲しいと。……そういうコトです」
はああ。
……ちょっと待て。
「大殿さま。わたし明智光秀は、大殿さまを生害する役だそうです。そうしないと秀吉さまの大義名分が立たず、次世への継承が円滑に進まないそうです。悪役を引き受けさせて頂けないでしょうか? どうかお願いします」
「いや、アンタはそれで良ーのかって話だぞ? ……ちゅーか、ちょっと待ってくれ。いっぺんに色々言わんでくれ」
「ノブ、儂のへそくりはぜーんぶ本能寺に集めとるんだ。まずは受け取ってくれい」
「だーかーらー。いっぺんに言うなって」
オレは、部屋の奥に佇むコールドスリープに、すがる目を向けた。
次話で最終話となります。




