123話 本能寺は大火で⑦
またもやオレは、沸々と怒りをこみ上げさせてしまった。
と言って別に帰蝶や光秀が憎いわけじゃないんだが。
「お前らもおんなじ話をする気なんだな……?」
殊更意識して低く唸り気味にして声を抑えつつ、感情を曝け出す。最近よく使うビビらせ方だ。
光秀がギョッとした顔をして目線を逸らした。効果てきめん。
かたや、帰蝶。
「なんじゃあ、その反抗的な眼は? あらかた竹中半兵衛ちゃんから聞いたのだな?」
いつものトボけた帰蝶とはまるで別人のような、捕食動物に似た【凄みのある】目付きで睨み返された。オレという人間を良く知っている証拠だ。コイツにはてんで利かない。
「星に帰ってた半兵衛ちゃんを遠路呼び出してまでオレを説得しようとしてんだよな? ……半兵衛ちゃんだけじゃないぜ? コペルくんもいるしな」
振り返った二人の背後に、半兵衛ちゃんとコペルくんが正座していた。
信忠に命じて待機させていたのだ。
つまり、二人の用件はだいたい予想がついてたんだ。
「まったくよ。なんて大仰なことで。これも【信長包囲網】とやらの一環か?」
イヤミを言ったつもりだが通じなかった。
「――現在、織田家に敵対もしくは独立する者は九州の島津、竜造寺、大友、四国の長曾我部、西国の毛利、東に転じて北条、佐竹、伊達、最上他ですがここ半年から一年以内にだいたいの者は恭順するか、駆逐されるでしょう。つまり織田家の天下統一はほぼ定まったも同じ。でも問題はそのあとです」
半兵衛ちゃんがのたまうと、遠慮気味だった光秀も負けじと話し出した。
「このところ南蛮の帆船が日ノ本近海に出没しているという報告がございます。明や朝鮮の動向も気になるところ。京界隈でも伴天連の台頭が目覚ましく、大殿さまがご案じなさっているのも重々承知しております。しかし、今後の行く末に思い至れば、まさに時は今。意を決して頂く際なのでございます」
鬱陶しいヤツらだ。
黙って聞いてばかりもいられない。
「……そうは言うがな。こないだの話なんだがな」
「本願寺の話ならさっき聞いたが」
今度は語気にイラつきを見せる帰蝶が参戦。
キュートなロリキャラなのに、イメージ台無しだぜ。オレの中でだけの話だが。
「話の腰を折るな、帰蝶! 今から話すのは別ネタだ! ……いや、朝廷がな、オレに三職いずれかを推任したいと遣いをよこして来たんだよな」
「ナニ、三職と? そりゃ誠か!」
コペルくんがこれに答えた。
「関白、太政大臣、または征夷大将軍だよね? 事実上、この時代の日本の、ナンバーワン実力者の肩書」
「そうだ、スゴイだろ。もうオレの天下統一は成ったも同然なんだよ。……それを、何をいまさら『止めとけ』だって? みんなで寄ってたかってワケ分んねーコト言うなっての。あーもー付き合ってらんねぇ!」
自慢げに言ったつもりなのに、なぜか言い終わった後に空しさがこみ上げた。
ついでに恥ずかしさも。
それらを隠したくて、オレは勝手にキレて部屋を飛び出した。
……アレレ?
……オレ、何してんだ?
帰蝶が必死に呼び止めているのにオレの耳がそれをまったく受け付けなかった。腹立たしいほどに心身がバラバラになっていた。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
安土城天主堂の最上階は、オレ以外の無許可での立入を厳しく禁じていた。
何故ならここには、オレがもっとも会いたい人がひっそりと眠っているからだ。
ちなみに会いたくても会えないのは、この世に二人いる。
そのうちの一人は、会えそうで会えない。虚空に向かってソイツに話し掛けた。
「……市よォ。お兄ちゃん、どーすりゃいーんだよ……」
いまオレの目の前には【コールドスリープ】なる装置が横たわっている。
内部を覗き込むと半透明のシールドの奥にボンヤリとソイツが漂い浮かんでいる。
そっと閉じられた目、生白い頬、脱色したように青っぽい髪の毛に覆われる額……。
まるで……。
「ノーブ。見ィつけたぁ」
「――!」
軽妙な声はとても優しかった。
「……帰蝶。許可なく立ち入りやがったな。打ち首だ……」
「じゃあわたしも、でしょうか……?」
「光秀か。ああ、アンタもな」
振り見れば、ふたりとも屈託のない笑顔を向けてくれていた。
ジッと眺めてたら何か目のあたりが熱くなったので、展望の外廊に逃げた。
「……半兵衛ちゃんには悪いことした。あの子はちっとも悪くないのに。ずいぶん罵倒しちまった」
「アヤツが望んでくれたことじゃ。イカスルメルの事情も踏まえてノブを説得できるのは自分しかいないとわざわざ名乗り出よっての」
良い子なのに、波長が合わないのかな、会ったらすぐにイジメたくなっちまう。
……って待てよ?
「光秀」
「はい?」
「お前とおんなじなんだ」
「……は? 何が、でございますか?」
「……いや、スマン。……何でもない」
後で直接謝ろう。
「ほら見えるか、この平和な風景。これ全部、オレらが築き上げたんだぞ?」
「……ああ。メッチャ良く見えるぞ。ホントウによくやったものじゃ」
だろう?
そうだろう?
「なのにコペルはオレが不要だとぬかしやがる。帰蝶に光秀、お前らもだ。調子の良い時だけさんざ持ち上げて、『もう出番が無いから、はいサイナラ』か? そりゃねーだろうってな」
キツノンが死んで、落ち込んで、市に尻を叩かれて奮起した。
そのおかげで今日までどうにかやって来られた。
こうして、少なくとも城下の人々は幸せそうに笑い合っている。平和を楽しんでくれている。
でもな。
それでもキツノンは帰って来ない。
妹は目覚めない。
そして、もういいから舞台から降りろと言われる。
……勝手なことを言いやがって。
「オレはコペルの言いなりになんてなんねーからな。絶対になんねーからな」
「大殿さま、大殿さま! 聞いてください。帰蝶さまとわたくしは本日、大殿さまにご提案をお持ちしたんです!」
光秀よ。
そんなに必死な形相せんでもいーぞ?
「提案ね。何だよ?」
外廊の手摺にもたれ掛かり眼下の提灯群をながめる。。
「例のタイムマシンです。それを使えば時を跳躍し過ぎ去りし日に戻ることが出来るんですよね?」
「…………ああ。ま、そーだが?」
「ノブッ!」
帰蝶がまとわりついた。
危うく柵越えして落ちかけた。
「あっぶねぇ。何しやがる」
「ノブ、【たいむましん】じゃ! それを使えば二人に会えるじゃろ?!」
「……あーまーそーだが。でもな、最近ちょっと考え直し始めたんだよ」




