122話 本能寺は大火で⑥
ああ。
まだデコと頬のあたりがカッカする。
最近キレやすいのは自分でも分かってんだがな。
……もう少しで女の子に手を挙げるところだったし。
ヤベえわ。
でもま、何とかこらえたぜ。
「大殿さま。件の本願寺、いかにいたしましょう?」
蘭丸、か。
男にしとくのがもったいほどカワイイ面したヤツ。今のオレの秘書兼雑談相手、と言ったところか。
何故せっかくだから、と女の子をそばに置いとかないのか、と問われれば正直悩むところだが、そんな気が起きんのだとしか答えられん。くれぐれも身体に異状を感じるとか、歳だから、なんかじゃないからな。なお男の娘に目覚めたわけでも無いのであしからず。
「……うむ」
まずは一呼吸置き。とりあえず、スマイリースマイリー……と。
「……そうさな。一切の武装放棄と僧以外の立入禁止を厳守するのなら、石山の地は安堵すると伝えろ。もちろん新規僧の入属は認めない。あと、如春尼以下、女たちはすべて京に別居を構えろと」
――本願寺か。
連中が簡単に折れないのは想像がつく。
けれども毛利も、公卿どもも、すでにヤツらを見限っている。
これ以上の愚図りは無意味だと重々理解もしてるだろうし、後はどんな形で幕引きしようかと悩んでいるところだろ。
これで長年の気遣いもようやくカタがつくってもんだ。
「大坂を得ないのですか?」
……あれ? 蘭丸くんまだ居たの? 命令が理解できなかったんだね?
「あのな。昨日のヤツらとの遣り取り、見てたろ? ヤツらはたぶん、近々最後の一戦を挑んでくるか、一斉に逃げ散るだろうよ?」
「主戦論者を封じ込めるねらいでございますか?」
「まぁ、な。『飲めないけども、信長さんは大きな譲歩をしてくれてる』って思わすんだよ。でないと家中に戦いたがりのお仲間がいる手前、肩ひじ張り続けるしか無いだろ? 実際はそろそろ諦めなきゃって、内心もう分かってんだって。てワケで望外な慈悲を示しときゃ、後は勝手に内部分裂してくれっだろが?」
蘭丸の目がウルウルし始めた。……オレ、何かマズイこと言った?
「大殿ーッ。深いご明察、誠に痛み入りますう」
……オマエさ。
いいヤツなんだけど、いっつも大袈裟なんだよね。
でもオマエのおかげでイラ立ちが薄らいだよ。
「父上」
「おう信忠か。今度は何だ?」
オレの子だ。
名目上はコイツに家督を譲っている。
元服も終え、もう立派な好青年だ。お父さんは嬉しいぞ。
今日は四国征伐の準備のため岐阜から京に向かう途中、安土に寄っているのだ。
「帰蝶さまが明智どのとともに、安土に伺候したいと」
「帰蝶……と明智?」
あいつらは京都勤務を命じてたはずだけど、なんだ、職場放棄か?
それとも。
「いつ着きそうだ?」
「一刻後」
「な、なんだと? そんなに早く?」
安土の盂蘭盆会を見に来るってわけじゃねーんだろ。
「承知した。正門開けて盛大に迎えてやれ。プロジェクションマッピングをいつも以上に派手にかましたれ。街中の者たちにも提灯とペンライト持たせてな」
「は、ははっ」
「待て。集まってくれた子供たち全員にお礼の菓子を配ってやれ。あと、民らには酒肴を。食糧蔵が空っぽになってもいい。ありったけふるまってやれ」
「ははあッ!」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
「ノブよ。一ヶ月ぶりじゃな。寂しかったぞ。おかげで夜な夜な身体がほてって仕方なかったわい」
「このお話、良い子も読んでんだ。誤解を生む発言ヤメろ」
「だってぇ、儂はこー見えてもお前さんのヨメさんなんじゃぞ」
相変わらずで何よりだ。
まあ、カワイイのは認めるしな。
しかし。いい加減にしろ。
「ところでよ、あのド派手な演出」
「決まっとる。エレクトリカルパレードじゃ? ……それが何か?」
それが何か、じゃねぇ。
そんなのは一目で理解したわいっ。
安土の大通りを色とりどりのイルミネーションデコのキャラクターカーで練り歩きやがって。あの大テーマパーク定評イベントそのまんまの完全パクリだろーが。
注)確認のところ、キャラクターは、すべてオリジナルデザインでした。また、正確には電飾カーではなく、色のついた和紙で作った提灯を大量にぶら下げた、改造山車でした。あしからず。
オレの、安土城をスクリーンにしたプロジェクションマッピング。
出迎えのサプライズだったはずが、帳消しどころかオイシイところ全部持ってかれたじゃねーか。
「しかし近江一帯は実に平和じゃのう。それに比べて京難路はなかなか騒がしいぞ」
「聞いてくれ。十日ほど前だがな、ほら信濃の佐久で浅間嶽が噴火しただろ? で、スケカセ師匠宛てに義援物資を送ってやったんだ。そしたら昨日、連絡して来やがってな。三条姫とそのお仲間らがオレに丁寧に頭を下げて来やがったんだ」
「ほほう?」
「でな、示し合わせてたんだな、本願寺の如春尼が裏で繋がってて。WEB越しとは言え、久々の対面だったのか、姉妹泣いて喜んでたんだよ」
「ふーむ。それが儂が振った話とどう関わって来るんじゃ?」
気の短いロリだな。
てか胡坐組むな、厭でもそっちに目が行くだろが。(むろん厭……ではない)
「本願寺顕如だよ。嫁の如春尼に引っ張って来られて顔出ししやがったから、ちょうどいい機会だと思って最後通告してやったんだ。ギャーギャー怒鳴りやがったが、どーも演技臭かったな」
「本願寺は早晩、降伏すると申すか?」
「ついでに武田もな」
「なっ。そう、なのか」
見えてる、見えてるって。
……良かった、穿いてくれてて。
「如春尼がな、最後にこう言ったんだ。『あんさんが、【天子さまは蔑ろにせん】言わはるんやったら、わたしらはどないなとしてもええんや』ってな」
かたわらに侍る明智の光秀を伺い見た帰蝶の目は素直な喜びではなく、とまどいを含ませていた。




